第96回 あいつの『望み』

96-1

「『池場谷カイ』の本当の『主人格』は……このおれなんだよ!!」

 吐き捨てるように言い放ったおれの『宣言』が、部屋一帯へと響く。



「『お前』が……」

「本当の『主人格』、だと?」

「なんだよ、そりゃあ……」

「……」

「ちょっと待ってよ……」

「それって一体……」

「どういうことなんですの……?」

 それに連なるようにして、『真実』を知った連中の表情が、次々と愕然としたものへと変わっていく。


「『魁』ちゃん、アナタ……!」

 皆が困惑する中、この中で唯一事情を把握済みのサヤ姉だけが、冷静さを保ちながらも強い語気でおれに問いかける。

 その瞳が言外に告げている—―なぜ、この『真実』をばらしたのかと? 


「なんだよサヤ姉? もうここまでバレちまったら隠す意味もねえだろう? 大体きっかけを作ったのは叔母さんかーさんだぜ?」

 それに対し、半ば自棄になりながら悪態をつく――おれだってこの『事実』を話す気など毛頭なかった。

 だが、叔母さんかーさんが『あんな結果』を示し、『乖』が気づいてしまった……そんな状況下でこれ以上『真実』を隠し通すことに、一体何の意味がある?

 


「それは、そうだけど……ああ、もう!」

「じゃあやっぱり……本当なんですの? 『魁』さんの言っていることは……」

「ええ、そうよ……『池場谷カイ』の五つの人格には――それぞれが生まれた『順番』があるの」

 頭を抱えて嘆くサヤ姉に対してルナちゃんが確認を求めると、彼女は一際大きく溜息を吐いた後、淡々と口を開き始める。


「順、番?」

「そうよ……新しく生まれた方から、『戒』ちゃん、『快』ちゃん、『乖』ちゃん、『χ』ちゃん。そして――」

 そうしてサヤ姉は、合間に入ったハナの言葉に応えた後にその『順番』とやらについて話し始め……


「五人のうち、最も古くから存在する人格……それが、『魁』ちゃんよ」

 最後に、『おれ』が主人格であるという『根拠』を示すのだった。




「けど……ならどうして、『戒』くんが主人格だなんていう『嘘』を?」

「別に完全な嘘ってわけでもない。あくまで『池場谷カイ』という肉体の本来の人格はおれだという話なだけで、『戒』に人格制御の主導権があったのは紛れもない事実だ。本当の『主人格』といっても、別に全てを制御できるわけじゃあないのさ」

 それを聞くなりユキちゃんが至極まっとうな疑問を抱き――口を挟むようにしてその解説を行う。


「嘘をつけ。今はどうだか知らないが、少なくとも『以前』は、お前がその気になりさえすれば、人格の主導権を奪うことだってできていたはずだ」

 だが若干の『嘘』を混ぜたその回答は、すかさず横から入ってきた『乖』の言葉により、即座に訂正されてしまう。


「……なぜそう思う?」

「やっと意味がわかったからだ……以前サヤ姉が、『お前』は特例だと言っていた意味がな」

「……よく覚えていたな」

 すかさずその『根拠』を問い質すと、まさかの回答が返りおれは思わず溜息を吐く。そう、あれは半年前――1学期の進路面談後に、サヤ姉がおれ達の秘密を知っていることを明かした際に、僅かに口走っただけの言葉だ。

 その時おれは黙秘を貫いて話題を逸らしたのだが……いくら『こいつ』の物覚えがいいとは言え、まさか半年も前のあんな些細なやり取りを覚えているとは、もはや感心を通り越して呆れるほどだった。


「つーか『お前』……まさか気が付いてたのか? おれが本当の『主人格』だって」

「確証はなかった……だが以前からことが明らかに多いことは気になっていた」

「そういや……俺が何も知らない頃に人格間での決まり事を解説していたのは、ほぼ決まって『魁』だったな」

「言われてみりゃ……」

「ふむ、確かに……」

「しかし人格制御の主導権が『戒』にあったのは事実だ。そこを切り離して考えることができずにいたが……まさか『それ自体』がブラフだったとはな」

 もしやと思い尋ねてみると、案の定の回答が返る。

 まあ色々隠してたこと自体は確かだが――新たな情報が入ったとはいえ、そこからおれが『条件』を知っていたなどと考えるのは、少々飛躍し過ぎている。


「もし『お前』が本当の『主人格』だった場合、主導権を渡す必要性などありはしない。それを利用して表に出続ければいいんだからな……しかしお前は『それ』をしなかった。だが、もし『条件』を知っていたのなら――」

「そうか……常に表に出て好きなように振舞っていたら、他の人格の『未練』ばかりが増えて、自分が生き残る可能性が減ってしまう」

「だから人格の制御権を『戒』に譲った……ってことか?」

「くっ、小癪な……」

 しかし、おれが本来の『主人格』であるという推測が成立していたのなら……まあその結論に辿り着くことも不可能ではないだろう。



「……お見事だ。流石おれ達随一の頭脳を持つだけはあるぜ」

「『条件』を知りながら、僕たちには共有せずにいることができたのも、『主人格』としての権限があるからか?」

「ああ、そうだ。本当の『主人格』であるおれは、おれ達の『共通の記憶』に関する制御権を持っているからな」

 そして実際に辿り着いた『乖』は――まあ流石としか言いようがない。

 素直にそれを讃えているも、すぐさま別の質問が返ったので、肩をすくめながら肯定の意を示す。


「けどよ……言う程好き勝手できるわけでもないんだぜ? あくまで制御できるのは『共通の記憶』だけで、お前達固有の記憶には干渉できないし、人格の制御権だってご存じの通りだ」

 だが、『主人格』であることがそんな絶対的なアドバンテージになるかといえば、別にそういうわけでもない。

 確かに昔は、やろうと思えば自由に表に出ることもできた。だが『他人格こいつら』の自我が強くなり制御が効かなくなってからは、そこは最早おれの自由にという訳にはいかなくなっている。

 それが自由にできるなら、流石に緊急時くらいは出すべき人格を表に出す様に調整するぐらいの分別は忘れていないつもりだ。


「だから自分が持つカードを最大限利用して、なるべく自分の『未練』が残るように振舞い続けた……それだけの話さ。『乖』が言う通りこのグラフは初見だし、まさかここまでハッキリ差が出てるだなんて、思いもしていなかったよ」

 条件を知っていたのは事実だし、それを隠して自分に有利になるよう動いていたことも同様だ。

 だが、そんなおれが『全て』を知っていたのかと言われれば……それは紛れもなく『NO』である。




「なあ……なんでだよ? 叔母さんかーさん

 そう、だからこそ解せない……なぜ彼女が、今このタイミングで『この事実』が明るみになるようなことをしたのか。


「なんで検査結果を明かして、『真実』がバレるように仕向けた? こんなもん見せたら気がつく奴は気がつくって、あんたならわかっていただろう?」

 初めに言ったように、おれにはこの『事実』を明かすつもりなど毛頭なかった。


「この話をして、一体誰が得するっていうんだ?」

 バレてしまった以上はこの話題に乗るしかなかったが……正直こんな話に時間を割くより、さっさとサトルを探すための話をしたいというのが本音だ。

 それに叔母さんかーさんはこの話がサトルの件にも関わってくると言っていたが……ここからどうやって『そこ』に繋がるのかが、全く理解できなかった。



「……わからないか?」

「ああ、わかんねえよ……この数値をサトルが知ったからって、なんで『アイツ』のところに……」

 淡々とした叔母さんかーさんの言葉に、若干の苛立ちとともに尋ねる。

 

「簡単なことだ……さっきのでハッキリわかっただろう。このままでは『お前』が生き残ると」

「ああ、それが何か?」

 続いた返答に、重ねて問い掛ける……そんなことも今はどうでもいい。少なくともおれにとっては想定通りでしかない結果だ。



「それが、サトルの望む『結果』だと……本気で思っているのか?」

「……え?」

 だが、続けて出てきた叔母さんかーさんの言葉を前に――おれは思わず言葉を失くす。


「サトルはこの『結果』を……正確にはこのまま訪れるであろう『結末』を望んでいないんだ」

「何を、言って……?」

 言われていることが理解できない……いや、理解を拒んだと言った方が正しい。

 だっておれは……サトルと共に生き残る『結末』を望み、ただそれだけを目指してきた。


「このまま『お前』が生き残ること――それを望まないから、あの子は『敬』の元に行ったのさ」

 だが、もしその言葉が本当なら――


「なん、だって……?」

 それは――おれの『全て』を否定することだと言っても、過言ではなかった。

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