70-3

「……『狂言』?」


 ――時は修学旅行最終日。

 激動の一日を終えたオレ達は、『当初の予定通り』に、旅行先近隣の遊園地へと向かっていた。


「……はい」

 呆けた顔で呟くオレに、気まずそうにルナが頷く。

 ……じゃあなんだ。今回の事件は全部、ルナのお袋である『星』さんに仕組まれてたってことかよ?



「そういうこと……というかそもそもこの件は、学園と松島財団の間での『交換条件』だったのよ」

「『交換条件』?」

「ええ。修学旅行に財団の船を貸し出す代わりに、『一芝居』打たせて貰うっていう条件でね」

 ……混乱を隠せないオレに対し、そう言ってサヤ姉は『ことの真相』を話し始めるのだった。



 ――そもそもの発端は、ルナが修学旅行の移動手段を『独断』で決めたことにあり、ルナの口添えワガママの後に、手続きの為サヤ姉が松島財団を訪れたところ、星さんにこの話を持ち掛けられたそうだ。



「船を貸すのは構いません……ですが、財団を私物化するような行為を恥ずかしげもなく行う『愚女』には、灸を据えなければなりません」

 ――堂々と言い切るその姿が、目に浮かぶようであった。


 尚、生徒達を巻き込んだのは、職権乱用するような人間に安易に乗っかるような甘い考えでは、いつか痛い目を見るということを身を以って分からせようという、社会勉強を兼ねていたらしい。



「そういうことか……」

 一通り聞き終えたところで、まず『乖』が納得したといった様子で頷く。


「だよなぁ。サヤ姉があんな簡単に捕まるわけねえし」

「うむ、風神が本気で暴れたら、あんな連中一溜りもないしな」

「……どういう意味かしら、二人とも?」

「「……」」

 笑顔ながらも物凄い圧を発するサヤ姉を前に、横から口を挟んだ『魁』と『χ』が黙り込む……ったく、余計なこと言うからだ。





「……とまあ、そんな経緯で起きたのがあのシージャック騒動よ。そして本来なら程々の所でネタ晴らしして全員解放する予定だったらしいんだけど……」

の存在は予定外だった……てことか」

「その通りよ。『あの男』が船に乗り込んでいたことも、『快』ちゃんが刺されたことも……そこから先はほぼ全てが予定外だったわ」

 被せる様に発された『戒』の言葉に対して頷きながら、サヤ姉が溜息を吐く。

 オレを刺した『あの男』……『光冠コロナ』があの場に現れたことだけは、完全に想定外だったらしい。


「けど、なんでだ……?」

 だがそもそも奴は、昼間に現行犯逮捕されたばかりの筈だ。一体どうやって船に入り込んだっていうのだろうか?


「とりあえず『その件』に関しては調査中らしいわ……続けるわね」

 そんなオレの疑問に先回りして答えた後、サヤ姉が話を続ける。



「実際私も途中からどこまでが予定通りなのかわからなくなって困ってたのよ……けどやっぱり松島財団のトップは肝が据わってるわよね。もし本当に『快』ちゃんが死ぬようなことになれば、星さんは事実を公表して、全ての責任を取るつもりだったそうよ。貴方ルナちゃんの怒りを全て自分に向けさせたのも、そういった責任感からだったみたい」

「……」

 サヤ姉の言葉に、ルナが面白くなさそうに頬を膨らませる……聞いた話では、星さんは駆け付けた直後からオレの生存を確認するまでは、ずっと自分が事件の『首謀者』だと言い張っていたらしい。

 まあ本当にそうなったオレが死んでたら、間接的にはかもしれないが……そこまでするもんかね?



「本当に……どこまでも勝手なんですから」

「……よく似てると思うけど」

「うんうん」

「……うるさいですわね」

 そうして不貞腐れながらぼやくルナに対し、天橋とハナがボソリと突っ込みを入れるのだった。




「ま、つーことでおれ達が簡単に逃げ出せたのも、案の定仕組まれてたことだったってわけだ」

「ていうか、完全に『快』の救助に誘導されてたよな」

「ああ。拘束は適当で逃げ道も完備。更にはボート付きでサトルのお出迎えだからな……正直お膳立てが過ぎる」

「うむ、我はなかなか楽しませてもらったぞ!」

「……ボクも本当に驚きましたよ」

 話が一区切りすると、他人格達やサトルもまた、自分たちが如何にを次々に語る。

 中でもサトルの巻き込まれっぷりは中々に酷い……なんでも突如学校に松島財団の使いが現れたと思ったら有無を言わさず拉致され、気が付いたら船の近くにおり、ボートでオレ達を達を助けてこい、と放り出されたとのことだった。


「実際なんでボクが、と思いましたが……まあ『コレ』が必要になるとわかっていたんでしょうね、きっと」

 そう言いながら、サトルが手に持った小さな箱を見る……そこに入っているのは、『叔母さんかーさん』が作った『オレ達向け』の新薬だ。

 制御の利かなくなった『各人格オレ達』を一時的に制御可能にする効果があり、タイヨウとの決戦時に自在に人格を替えられたのは、この薬のお陰である。




「あの……」

 そうして空気が落ち着いてきた頃、不意にルナが畏まった様子を見せる。


「ん、どうした?」

 不思議に思ったオレが、思わず声をかけた次の瞬間—―


「その……ありがとうございました」

「「「「「「「「へ????????」」」」」」」」

 突如告げられたお礼その言葉に、オレ以外の全員が唖然とするのだった。


「サヤさん、ユキさん、ハナさんはわたくしを……サトルさんと他人格の方々は、『快』様を助けてくれました。皆さんのお力添えがなければ、今頃わたくし達はここにいなかったかもしれません……本当に、ありがとうございます」

「「「「「「「「……」」」」」」」」

 別人かと思う程の殊勝な態度で、ルナが頭を下げている……その驚きの事実を前に、みんなして戸惑うばかりだ。



「……なんですか。その反応は」

「いや……だってなぁ?」

「ああ、そりゃなぁ……」

「まさか、礼を言われる日が……」

「来ようなどとは夢にも思わなかったぞ、うむ!」

 ……特に他人格あいつらに関してはその度合いも凄まじく、見ていて笑えてくるレベルだった。



「なんですかもう……言うんじゃなかったですわね」

「プッ!」

「フフフ……」

「クスッ」

「やれやれ、ね……」

 それを見て拗ねるルナの様子に、女子連中も声を抑えて笑い始める……まあ言っちゃ悪いが、今までのツケが回ってきただけとも言える。


 だが、こうしてみんなで笑い合うことができる……それがどんなに素晴らしいことなのかを改めて感じた、今日という日だった。






「……まだいたのですか?」

「……つれないこと言わないでくださいよ」

 場所は変わり、松島財団の本邸—―そこでは、財団の主である女とその雇われ主である男が会話を交わしていた。



「結局、『主犯』は見つからず仕舞いですか」

「ええ……」

 何者かが手引きしたことにより、あの『刺客』が警察を抜け出し客船へと紛れ込んだ所までは調査済みだ。

 だが……その人物の詳細については不明というのが現状だった。


「……やはり、『彼』が?」

 しかし、女には『その人物』に心当たりがあった。

 『過去』に縛られ、『今』を生きられない……そんな男だが、あの男なら『彼』を消そうとするだろうことは、容易に想像できた。


「……タイヨウ」

「へ?」

 思案に耽る中、隣にいる青年に声をかける。


「貴方は……道を踏み外してはダメですよ?」

「大丈夫ですよ」

「え?」

 『あの男』のようにはなるな――遠回しにそう告げると、即座に返事が返る。


「貴方を目指している限り、『それ』は絶対間違っていませんから」

「……ハァ」

 馬鹿正直なその答えに、思わず溜息を吐く……このまっすぐな所は、本当に彼の『師匠』にそっくりだ。


「わたくしの中には、未だ『あの人』がいます……故に貴方に振り向くことはありませんが、それでいいなら好きにしなさい」

 だからこそ、止めても無駄だということはよくわかる。


「……望むところです」

 そう答える青年の声に……いつかの『あの人』の面影を見た気がした。






「……すまねえな。付き合わせて」

「いえ、お構いなく」

 再び場所は変わり――わたくしと『快』様は、とある場所を訪れていた。

 ……誤解のないよう言っておくが、サヤさんの許可は取ってある。


 『快』様は昨晩と今朝の激戦でボロボロの為、松葉杖が手放せない状態だ。一応遊園地に来たはいいが、ロクにアトラクションに乗れず暇を持て余していた為、こうして抜け出してきたのである。


「でも、どうして『ここ』なんですの?」

 行先を決めたのは、『快』様だ。

 今わたくし達が居るのは、松島の『透かし橋』……昨日も訪れたのに何故? というのが正直な感想だ。


「……」

「『快』様?」

 黙り込む『快』様を不自然に思い、呼びかける。


「だってよ……あのままじゃオレが『悪縁』で、アイツが『良縁』みたいじゃねえか」

「え……」

 そうして返ってきた答えに――思わず言葉を失くす。

 思い返せば、あの時わたくしはタイヨウさんに手を引かれてこの橋を渡っていた。

 この橋は別名『縁結び橋』で、『快』様と渡ったのは、別名『縁切り橋』だ。

 あくまで悪い縁を切るというもので、カップルで行くと別れるなんていうものではないのだが……『快』様はその辺りをよくわかっていないらしい。


「まさか……」

 今更ながら、他の橋を渡る時に『快』様がやたらと面白くなさそうだったのを思い出す。つまりって……


「そうだよ。切り捨てられるのかって、脅えてただけだ……わりぃかよ」

「……『快』様!」

 急に思いが込上がり、その腕に勢いよく抱き着く。


「いでっ! ちっとは優しくしやがれ!」

「ふふっ、ごめんなさい」

 痛がる『快』様に、笑いながら謝る。


 全く――本当に呆れてしまう。わたくし達の『縁』は、そんな簡単に切ったり貼ったりできないことぐらい、よくわかっているだろうに。


「ねえ……『カイ』様?」

「あん?」


 だって……十年だ。

 十年の時を超え――小さな『月』は、再び一つになった。


も……ずっと一緒ですからね!」

 そんなわたくし達を引き裂けるものなど――もはやこの世のどこにも、ありはしないのだから。

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