第95回 『検査結果』

95-1

「ねえ、『兄さん』……?」

 ――脳裏に刻まれた懐かしい声が、おれに呼びかける。


「ん、なんだ? サトル?」

「ボクたち……ずっといっしょだよね?」

「なんだよ、いきなり?」

 突然尋ねられたその『問い』の意図が掴めないおれは、戸惑いながら聞き返す。


「いきなりじゃない! どうなの!?」

「いや、そんなこといわれてもわかんねえよ……」

「む~! もういい! 兄さんなんかキライ!」

「あ、おい!」

 そんなおれの返答が気に入らなかったのだろう。さっきまでしおらしかったサトルは急に不機嫌になり、おれから背を向けて歩き出してしまう。


「ちょっとまてよ、サトル!」

 そうしておれは慌ててサトルのほうへ振り返り……その背中を追って手を伸ばすのだった。









「サトル!!」

 —―その名を呼びながら、飛び上がるように体を起こす。


「……夢か」

 しかし、視界の中に望んだその姿はない。伸ばした手はあの時のように簡単に届きはせず……大きな溜息と共に、サトルはいないという現実を突きつけられた。


「気が付いた? 『魁』」

「え?」

 そうした最中、不意に声をかけられ思わずそちらを見る。



「『鳴』おばさんから聞いたわよ。サっちゃんを追って、湖に落ちたんだって? ったく、ほんと無茶するんだから……」

「ハナ? どうして……ふぇっくし!!」

 視線の先にいたのはハナだった。なぜ……と思うのも束の間、急激に感じ始めた体の冷えに反応するようにくしゃみが飛び出したことで、漸く状況を理解する。


 サトルを追って叔母さんかーさんのボートから無謀にも飛び出したおれは、そのまま湖に落ちた。

 そこからの記憶は曖昧だが、まあこうして生きているということは残されたメンツが救助なり運ぶなりをしてくれたということなのだろう。

 そして、ボートには同乗していなかったハナがここにいるということは、ここは元居た叔母さんかーさんの研究所かと思われる。寝ているベッドも昨日と同じようなものだし、そこに間違いはなさそうだ。



「……すまん」

「別にあたしは大したことはしてないよ。湖に落ちたあんたを拾い上げたのはおばさんで、すごく大変だったみたいだから後でちゃんとお礼言っとくのよ?」

 状況の把握と共に迷惑をかけたことへの謝罪をすると、ハナから小言が返る。

 まあ確かにあの状況下でおれの救助ができるのは叔母さんかーさんしかいないし、あの小さな体で気を失っている大の男一人を救助して連れ帰るのはなかなかの苦労があっただろう。それを思えば確かに感謝しかないのだが……



「なあ……サトルは?」

 今のおれにとっては――そんなことよりも、サトルの行方の方が遥かに重要だった。


「……」

「ハナ?」

「目覚めて早々で悪いんだけどさ、もう動けそう?」

 質問に対し沈黙が返ったので思わず尋ねると、ハナが唐突におれの体の具合を尋ねてくる。


「え? ああ、まあなんとか……」

「なら来てもらえる? 『鳴』おばさんが、そのサっちゃんのことも含めて『話』があるから、あんたが起きたら連れて来いって言ってるの」

 かなり暖かくして寝かしてくれていたようで、若干の寒気はするものの思ったより体調は悪くない。その旨を告げるなり、ハナは自身が聞かされていたらしい伝言を告げてくる。


叔母さんかーさんが……?」

 そうしておれは、若干の困惑と共にベッドから起き上がり、先を行くハナの後を追うのだった。




「おい、叔母さんかーさん!」

「『魁』ちゃん、もう大丈夫なの?」

「目が覚めたんですね、よかった……」

「ふん、心配かけさせるんじゃないですわよ」

 語気を強めて呼びかけながら叔母さんかーさんの研究室に入るなり、残る女性陣から声をかけられる。


「すまない……心配かけたみたいだな」

「やっと起きたかカイ。待ちくたびれたぞ」

「それが目を覚ました息子に向かって放つ第一声かよ……」

 心配そうな彼女たちの様子に申し訳なさを感じて思わず謝罪をするも、一方の母親からはそんな素振りを微塵も感じられない言葉をかけられ、思わず皮肉を返す。

 助けてくれたのはわかっているが、こういう口の利き方をされてしまうと素直にお礼を言おうという気持ちも失せてしまうというものである。



「何を言っている? 人の制止も聞かず極寒の湖に飛び込んだんだ。そんなものは自業自得だろう。助けてやっただけありがたく思え」

「……それで、『話』ってなんなんだよ。サトルに関わることなんだろう?」

 だがそれに対する叔母さんかーさんの反論は、至極まっとうな理屈であり――図星を突かれたおれは、話を逸らすようにして『本題』へと話題を切り替えるのだった。




「まあ待て……その件の前に、一つしておきたい『話』がある」

「なんだよそれ? そんなことよりもサトルのことを……」

 おれの問いかけに対して返された回答は、まさかの『別の話題』だった。それどころではないおれは不満げな態度で『本題』への移行を促す。 


「いいから聞け。サトルの件にも関わってくる話だ」

「……わかったよ」

「さて、『話』というのは他でもない……」

 だが、もう一方の『話』とやらも『本題』へ関係することだという言葉を受けて渋々と承諾する。

 そうして叔母さんかーさんは徐に口を開き始め――



「朝のドタバタで話すことのできなかった……お前達の『検査結果』についてだ」

 サトルの口からは詳細を聞かされることのなかった、『真実』について語り始めるのだった。






「さて……ではまず手始めにこのグラフを見て貰おうか」

 『検査結果』についての話が始まるなり、室内のスクリーンに一つのグラフが映し出される。


「なんだ、これ?」

「ふむ……さっぱり意味がわからぬ」

「線が五本……もしかして俺たち五人を表してんのか?」

「これ、は……!」

 それを見たの反応は十人十色であり、何かに気が付いたヤツも、そうでないヤツもいるようだった。



「まあ見ての通りだ……このグラフの横軸は年月を表しており、五本の線はお前たちそれぞれの縦軸の数値の変遷を示している」

「……それで、この縦軸の数値とやらは何を示しているんですの?」

「9月までは全員同じ位だね……強いて言うならちょっと『戒』が低いかな?」

「10月初めに『快』さん、その少し後に『χ』さんが急激に減っていますね。そして、今月の半ば位から今度は『乖』さんが急激に減少している、と……」

「『戒』ちゃんも9月以降徐々に減り始めてるし、11月末の現時点だと、『魁』ちゃんだけ明らかに数値が高い状態、か……って、おばさま! まさかこれって!?」

 次に叔母さんかーさんがグラフの横軸と縦軸の関係性について語ると、今度は女性陣が思い思いに反応を示す……こちらも同様に何かに気がついた者と、そうでない者がいるようだった。

 そして一人黙っているは……無論『気がついた側』だ。




「まあ既にわかったヤツもそうでないヤツもいるようだが……察しの通りだよ」

 そんなおれ達の反応を見ながら、の言葉に応えるようにして叔母さんかーさんが話を続けていく。


「このグラフの縦軸は、お前たちの『存在の強さ』を示す値だ。まあ仮に『存在値』とでも呼ぼうか……要はお前達が『統合』される際に、生き残る可能性の高さを示す数値だな」

「な!?」

「ちょ、おい……!」

「マジかよ……!」

 そうして告げられたグラフの『意味』を前に、『他人格』達が驚きの声を上げ始めるが……おれには何の驚きもない。

 まあ、そうだよな――この『結果』は至極当然の結果だ。こうまでハッキリと数値に出るとは思っていなかったが、所詮『想定通り』でしかない。



「ちょっと待て、叔母さんかーさん……つまり、『そういうこと』なのか?」

「……『そういうこと』とは?」

 そうした中、事態を把握した様子の『乖』が問いかけると、叔母さんかーさんはその意図を確認するかのように問い返す。




「惚けるのはやめてくれ。数値が極端に減っているタイミング……この時期にを考えれば――『答え』は明白だ」

「この時期に何があったのか、だと……?」

「我の数値が減っている時期……ぬ、もしや?」

「おい、それってまさか……」

 やはり『乖』はグラフの変遷理由を正確に掴んでいた。その言葉を受けて漸く――他の三人もそれが『意味するところ』に気が付く。

 

「まあ、そういうことだな……サトルからこれらの時期に起きたことは既に聞いている」

 いつの時期にそれぞれの数値が減っているのかは、先ほどユキちゃんがグラフを初見して述べた通りだ。ならば……その時期に起きた『何か』が変化の原因であるのは、言うまでもなく明らかである。


「この『数値』は――お前たちが、それぞれの『約束の子』とを境に、急激に減少している」

 それこそが……『存在値』を下げた『原因』。



「長年の想いが成就したそのタイミングで、お前たちの中からなくなったもの……『それ』が、お前達が生き残るための『条件』とやらの正体だ」

 『他人格あいつら』が生き残るためには――決して自身の『望み』を叶えてはならなかったのである。

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