第92回 『惜別』
92-1
「……」
『検査』の解析作業を終えて解放されたボクは、研究所の外へと出て一人当てもなく歩いていた。
「もはや誰が『生き残るのか』は明白、か……」
先ほどの母の言葉を反芻しながら、ぼんやりと歩みを進める。
ここ数か月――兄さん達が分裂するようになってからというもの、彼らの『
それは偏に、極めて貴重な『被検体』である彼らの変化を事細かに確認するためだ。本来一つの体に収まっているものを強制的に別の『器』に移し変える……そんな芸当を実現する我が母はもはや天才だという他にないが、そんな彼女でも『未来』のことに関してはせいぜい『予測』することしかできない。
兄さん達を取り巻く現状は不確定要素も多く、『分裂』することが彼らにどのような影響を与えるのかは、『やってみなければわからない』というのが実際のところだった。
そうして数か月に渡り『計測』を行っていたわけだが……つい先ほど、母の言う通りに数値上の『結果』が明らかになった。観測していたのは、何も脈拍・呼吸・体温と言った一般的なものだけではない。
五人のうち一人が生き残るための『条件』……その実態を既に知っている母は、それを満たすための『指標』を数値化・測定を行うことに成功しており、ここ数か月の中でその『指標』に大きな変化が見られたタイミングが複数回見受けられた。
一度目は偶然かとも思われたが、二度目でその『傾向』は明らかになり……三度目でもはやそれは完全に『確信』に変わった。この『指標』が『条件』を満たしているのかを判別するにあたり、信頼に値するものだということが証明されたのである。
『数値』は嘘をつかない。
それを元に何らかの判断を行うのは人の仕事だが、基準がそこにある以上、その指標の信憑性が高い程それに基づく判断結果は限定され、確度も高くなる。
故に、『観測結果』を知るボクと母は……『彼ら』がどのような行動をした結果、『今の状態』になったのかを、他の誰よりも実感を以って理解することとなったのだった。
「まあやはり、『そういうこと』なんですよね……」
母の研究所はとある湖に隣接した箇所に所在しており、少し歩けばすぐそのほとりに辿り着く。
ボクはしばらく歩き回るとそのまま湖畔に座り込み、一人物思いに耽っていた。
「聞いていた『条件』とも合致する行動の結果ですし……なるべくしてなった……それだけの話です」
この結果に繋がった『行動』は全て、『彼ら』が望んで起こしたものである。ある意味彼らが彼らである限りこの結果は必然であり、それを外野がどうこう言うの余計なお世話というものだ。だが……
「このままで、いいんでしょうか……?」
それが『このような結果』に繋がるのは、余りに酷ではないか?
—―そんなことを一人考えていた矢先だった。
プルルルル!
「!」
ふと携帯電話から着信音が響き、ディスプレイに表示された『発信元』を見て、我に返る。
「――はい」
呼吸を整えて、電話に応答する。
「やあ、元気にしているかい?」
「ええ……特に問題ないです」
「そうか。では早速聞かせて貰いたい……『解析結果』はどうだったんだい?」
電話主の形ばかりの挨拶に返すなり、本題を問われる。
「……『あなた』の言った通りでしたよ。まあ母の推測も同じでしたし、特に驚きはありませんが」
「そうか……だがこれでわかってもらえたかな? 私の言葉が間違っていなかったと」
「……そうですね」
答えるやいなや問い返され、淡々とそれを肯定する……わかっている。わざわざ言われなくとも、この人が嘘をついてはいないということぐらい。
「……なら、この間の話は受けてくれるということでいいのかな?」
「それは……」
「……まあいい。その気になったら、いつでも連絡をくれるといいさ」
「……」
更に問いかけが続くが、即答することができず口籠る――すると反応が芳しくないのを悟ったのか、それ以上の催促は行われなかった。
「私たちはいつでも……君を歓迎するよ」
—―プツッ。
そうして電話の主は、これ以上用はないとばかりに電話を切るのだった。
「兄さん……」
電話を終えた後、再び思案を巡らせながら、『その名』を呼ぶ。
「ボクは、どうすれば……?」
一人虚空に呟いたその言葉に――応える者は誰もいなかった。
「……ただいま」
「サトル!」
「えっ?」
それから約三十分後……考えの纏まらぬまま帰宅するなり名前を呼ばれ、思わず声を上げる。
「ったく……遅いから心配したんだぞ」
「兄さん、なんで……」
声の主は兄さんだった。
「なんでって……お土産頼んだのはお前だろうが。折角買って帰ったのに
「えっ……?」
「靴がないから出かけてるんだろうとは思ったが、いつまでも戻って来ないから、そろそろ探しに行こうとしてたんだぜ?」
そんなボクの問いに対し、やや呆れ気味に兄さんが答える。
どうやら帰りの遅い僕を心配していたようだ……確かに時計を見るとかなりいい時間である。知らぬ間にかなり長い間外出してしまっていたらしい。
「……すみません。ちょっと散歩がてら考え事をしていたんですが、いつの間にかこんな時間になっちゃいました」
「ったく……まあ何もなくてよかった。さて、それじゃあ晩飯にしようぜ。どうせ食ってねえんだろ?」
我ながら呆れた理由で弁明をするが、兄さんは溜息一つで済ませると、徐に食事の準備を始める。
「あ、言われてみば……」
「頼まれてたメロンパフェ以外も、お持ち帰りで何個か買ってきてるから食えよ。余ったらおれが頂くからさ」
「はい、ありがとうございます」
指摘の通り何も食べておらず、今更ながら空腹を実感し始めたボクは、その言葉に従うのだった。
「うん、おいしいです!」
一通り食事を終え、冷蔵庫に保管されていた持ち帰りのメロンパフェを平らげる。
「満足してくれたか?」
「はい。さすがにパフェだけだと食事としてはどうかという感じだったので、とても助かりました!」
ボクが食事を終えるのを見計らい声をかけてきた兄さんにそう言って答える。当初の希望はパフェだけだったので、メインに当たる他の食事も買って帰ってきてくれたのはとてもありがたい。
「そうか、ならよかった……ちなみにパフェ以外のメニューは
「え?」
それを聞いた兄さんが、満足そうに妙なことを口走るので、思わず問い返す。
「みんな気にしてたぜ? なんかお前が元気ないって……」
「……」
そうして返ってきた反応は、ボクを心配してのものだった……そんなに表に出ていたかな?
「なあ……『検査結果』、何かよくなかったのか?」
「……いえ、そんなことはないですよ? ただ詳しくは明日お母さんが話すからということで、ボクの口から話すわけにはいかないんです。ごめんなさい」
「……わかった」
問われた質問に対し、真実を語る覚悟のないボクはお茶を濁す様にそう答える……うん、『嘘』は言っていない。別に兄さん達の体に異常があったわけではないし、詳細はお母さんから説明する予定なのも本当だ。
「でもまあ何か困ったことがあるなら、いつでも言ってくれよ? おれは……お前の『お兄ちゃん』なんだからな」
「!」
だがそうして取り繕うボクをよそに――兄さんは真直ぐにこちらを見つめながら、そう言い切るのだった。
「まあ……助けになれるかどうかは内容によると思うけどよ」
「……はい」
その言葉を聞いて――漸く目が覚めた。
「……ありがとうございます。兄さん」
「え?」
「お陰様で……『決心』がつきました」
「サトル……?」
そう言いながら、先ほどまでとは異なる雰囲気で立ち上がるボクを――兄さんが戸惑うような様子で見上げていた。
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