93-2

 —―更に数十分後。

「これでほぼ全部だが……他に手がかりになりそうなものは特になしか」

 一通りサトルの携帯の情報を調べ切ったところで、叔母さんかーさんが調査結果の総括を行う。結局サトルの足取りに繋がりそうな情報は、昨夜深夜に送信されたメールの送信先アドレスだけだった。


「だが……ここからどうやってサトルを辿ればいい?」

 確かにこのアドレスはそれなりに有用な手がかりとはなり得る。しかし、これを頼りにできる調査と言えば、これを警察などに提供してアドレスの持ち主を割り出すことぐらいだ。


「わたくしの方で預かりましょうか? うちの財団の情報網を使えば、数日もあればそのアドレスの保有者を特定することは可能かと思いますが」

「ああ。頼んでもいいか?」

 考え込むおれに対し、早速ルナちゃんが助け舟を出す……松島財団の情報網は以前にもお世話になった。調査をして貰うこと自体には何の異論もない。


「けど……ただこうしてじっと待っているだけなんてできやしねえよ」

 だが、この世の誰より大切な存在が……サトルが行方を晦ましているのだ。

 例えそれがアイツ自身の意志によるものだとしても、その捜索を他人だけに任せてじっとしていられるわけもない。


「きっとまだ……何かできることが他にあるはずだ」

 そう口にして、必死に思案を巡らす……そもそもサトルが失踪したのはこの深夜であり、まだ数時間しか経っていない。行けるところにも限りがある筈だし、早々に足取りを追えば追いつける可能性もあるのだから。


「一応確認するが……誰かこのアドレスに覚えはないよな?」

「……」

「……む?」

 ダメ元で周囲のメンバーに当てがないか尋ねてみる。案の定色好い回答はなかったが……皆ほぼだんまりの中、不意に『乖』が妙な反応を見せた。


「どうした、『乖』?」

「いや、そのアドレス……どこかで見たような覚えがあるような?」

「本当か!?」

 不審に思い声を掛けるとまさかの回答が返り、おれは飛びつくようにその場に立ち上がる。


「ああ……だがすまない。記憶を辿っているんだが、どこで見かけたのかが思い出せない」

「そうか……もし何か思い出したら教えてくれ」

「……ああ」

 だが『乖』自身も思い出せないようであり、結局振り出しに戻ってしまう。



「くそ、ただ財団の調査を待つしかないってのか……?」

 そうして再び頭を悩ませ始めたその時だった。



「……いや、まだ他にも辿る術はある」

叔母さんかーさん?」

 —―不意に叔母さんかーさんが口を開き、そちらの方を見やる。


「他の術って……なんだよそれ?」

「考えてもみろ。『あの件』とやらが何かはわからんが……わざわざその返答をメールで返すということは、即答ではなくて返事をするまでに『タイムラグ』があったということだ」

「……?」

 その言葉に問い返すと、叔母さんかーさんから回答が返る。

 確かにサトルは『あの件』とやらを受けるのかどうか迷っていたようだが……それがサトルの足跡にどう繋がるのというのか?


「ん……待てよ?」

 そこまで考えたところで、ふとあることに気が付く。


「……そういうことか」

「ぬ? どういうことだ?」

「わかんねぇ……おまえは?」

「わからん……」

 ほぼ同時に『乖』も同じような反応を示す。残る三人は見当がついていないようであり、悪いが無視して話を進めることにさせてもらう。



「誰かに『相談』していた可能性がある……そういうことだな?」

「ああ、そういうことだ」

 あくまで可能性の問題だ。悩んだ末に一人で決めた線もあるが……例え直接的にではなくとも、内容を伏せるなどして誰かに悩みを相談していた可能性はあり得る。


「つっても、相談を受けそうな人物は、ここにいるメンツぐらいしか……」

 だがサトルの周辺関係を考れば、相談を受けそうな人物は限られている。

 兄である『おれ達』、姉である『彼女たち』、そして母親である叔母さんかーさんと、あとは――


「いや……もう一人いる」

「ああ、その通りだ。比較的最近、『そいつ』の電話にも発信しているようだ」

「あ……まさか!」

 おれの言葉に続くように『乖』が呟き、叔母さんかーさんがそれに続きながら再び携帯の発着信履歴を画面に映す。


「アイツ……親父に?」

 そこにきて漸く――おれもその存在に思い至ったのだった。






「サトルから相談? ……ああ、受けたぜ?」

「本当か!?」

 その後すぐさま親父に電話して用件を伝えると、珍しくすぐに出てくれた上にまさかの回答が返ってきた。

 どうやら叔母さんかーさんの推測はビンゴだったようだ。


「つーても、内容は『カイお前達』がゴミ出しをしないとか、生活態度がどうとかそんなことばかりだぜ?」

 と思ったの束の間――親父が相談された内容というのは、どうも『あの件』とやらとは関係なさそうだった。



「そうか……」

「それより本当なのか? サトルが失踪したっていうのは」

 再び振り出しに戻り意気消沈する中、経緯を聞いた親父が詳細を尋ねてくる……まあ父親としては当然の反応である。


「ああ……手がかりはこのメールアドレスだけだ。恐らくこの宛先の人物の所にいるんだろうけど」

「ふむ……って、待てよ?」

 それに対して肯定で返した後に、唯一の手がかりであるアドレスの情報を共有したところ、何やら親父が意味深な反応を示す。



「ん、どうした? 親父……」

「いや、このアドレスどこかで……」

「え、親父もか!?」

 どうしたのかを尋ねると、『乖』同様に親父も見覚えがあるような発言が返り、おれは驚きの声を上げる……この二人の両方が見覚えのあるアドレス?

 一体どこに共通点があるんだ、と考えを巡らしていたその時だった。


「まさ、か……!!」

「『乖』?」

 今度は『乖』が突如声を上げる……もしや、思い出したっていうのか?


「親父! 『学園祭』の時の僕たちとのやり取りのメールを見せてくれ!!」

「『学園祭』の……? っておいおい、マジかよ!?」

 アドレスに関する何かを思い出したのか、『乖』が怒鳴るように親父に呼びかけると、親父も慌てて自身の携帯電話を取り出して、メッセージを検索し始める。

 『学園祭』だと? それって……まさか!?



「――ビンゴだ、カイ」

 数十秒の後……メールの検索を終えた親父が、険しい表情で呟いた後に、そのアドレスから送られてきたメールを転送してきた。


「おい、これって……」

 それを見た瞬間、おれ達は愕然として言葉を失くす。


「ああ……なんてこった」

 悔やむような声で、親父が呟く。

 そのメールは……『学園祭』の爆弾騒ぎの際に、親父の携帯へと解除の『ヒント』を一方に送り付けてきたものだった。つまりサトルは……この時の犯人の元へ向かったということになる。


「サトルは、アイツの……『敬』のところにいる」

 実の父親でありながら、おれ達を亡き者にしようとした――『耶馬敬あの男』の元に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る