91-2

「ん、サトルじゃないか……どうした、なんで家にいるんだ?」

 漸く姿を現したお目当ての人物だったが……開口一番に出てきた台詞は、もう何と言うか、『案の定』という一言に尽きるものだった。


「なんでって……お母さんが呼んだんでしょうが! 兄さん達の『観測結果』が気になるから、って連絡を寄越しましたよね!?」

「ああ……それ、今日だったか? すまない。もっと先だと思っていた」

「……はぁ。もういいですよ。ほんと相変わらずですね」

 やはりというかなんと言うか、この人はおれ達が来ることをすっかり忘れていたようだ。それに憤慨したサトルが食って掛かるが、その余りの反応の薄さに力が抜けてしまったようだった。



「お久し振りです、鳴おばさま」

「ん? ……ああ、くんか。久し振りだな」

です。一字しか合ってませんわよ? ……以後お間違えの無いようにしてくださいね?」

 そうした場を取り繕うようにしてサヤ姉が前に出て挨拶をするも、初っ端から貝類呼ばわりされ、若干切れ気味の態度で訂正が入る。



「サ、サヤ姉。落ち着いて……」

「ああ、失礼……オホン。では紹介しますね。この子達は私の生徒の……」

 それをハナに諫められ、サヤ姉は気を取り直して後ろに待機する三人の方を見やる。この二人は一応叔母さんかーさんと面識はあるものの、残るメンツはほぼ初対面に近い。故にサヤ姉は彼女たちを紹介しようとしたのだが……


「名前はいい。どうせ覚えられないしな……の娘なんだろう? どの子がどの『担当』かは身に着けているもので判別するから、それで十分さ」

「……」

 余りに他人に興味の薄いこのオバさんは、そんなことはどうでもいいとばかりに話を打ち切ると、くるりと背を向けて自身が現れた部屋の方へと歩き始めてしまう。

 ほぼスルーされる形となってしまったサヤ姉は、わなわなと手を震わせながら、必死に怒りを堪えるのだった。


「あの人が、サトルくんのお母さん?」

「何というか、随分とマイペースな方ですのね……いつもこうなんですの?」

「アハハ……まあそうだね。あたしは一応会ったことある筈なんだけど、毎回忘れられてるみたいで……」

 その余りの自由っぷりを前に、ユキちゃん、ルナちゃん、ハナもそこそこの衝撃を受けている。ハナに至っては彼女が愚痴るように、何度か会っている筈なのだが……生憎叔母さんかーさんの方は覚えていないようだった。


「みなさん……うちの母がすみません」

「すまねえな……みんな」

 そうした母親の余りの無礼を前に、サトルとおれはただ残りのメンバーに平謝りするしかなかった。



「……何をしている? 揃ったならさっさと『検査』を始めるぞ?」

 そんなおれ達の心労など露知らず、叔母さんかーさんは相も変わらずマイペースのまま一言告げると、そのまま研究室へと消えていく。


「は、はい!」

「「「「あ、ああ!」」」」 

 それに急かされるようにして、サトルとおれ達もその後を追っていくのだった。 




「ちょっと待てぇぇぇぇ!! 我のことを忘れるなぁぁぁぁぁ!!」

 —―尚、おれ達が『χ』の不在を思い出したのは、これよりおよそ30分後のことだった。






 —―数時間後。

「よし……これで『検査』は終了だ。後の解析はでやることだから、お前達はもう上がっていいぞ」

 予定していた『検査』の全工程を終え、お母さんがその旨を皆へと伝える。


「マジか! じゃあ早速外に出かけようぜ?」

「つーても、街中まで結構距離あるんじゃねーか?」

「……まあそこは心配いらないんじゃないか?」

「うむ、頼むぞ風神! 運転は任せたぞ!」

「あんた達ねえ……少しは遠慮とかないわけ?」

「え~、いいじゃんサヤ姉! あたし北海道のご飯食べたい!」

「あ、わたしも……」

「まったく、食い意地の張った人たちですわね……」

 数時間に渡る拘束による鬱憤を晴らさんばかりの開放的な空気が皆の間に流れ、その勢いのままに外出の計画が立てられ始める。



「ん? サトルは行かねえのか?」

 そんな中、一人母の元に残るボクに気が付いた兄さんが、声をかけてきた。


「あ、はい。ボクはお母さんの手伝いがあるので……」

「そう、なのか……なんか欲しいものあるか? お土産買って来るぜ?」

「そうですね……メロンパフェのお持ち帰り、お願いします!」

「ああ、任せとけ!」

 心配そうにボクの方を見ながら尋ねる兄さんからのリクエストに応えると、元気のよい返事が返る。


「さて……もうひと頑張りだ!」

 そうして皆を見送った後—―ボクは母の元へと戻り、解析作業の手伝いを始めるのだった。




 —―それから一時間後。

「……サトル。ちょっといいか」

「あ、はい!」

 解析作業がある程度進んできた頃—―不意に母がボクの名を呼び、それに応える。

 


「どうしたんですか、お母さん? 何かわかったことでも……」

「ああ……、やはり私の『見立て』は間違っていなかったようだ」

「!!」

 何事かと思い尋ねると……母がいつになく神妙な顔つきで、解析結果に対する寸評を口にし始めた。

 

「それじゃあ……やっぱり」

 正直な話—―『当初』から可能性としては推測できていた結果ではあった。


「ああ。あくまで現時点の話であり、今後変動する可能性は当然ある……だがでは、もはや誰が『生き残るのか』は明白だ」

「……」

 しかし実際には、改めて経過を観察した上で解析しなければわからない……故に明確な『対処』を行うこともできていなかったというのが実態だった。


「—―それだけじゃない。『このまま』の状態が続くようなら……」

 だが……こうして『結果』が出た以上、ただ漫然と静観しているわけにもいかなくなった。

 なぜならば――


期限一年を待たずして……の存在は、消滅する」

 ここで『傍観』を選択すること……それは、『兄さん達』を見殺しにするということと、同義であるのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る