90-3

「でもビックリしたね? まさかママが『あのこと』を知っていたなんて……」

「そうだな……」

 紅葉さんや『影』叔父さんとの会話を終えて、病院の廊下を歩きながらハナと会話を交わす。

 ――実はあの後、紅葉さんからもう一つ『ネタ晴らし』があった。

 その内容は、ハナが『影』叔父さんの実の娘ではないことを、紅葉さんはとうの昔から知っていたというものだった。


「もう、知ってたなら言ってくれてもよかったのに……」

 だから自分が倒れたことでハナが責任を感じる必要はない。

 そう言って紅葉さんは笑って見せたが、長年この事実をひた隠しにしてきたハナと叔父さんからすれば、まるで自分たちが道化のようであり、なんとも言えない気持ちにさせられたようだ。

 正直あんな呆然とした叔父さんを見るのは初めてだったので内心笑ってしまったのは、ここだけの秘密だ。 


「そう怒るな……気持ちがわかるから言えなかったと、紅葉さんも言っていただろう?」

「まあ、それはそうなんだけど……」

 実際、紅葉さんも二人が隠そうとする理由がわかる故に言い出せなかったそうだ。お互いに気を回し過ぎた結果のすれ違いに過ぎず、ハナもそれは理解していたが心情的に納得いかないようだった。



「ハナ!」

「あ、ユキ!」

 そうして病院中央の待合室に差し掛かろうという頃、不意にハナを呼ぶ声が響く。

 声の主は天橋雪であり、気が付いたハナがそちらに駆け寄る。


「お母様はもういいんですの?」

「うん、ありがとうルナ」

「そうですか……ホッとしました」

「サっちゃん、心配かけてごめんね」

「そう。本当に……よかった」

「サヤ姉……」

「あ、ごめんね。つい昔のことと重ねちゃって……」

 続いて松島月、サトル、サヤ姉の順で声を掛け、ハナもそれに応える。

 中でもサヤ姉は特に強く安堵している。その口振りから察するに、母さんが亡くなった時のことを想起していたようだ。

 まあその時も豪雨が降っていたそうだし、無理もないだろう。



「目ぇ覚めたみたいだな、兄弟!」

「どうやら無事みてぇだな」

「まあ元気そうで何よりだよ」

「流石愚鈍だ。ゴキブリ並みの生命力だな!」

「お前たち……無事だったか」

 若干遅れて現れた僕に、バカ共他人格が声を掛けてくる……まあ今回はこいつらにも世話になったし、無事でよかったというものである。


「あの、みんな……本当に、ありがとう!!」

 そうした中—―集まった皆に対して不意にハナが呼び掛け、深く頭を下げる。


「みんなが『心臓』を必死に届けてくれたお陰で……ママは助かりました。幾ら感謝しても足りないけど……せめてお礼を言わせてください」

「ハナ……いいのよ、そんなこと」

「そうですわね。まあいつかのお返しとでも思ってください」

「ええ、水臭いですよ。困った時はお互い様ですから」

「そうよ、ハナちゃん? 私たちだっておばさまを助けたかった……ただそれだけなんだから」

「みんな……」

 精一杯感謝の意を示すハナにそれぞれが言葉を返し……彼女が感激の表情を見せていた、その時だった。


「ハナ……」

「えっ?」

 少し離れた所から歩み寄ってきた一人の少女が、ハナに呼びかける。


「……アゲハ」

 その声に対し――ハナもまた、彼女の名を呼んで応えるのだった。









「よお、ご両人! 元気してたか?」

 同じ頃—―宮島紅葉の病室に、一人の男が現れた。


「あら、『景』!」

「……何をしに来た」

「久し振りなのに冷てぇなあ……紅葉が心配で飛んで来たんだろうが」

「あらら、それは心配かけたわね。お陰様でなんとか生きてるわ」

「わかったらさっさと帰れ。僕は手術明けでこれから寝るし、紅葉も手術を終えたばかりだ。お前の相手をする暇などない」

「そう言うな。長居する気はないが……是非耳に入れておきたい『話』がある」

 弟からの雑な扱いを嘆いた後、いつになく真剣な声で男が告げる。


「『話』……?」

「ああ、『あの子アゲハ』の話で確信したよ。今回の騒動を裏で引いていたのは……『奴』だ」

「……そうか」

「やっと尻尾を掴んだ。絶対に……逃がしやしねえ」

「『景』……」

 憎々し気に呟く様子は普段の彼とは異なっており、残る二人は言葉少なにそれを見守る。


「話はそれだけだ……挨拶も済んだし、もう帰るわ」

「……」

「待って、『景』!」

「……紅葉?」

 それだけ告げて去ろうとする男に一抹の不安を感じ、友人である女が呼び止める。


「あなた……『彼』を追って、どうするつもりなの?」

「……じゃあな」

 だが女の問いに対し、答えはなく……男はそのまま病室を後にする。



「……どうするって? 決まってんだろうが」

 しばらく歩き、病院を出たところで男が呟く。


「『ケリ』をつける……でなきゃ俺は、一生前に進めやしねえんだ」

 そう言って空を見上げる男の目は――普段の彼からは想像もつかない程の『怒り』に満ちていた。









「……じゃあ『その人』が、アゲハに指示を?」

 数分後—―葉喰蝶に呼び出されたハナに付き添う形で、僕は二人の側に立っていた。既に和解済で僕を病室に運ぶ際にも多少会話したとはいえ、腰を据えて話すにはまだ互いに不安なようで、なぜか僕が場を取りなす羽目になっていた。


「ええ……そうよ」

 話の内容—―それは、一連の彼女の行動は全て『とある男』の指示に従った結果とだというものだった。


「『宮島花』と向き合う『場』を作ってやる……それがあの人の言い分だったわ」

 数日前に突如彼女の前に現れたその男は、そう告げた後に自身の言葉に従うよう迫ってきたそうだ。

 当然彼女も最初は怪しんだが、余りにも事情に詳しいことや、指示通りにした結果見事にハナに遭遇したことを受け、不審に思いつつも乗ることにしたらしい。


「そう、だったんだ……」

「今回のことは、本当にごめんなさい。わたし……あの人に従った結果、何が起こるのか全然想像できなくて」

「ううん、いいの……こうしてアゲハとまた話せるようになったのは、本当のことだもん」

「ハナ……」

 ハナともう一度向き合いたい。

 その想い故とはいえ、彼女の行動は正直褒められたものではない……だが当のハナがそれを許しているのなら、そこに僕が口を出す理由はなかった。




「その……少しいいか?」

 そうして一区切りがついたタイミングで、少し口を挟む。


「その男は……何者なんだ?」

「まったく知らない人よ。でも……」

「でも?」

「どことなく、あなたに顔立ちが似ていたわ」

「僕に?」

 首謀者らしき人物のことが気になり質問すると、予想外の回答が返る。


「ええ。さっきも同じ質問をあなたの父親にされてそう答えたんだけど……納得した、という様子だったわ」

「……親父が来ていたのか?」

「そうよ? 他の人達には会ってたみたいだけど……」

 更に流れで親父の来訪情報が入り、併せて尋ねる。恐らく紅葉さんの見舞いだろうが……どうやらすれ違ってしまったようだ。


「……」

「『乖』、どうかしたの?」

「いや……なんでもない」

 その内容に思案を巡らす中、ハナの問いにそう言って返す。


「(まさか……そういうこと、なのか?)」

 僕に似ていて、親父が納得を示す人物……思い当たる人物など、限られていた。





「さて、話は終りね……じゃあね、ハナ。『次』は負けないんだから」

「え……?」

「昨日の『競争』……あれは完全にあなたの勝ちよ」

 考え込む僕をよそに、葉喰蝶がハナに別れの言葉をかける。


「え、でも……」

「最後のあなたには、到底追いつける気がしなかった……まあ丁度いい目標ができたわ。あなたが本気出さないならインハイなんて興味ないって海外に出てたけど、次は本気で戦えそうね」

「アゲハ……!」

「万全のあなたに勝って……『お姉ちゃん』を超えてみせるんだから!」

「……うん!」

 そうして二人は再戦を誓い、別れを交わす。

 そこにはもう……以前のようなわだかまりはなかった。




「ねえ……『乖』?」

「ん?」

 そうして葉喰蝶を見送った後—―不意にハナがこちらへ振り向く。


「ちょっと話があるんだけど……ついてきてくんない?」

「へ?」

 突如そんな風に声をかけられ、僕は間の抜けた声で返事をするのだった。








「わあ、綺麗……」

「そうだな……」

 アゲハと別れた後、あたしと『乖』は宮島の紅葉谷を訪れていた。

 普段なら観光客で一杯だが、早朝なことや昨日の豪雨の影響もあってか、周囲に人はいない……正にというやつだ。



「あのさ……そこに立っててくんない?」

「構わんが、なぜだ?」

「いいから!」

「?」

 首を傾げる『乖』を一段低い場所に残し、自分は一段高い少し距離を取った場所へと立つ……覚悟を決めろ。躊躇ったら負けだ。



 スゥ―—

「『乖』!!」

 大きく息を吸った後、『彼』の名を呼んで走り出す。

 

「好きーーーっっっ!!!」

「なっ……!?」

 そうしてあたしは大声で叫びながら――『乖』の胸へと飛び込んだ。



 ――ドスンッ!!

「ってぇ……」

「えへへ……ごめん、痛かった?」

 飛び掛かった勢いのまま『乖』に覆い被さり、舌を出して笑う……まあ幅跳びは専門外だし、失敗しても仕方ない。



「お前なぁ……」

「『乖』の心臓……ドキドキしてる」

「え?」

 ――呆れて溜息を吐く『乖』を遮るように、その左胸に耳を当てる。

 そこからは小さく脈打つ音が聞こえ……彼という『生命』の存在を主張していた。


 『生きている』ということ――それは普段当たり前に側にあり過ぎて、なかなか意識することはない。



「あたし……生きたい」

 しかしそれは、決して『当然』のものなどではない。


「『乖』と一緒に、生きていきたい」

 だから……その尊さを噛み締めるようにして、『想い』を告げる。


「……僕もだ」

「うん……ありがと」

 そして、愛する人が同じように思ってくれることもまた――同じ位に尊いことだ。


「ねえ。あたしの『心臓』の音……わかる?」

「ああ……すごく、ドキドキしてる」

 尊い『生命』、尊い『想い』……その重さを抱きながら、あたしは生きる。



「ハナが生きている……その『証』だ」

 愛する人と共に――『生命の花』を咲かせていくのだ。

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