第94回 遠い二人
94-1
「サトルは、アイツの……『敬』のところにいる」
「なん、だって……?」
親父の口から明らかになったアドレスの持ち主の名を聞いた衝撃により、おれ達は完全に言葉を失くしていた。
「『敬』って……誰なの? おじさんと同じ名前?」
「あの、それってまさか……」
「もしかして……名勝学園の『耶馬敬』理事長のことを言っているの?」
「……言われてみれば理事長はそんなお名前でしたわね」
出てきた『その名前』に、女性陣が次々に反応を示し始める。
『
そして同時に、数か月前の学園祭で起きた爆弾騒ぎの首謀者でもある。
—―とはいっても、その人物についての詳しい話はおれ達も聞かされていない。わかっているのはヤツと親父の間には何か深い因縁があるということと、『
「ああ……その通りだ」
「え、え? ……どういうこと?」
「ちょっと待ってくださいな! 確かに爆弾騒ぎのことは学園祭当時に聞かせて頂きましたが、犯人が理事長だなんて聞いてませんわよ!?」
「どういうことなの、アナタ達? あの時は犯人のことはよくわからないみたいなことを言って濁していたのに」
問われた言葉にて親父が肯定で返すと、女性陣からはそれに対する戸惑いの声が上がり、それを黙っていたおれ達に対しても追及が飛び始める。
「……詳しくはそのオッサンに聞いてくれよ。おれ達も詳しいことは知らねえんだ」
だが問われたところで、答えられることなどありはしない……何しろおれ達は当時のことの詳細を親父に口止めされていただけなのだから。
「まさか、お父さん……」
「……すまん。お前達にそれを明かすことで、ヤツに警戒をさせたくなかった」
おれ達の言葉を聞いて察したのか、ユキちゃんが親父に対して呆れたような視線を向けると、罰の悪そうな態度で言い訳が返される。
「またそんないらない気遣いして……」
「というか、本当なの? 理事長があの騒ぎの犯人って」
「まあ彼らの反応からして本当なんでしょうが……にわかには信じ難いですわね」
「ええ、その通りね……って、ちょっと待って? まさかカイちゃんたちの転入があっさり受け入れられたのって……!」
「……まあ想像の通りだろうな」
それに対してそれぞれが反応を返す中、不意にサヤ姉が以前から感じていた疑問に答えが出たといった反応を示し、親父がそれに応える……まあ、実際あんな無茶な転入の理屈が通るなんて、誰かが裏で糸を引いていなければ有り得ない話だ。二人の推測についてはおれ達も異論はない。
「けどなんで、サトルがあのオッサンと……?」
「ふむ、検討もつかんな……」
「つーかそもそもどんな接点だ?」
「状況を考えると向こうからサトルに接触してきた可能性が高いが……何が目的だ?」
だが正直今はそんな過去のことはどうでもいい。サトルがあの男の元に向かったのだとわかった以上、気にするべきはその目的だが……生憎おれ達の中の誰にもその見当はつかない。
「それはわからんが……過去のアイツの行動からして、本命は俺か
「……サトルに近づいたのは、情報収集目的の可能性が高いってことか?」
「ああ、そうだ。だがそれ以上のことは……」
そして残念ながらそれは親父も同じのようであり――今のおれ達の手元にある情報では、それ以上の推測を行うことは困難だった。
「……おい、そんな話はもういいだろう。ヤツの目的など幾ら考えたところで想像しかできないんだ。そんなことよりも、今はサトルがどこに行ったかを探ることが先決じゃないのか?」
「そうだな……すまん。奴のこととなるとつい視野が狭くなっちまう」
そうして話が停滞する中、不意に
「――とりあえずお前たちがダラダラ話している中、私なりにサトルが向かった可能性がある場所を考えてみた。まず『敬』のヤツがサトルを連れ去るとして、手段は海路か空路の可能性が高い」
「……まあそうだろうな」
現在地から海まではそう遠くない。車を使えば大して時間もかからないため、やはり海路が濃厚か……?
「ならそのどちらかという話になるが……ここから海岸までは車を使えばそう遠くないし、一見海路の線が強そうに思えるが、私は空路の可能性が高いと考えている」
「なんでだ? 飛行機なんてそれこそ小型でも空港ぐらいにしか止められないんじゃ……」
などと考えていた最中、
「いえ……空路ならもう一つ選択肢はありますわ」
「『ヘリ』か……」
だがそこへルナちゃんが口を挟み、『乖』が察したようにそれに続く……なるほど、その可能性もあったか。
「ええ、そうです。ヘリは離着陸用のスペースも狭くて済みますし、なんならホバリングしておけば、『降りる』必要すらありません」
「その通りだ……それなら『人目につかない場所』を合流箇所に選ぶことも可能だしな」
「……なるほどな」
確かに人攫い同然の怪しい連中が一般的な離着陸場所を使う可能性は低い……ならば合流手段としてヘリを選ぶのは理に適っている。無論『騒音』という問題はあるが、場所を選べばそれも自ずと解決する話だ。
「そして、肝心の『人目につかない場所』だが……すぐ近くにあるだろう?」
「……そういうことか」
次に発された
「恐らくサトルは……ここ『大沼』の湖上で、奴らと合流する可能性が高い」
灯台下暗しとはよく言ったものである――この研究所の住所は、北海道亀田郡七飯町……北海道の景勝地の一つである『大沼』のほとりに、所在しているのだから。
「ふぅ、疲れた……」
「この辺りの筈だけど……」
指定されている箇所まではもうすぐの筈だ。すでに明るくなった周囲を見渡しながら『迎え』を探していた、その時だった。
ブルォォォォォォォ!
—―突如上空より激しいプロペラの音が響き渡り、轟音と共に一基のヘリコプターがボクの元へと舞い降りてくる。
「……あれか?」
間違いない。あれが『迎え』だ――そう確信しながら、刻一刻と近づいてくる鉄の塊を見やると、その下部から一人の人影が姿を現した。
「あなたが……そうなんですか?」
「ああ、そうだ……こうして間近で直接顔を合わせるのは初めてだね」
一応質問の体は取るが、それはもはや確認でしかない。問いを受けたその人物は、落ち着いた様子でボクを見下ろしながら、そう言って答える。
「私の名は『
「……」
「よろしく頼むよ。池場谷……いや、『大沼』沙鳥留くん?」
そうして『その男』は――自らの正体を露わにするのだった。
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