92-2

「やっぱりおかしい……」

 —―サトルと並んでの夕食を終えたおれは、寝床に着こうとする最中で一人そう呟きながら思案を巡らしていた。

 本人は何でもないようなことを言っていたが、昨日からのサトルは明らかに考え事をしている回数が多い。それだけなら別にいいのだが、気になるのはその際の思い詰めたような顔つきだ。


「検査結果でないなら……他に一体何があるっていうんだ?」

 最初はてっきりおれ達の『検査』とやらを気にしてのことかと思っていたが、それが終わっても様子は変わらずで、むしろ悪化しているようにすら感じる。

 ならば『結果』がよくなかったのかと思い問うてみれば、それすらも否定される始末で、もはやその原因には皆目見当がつかない。


「あの言葉自体が『嘘』ってことか? いや、違うな……」

 実際、おれの質問に対するサトルの反応には若干の違和感があった。そう、それは何かを偽っているというよりは、むしろ――

 

「何かを……隠している?」

 当たり障りのない部分だけを語り、敢えて『核心』となる部分には触れないようにしているような……そんな印象だった。



「くそ――何だってんだよ?」

 そんな何もわからない自身の不甲斐なさを前に歯噛みしながら……おれはただ落ち着かない夜を過ごすことしかできなかった。







 —―そうして眠りに着いた頃、不意に懐かしい記憶が蘇った。

 

「おい、カイ。サトルを見なかったか?」

 家の居間にて特に何をするでもなく呆けていた最中、不意にじいちゃんの声がおれを呼んだ。 


「サトル? みてねーけど」

「いや、そろそろ食事の準備を始めるんだが、姿が見えなくてな。まったく、どこに行ったんだか……」

 対するおれの返答を受け、じいちゃんは困った様子で顔を顰める……どうやらあのクソガキがどこかに出ていったきり戻って来ていないらしい。 


「……カイ。悪いがサトルを探してきてくれるか? あの子の体力でそう遠くに行けるとも思えんし、おそらくお前でも十分探せる範囲にいるだろう」

「はあ? なんでおれがあんなヤツを……」

「そんな言い方はないだろう? お前がそんな態度だから、サトルも心を開かないんじゃないのか?」

 少し考えこんだ後、不意にじいちゃんがおれにサトルの捜索を命じる。まあ当然断るわけだが、じいちゃんはそれに思うところがあったのか、突如サトルを引き取って以降のおれのアイツに対する態度を引き合いにして窘めてくるのだった。


「……しらねーよ、そんなの」

「そうか……なら私が探しに行くとしようか。当然あの子が見つかるまでメシはおあずけだが、それでいいんだな?」

「なっ、ヒキョーだぞ、じいちゃん!」

 だがそもそも初対面で酷い態度を取ってきたのはサトルの方だ。

 おれに言わせればなんでこっちが折れなきゃいけないんだという感じだが、じいちゃんはそんなことお構いなしに、昼飯を人質にするという暴挙に及び始めた。


「いいから行きなさい! 『お兄ちゃん』だろう!」

「ちっ、なんでおれが……」

 —―そうして観念したおれは、じいちゃんの言葉に舌打ちをしながら、サトルの捜索に出発したのだった。

 





 —―それから十数分後。

「いた……!」

 散々歩き回った後、漸くサトルの姿を見つけた。

 

「おい、サトル!」

「……」

「おい、聞こえてんのか!?」

 サトルは家から少し歩いたところにある川のほとりに座り込み、佇んでいた。

 呼びかけても返事がないので、さらに近寄っていく。



「おい、ムシすんな……」

 一向に反応がないサトルに業を煮やし、腕を掴んで引っ張ったその時だった。


「えっ……?」

 振り向いたサトルの顔を前にして、驚きの声を上げる。

 その両眼には……涙の跡が残っていた。



「……なんだよ」

「オマエ……泣いてたのか?」

「はあ!? ダレが!?」

 問いかけるサトルにそう聞き返すと、間髪入れず大声で否定される。


「いや、だってどう見ても泣いて……」

「ないてない!」

「ウソつけよ。おもいっきりナミダのアトついてんじゃ……」

「ないてない!!」

「……」

 そのあからさまに過ぎる強がりを呆れながら否定すると、泣き声混じりの怒声が響き渡る……もはやどこから突っ込んでいいやらという状態だった。


「(おちつけおれ。おれは『おにいちゃん』、おれは『おにいちゃん』……)」

 そうしたサトルの態度に溜息を吐きそうになりながら、必死に自分に言い聞かせる……よく見るとサトルは膝を擦り剥いており、なかなかに痛そうだ。きっと帰ってこれなかったのも、泣いていたのもこれが原因なのだろう。


「……ほら。のれよ」

 ――徐にしゃがみ込んでサトルに背を向ける。


「え?」

「いいからのれって。足イタイんだろ?」

 それに対して困惑の声が返るが、無視して続ける。


「だれがオマエのせわに……」

「カンチガイすんな。オマエがもどらないと、じいちゃんがうるせえんだよ」

「……」

 尚も強がるサトルを前に、じいちゃんの名を出して黙らせる……それを聞いてとうとう観念したのか、サトルも漸くおれの背中に乗りかかるのだった。

 



「なあ、サトル?」

 その小さな体を背負って帰路を行く中――ふと呼びかけてみる。


「むかえにいくのおそくなって、わるかった……イタかったろ」

「……」

 返事はない……だがこれまでのような刺々しい態度も、もうない。


「こんどから……なんかあったら、おれにいえよな?」

「……」

「だっておれは……オマエの『お兄ちゃん』なんだからな」

「……うん」

 そう告げるおれに対して……最後に漸く一言だけ、サトルは小さく頷いてくれたのだった。


 ――これを機会に、サトルは少しづつだがおれに対して心を開くようになり始めた。『兄さん』と呼んでくれるようになるにはもう少し時間がかかったが、きっかけはこの出来事だと言って間違いないだろう。

 それはおれ自身も同じことで…この日を境に、おれはサトルの『兄』であろうと決意を固めたのだった。





「う、ん……?」

 —―そうして目が覚めた。


「夢、か……」

 あれから長い年月が経ち、おれとサトルの関係も随分と変わった。

 当時はなかった信頼を抱いてくれていることもわかっている。

 けれども……


「『肝心なこと』を隠されているのは……今もそのままだ」

 後になって知ったのだが……あの時サトルが泣いていたのには、本当は別の理由があった。



「なあ、サトル……おれはそんなに頼りない『兄貴』か?」

 あの時も今も――アイツは『本当のこと』を教えてくれない。


「おれは、オマエのためなら……例えだってやってみせるっていうのに」

 そんなことを独り呟きながら、研究所の広間へ出た時のことだった。


「ん? あれって……サトルの?」

 不意に広間にある机の上に、やたら目立つように置いてある物体を発見した。

 置いてあったのは……サトルの携帯と、メモ一枚の置手紙。


「なっ――!?」

 その内容を見た瞬間、おれは衝撃の余りに言葉を失くす。


 置手紙には……ただ一言だけ、こう書いてあった。


「サト、ル――?」

 『さようなら』――と。

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