第7章 もしも鳥になれたら

第91回 北の大地へ

91ー1

 —―プルルルル!

「……もしもし?」

 とある日の夜—―不意にかかってきた電話を取り、応答する。


「……はい、はい――わかりました」

 電話主の用件を聞きながら、その内容に淡々と頷く。


「ではこれで……え?」

 一通りの会話を終えて通話を切ろうとした頃—―不意に電話主にそれを遮られ、戸惑いの声を上げる。



「そんなこと……わかっていますよ。ええ、それでは」

 —―プツッ。


 だがそれも束の間—―振られた話題に対して俯きながら応えた後、若干の苛立ちと共に通話を切る。



「そうだよ……わかってる」

 会話の内容を反芻しながら、唇を噛み締める。

 自分が『何をしているのか』……そんなことぐらい、誰に何を言われずとも理解している。

 そう、今行っている行為は――紛れもない『裏切り』であることを。



「けど……じゃあ他にどうしろっていうんだよ?」

 答えが返ってくるはないと知りながらも、そう問わずにはいられない。そんな自分の不甲斐なさを前に歯噛みすることしか――今の『ボク』にできることはなかった。








「う~、さっみ~……やっぱ北海道って冷えるな」

 —―外へ出ると同時に襲い掛かる冷たい空気を前に、思わず感想を零す。


「そうだな。まだ11月だというのに、既に雪が降った跡が残っている……今日は天気もいいし、これでもマシな方なんだろうが」

「だよな……いつも来るのはお盆だったけど、やっぱそれで正解だったぜ」

 そんなおれの言葉に応えるように、『乖』と『戒』が立て続けに反応を示す。


 時は11月末—―

 『とある事情』によりおれ達は、本州より一足早く冬を迎えた北の大地—―北海道へと降り立っていた。



「フン、この程度の寒さで音を上げるとはな。これだから愚鈍は軟弱でいか……ぶえっくしゅ!!」

「ったく……だからちゃんと防寒対策しろつったろうが」

「本当よ。北国の冬舐めてると、冗談抜きで凍死するんだからね?」

 一人粋がった挙句に秒で墓穴を掘る『χ』に対して即座に『快』とサヤ姉から突っ込みが入る……馬鹿は風邪引かないとはいうが、所詮は迷信。大自然の驚異を前にしては、人間は余りに脆弱な存在である。 



「なにもそこまで脅さなくても……」

「いいんですわよ。バカはこれぐらい強く言わないとわかりませんから」

「あはは……でも確かに寒さには気を付けないとだよね、サトルくん」

 諫めるハナをルナちゃんが制する中、苦笑いしながらユキちゃんがサトルへと話題を振る。



「えっ? あ、はい。そうですね……」

「……サトル? どうかしたのか?」

 だが対するサトルの反応は何やらワンテンポ遅く、不審に思ったおれは何事かを尋ねる。


「いえ、何でもないです。ちょっとこの後のことを考えていただけですよ」

「……そうか」

 それに対する回答は、まあ一応は納得のいくものだった。

 そもそもを思えば、このように考えを巡らせることは至極当然と言える。


「さあ、行きましょう。お母さんが待っています」

「……ああ」

 そう。おれ達がここまで来た理由—―それは、叔母さんかーさんに呼び寄せられたからなのだから。




 ――ことの始まりは一週間ほど前に遡る。


叔母さんかーさんが呼んでる? ……おれ達を?」

 ハナの母:紅葉さんを救うべく奮闘したその翌週、一仕事終わったとばかりに体を休めていた『おれ達』は、サトルから振られた話題にそう言って返した。


「はい。どうも『観測結果』に気になる点を発見したそうで……直接『検査』をしたいのでお母さんの研究所まで来れないかということです」

「気になる点、ねぇ……」

 サトルの言葉を反芻しながら、溜息を吐く。

 

 ――『観測結果』というのは、言うまでもなく『おれ達』に対するものだ。

 知っての通り池場谷カイおれ達は一つの体に五つの人格を持っており、現在はそれを『repli-kaiレプリ-カイ君』と呼ばれる人形に移すことによって個別に存在している状態だ。

 そして未だによく仕組みのわからないこの『理論』は、科学者を生業とする叔母さんかーさんにより生み出されたものである。


 無論こんな実例が他に存在するわけもなく……おれ達はいわばこの『理論』の唯一無二の『サンプル』ということになる。

 そのためおれ達五人の『生命兆候バイタルサイン』は、24時間週7日、日々欠かすことなく観測されているのであった。


「正直気は向かないけど……まあしゃあねーよな」

 ただでさえそんな状況のため、さらに『検査』させろなどと言うのは正直『実験動物モルモット』扱いされているようで勘弁願いたい。


「もしなんか不具合でも起きて分裂できなくなったら、また厄介なことになりそうだしな……」

 だが、元々おれ達は非常に危ういバランスの下で成立している存在だ。ここ最近は特に困ることもなかったのでそれを忘れがちだったが、叔母さんかーさんの研究がなければ今もちょっとしたことで人格が入れ替わってしまう状態に変わりはなく、文句を言える立場でないということも重々承知していた。


「じゃあOKでいいですね。それではお母さんに返信しておきます。できるだけ早急にということだったので、来週末でいいですか?」

「ああ、わかったよ」

 了承の意を返すと、善は急げとばかりにサトルが日程を決めるので、それに頷いて返す。



「しかし……考えてみれば、これはチャンスなんじゃねえか?」

 考えてみればここ最近は色々とトラブル続きで、余り自由な時間が取れていなかったように思う。

 『検査』の際はある程度拘束されるだろうが、特におれ自身が何かをするわけでもないし、なによりこのメンツならその時以外は他人格あいつらを外に出さずに『おれ』がずっと表に出ていても問題ない筈だ。


「フフフ。案外好き勝手ができるかもしれねえな……」 

 そうして久々の完全な『自由』へと妄想を馳せていたその時だった。


「さて……じゃあ他の皆さんにも予定を伝えなきゃですね」

「へ、他の……?」

 次に出てきたサトルの言葉は少々予想外であり、思わず聞き返す。

 おいおい、『他』ってまさか……


「はい。『検査』に必要だから、『約束の子』達は全員来て欲しいということでした。北海道旅行を兼ねてどうですかって誘ったら、皆さん二つ返事で了承してくれましたよ?」

 そんなおれの問いに対し、サトルがきょとんとした顔で返す。


「あ、そういうことね……」

 —―と、このようにしておれの思惑は早々に崩れ去り……『いつものメンバー』による北海道遠征が決定したのであった。





「着きましたね……じゃあ入りましょうか」

 叔母さんかーさんが構えている研究所に辿り着くなり、サトルは無造作にドアを開けて中へと入り込む。


「おい、呼び鈴とか鳴らさなくていいのか?」

「それ、壊れてるんですよ。それに例え健在だとしてもあの人が気が付くとは到底思えませんから」

「……まあそうかもな」

 幾ら母親の居場所とはいえ一応歴とした外部施設なのだし、余りズカズカと入るのもどうかと思い制止を掛けるが、対するサトルの返答は既に勝手知ったるという感じだった。

 考えてみればサトルは夏休みの間もここで叔母さんかーさんを手伝っていたのだ。ならその辺の事情はおれ達などより遥かに詳しいはずだ。

 そして叔母さんかーさんへの人物評についてもまるでその通りであり、おれが口を出すのも無粋というものだった。




「お母さん、いますか? 来ましたよー!」

 建物の中に入るなり、サトルが内部一帯へと到着の旨を告げる。


「いないのか……どっか出かけてんのか?」

 —―だがその呼び掛けに対し、一切反応が返ってくる様子はない。


「いや、鍵開いてたしそれはないんじゃねーか? そもそも呼んだのは向こうで、、ちゃんと時間も伝えてるわけだし……」

「あの人にそんな一般常識が通用すると思うか?」

「……違いねえ」

 不在を疑う声に対して常識的な範囲での反論が返る……だが、元々あのオバさんは研究に没頭すると周囲のことは全てなおざりになる人間だ。

 世間一般の応を求めるのは無意味だということは、長年の付き合いで十分に理解している。


「フッ、別に焦る必要もあるまい。いないのならただ座して時を待つのみ……」

 —―カチャッ。

 ならば中で待たせて貰う……そう言わんばかりに『χ』が、壁に寄り掛かると同時に、何やら嫌な予感を感じさせるスイッチ音のようなものが響く。



「どぅえぇぇぇぇぇーー!?」

「『χ』ちゃん!?」

「何ですの、これ!?」

「えぇ!? 何これ、トラップ!?」

「大丈夫ですか!?」

 次の瞬間、悲鳴と共に『χ』の体が宙に吊り上げられ、それを見た女性陣から衝撃の声が上がる……どうやら盗難対策のブービートラップのようだった。




「……なんだ、騒々しいな。一体どこのどいつだ?」

 そしてその悲鳴に釣られてか――しばしの後、気怠そうな声と共に一人の人影が姿を現した。


「お母さん!」

 呼びかけるサトルの声に伴い現れたその女性こそが、おれ達の義母にしてサトルの実母である――『大沼鳴おおぬま めい』であった。

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