61-2

「ハァ……」

「何、どうかしたの? 不満そうじゃない」

 我が松島財団が誇る豪華客船『クレセント号』……その甲板に設けられた食事用テーブルで溜息を吐いていると、隣で食事を貪っているハナさんが声をかけてきた。 


「不満に決まっていますわ。ああして邪魔されていては、思うように『快』様との時間が取れないでしょう」

 同じ顔をした五人の集団を見ながら、愚痴を零す……折角こうして快適な旅路を始めたというのに、彼の周りにはああして下賤の人格が付き纏ってばかりだ。


「どうかしたんですか? いつもならそんなの気にせず強引に割り込むのに」 

 そうして愚痴を零していると、天橋さんが驚いた表情でこちらを見ている……声には出さないがハナさんも同様である。


「貴方たち、わたくしを一体何だと思っているんですの?」

「あはは、ごめんって。でも本当にどうしたの? 実際普段ならとうに割り込んでるよね?」

 まったく、失礼な人たちですね……軽く睨んでやると、ハナさんから取り繕ったような謝罪と共に、質問が飛んできた。


「別に……『快』様だって、ああして過ごしたい時もあるでしょう」

 それに対して率直に答える。確かに二人の言う通り、今すぐあそこに割って入り『快』様を独り占めしたい気持ちもある。

 だが、最近思うのだ……わたくしにとってはあの四人は只のお邪魔虫でしかないが、『快』様にとっては違うのではないか、と。

 ああして戯れる姿はまるで本当の兄弟のように仲がいい。紛いなりにも体を同じくしているのだし、わたくし達にはわからない『絆』の様なものがあるのだろう。それをただ気に食わないからと無理矢理引き剝がすのは、違う気がするのだ。

 そして、何より……


「……こんなの、『最初で最後』かもしれないのですから」 

 独り言のように、そう呟く。

 忘れがちだが、来年の今頃『彼ら』はもういない。時が来れば残るのはただ一人……もちろんその一人は『快』様になるのだが。

 そう思うと、多少は慈悲の心も湧いてくる。ならばああしてちょっとした思い出を作ることぐらいは許してやってもいいと、割り切ることにしたのだ。


「そう、ですね……」

「うん……」

 それを聞いて思うことがあったのだろう。天橋さんとハナさんもまた、『彼ら』を見つめ、物思いに耽るのだった。

 




 

「……ところでさ。って、あの後どうなったの?」

「アレ?」

 —―そうしてしばらく過ぎた頃、ふとハナさんが質問してきたので、問い返す。


「ほら。『快』の奴、後で埋め合わせするって話だったでしょ?」

「ああ、あの件ですか。『筋トレグッズ』を頂きましたわ」 

 ハナさんが言っているのは、先日開催されたわたくしの誕生日パーティのことだ。しなくていいと言ったのだが、勝手に話が進んだので渋々承諾した結果、見慣れた方々を招いて行われた。 

 だが、いざ当日のプレゼントタイムを迎えると肝心の『快』様が何も用意していなかった。そのことで参加者一同から大顰蹙を買い、結局別の機会に埋め合わせをするということになり……数日後受け取ったのが『それ』である。


「えぇ……」

「流石にそれはちょっと……」

「別にいいんですわよ。最初から期待していませんし。それに……」

 露骨に引いた様子の二人に対し、言葉を返す。そもそも『この件』は彼女たちが勝手に言い出したことで、わたくし自身はさほど気にしていない。『快』様がそんな気が利く方でないのは分かっているし、あと何より……


「わたくし的には『誕生日』はまだ来ていませんから」

 自分自身、『その日付』を祝われても、正直ピンとこないのだから。 



「え、どういうこと?」

「『日付』とは別の基準があるということですわ。わたくしが生まれた『その日』は、秋真っ盛りの『月』が最もよく見える日だったのです」

 首を傾げるハナさんに、その意味するところを答える。まあ先ほどの言葉だけではその反応が普通だろう。


「ああ、中秋の名月ってことですか?」

「ええ。『ハーベストムーン』……日本的に言うなら『十五夜お月様』というやつですわね。母もその印象の方が強いみたいで、毎年決まって今の季節の満月の日に、思い出したようにお祝いのメッセージを送ってくるんです」

 天橋さんの口から出てきた言葉に、肯定の意を示す……勿論生まれた当日の記憶などありはしないが、毎年そんなことが続けば『誕生日』の認識が普通と変わるのも無理はないと思っている。


「もしかして、あんたの名前の由来って……」

「はい。生まれた時に凄く綺麗な『月』が出ていたから、という至極単純な理由だそうです」

 それを聞いて何か思ったのか、ハナさんが尋ねてきたので正直に答える……我が母親ながら、安直すぎて呆れるというものである。


「へぇ~、素敵な話ですね」

 だがそれを聞いた天橋さんは、何やら感心した様子で頷いている……まあどう思うかは人それぞれだし、どうでもいいが。


「と、まあそういうことですわ。この話は終わりでいいですわよね? わたくしは『快』様の元に行きますので」

 そうこうしている内に、『快』様が一人になるのが遠目に見えたので、早速ご一緒しようとテーブルから立ち上がる。


「あ、はい」

「また後でね」

「それでは失礼しますわ」

 答える二人を置いて、歩を進める……折角の修学旅行だ。『快』様と過ごせる時間を、一分たりとも無駄にする気はない。

 そうです――今度という今度は、『快』様を完全にオトしてみせるんですから!


 そうして、自身の中で立てた『目標』を達成すべく……わたくしは想い人の元へと駆け出すのだった。









「……失礼します」

「来ましたか。待っていましたよ」

 —―ドアを開けて入ってきたその男に、部屋の主である女が声をかける。


「おや、そいつは嬉しいな。こちらこそ貴方に会えるのを心待ちにしていたんでね」

「冗談も休み休み言いなさい」

「冗談じゃねえんだけどなぁ……」

 軽口を叩くも秒でいなされ、男はわざとらしく溜息を吐いてみせる。


「それで、『用件』ってのは何です?」

「ええ、それなんですが……」

 これ以上の軽口は無意味と判断してか、男が早速本題へと入ると、女は眼前の男へと向けて『用件』の内容を語り始めた。




「……承知しました。その依頼、喜んで受けさせて頂きましょう」

「随分と簡単に承諾するのですね?」

 二つ返事で依頼を受ける男に、女が若干戸惑い気味に尋ねる……それは自身がどれだけ無茶なことを要求しているか、よく理解しているからだ。


「そりゃあ他でもない貴方の頼みだ。どんな無理難題だろうと、断る選択肢はありませんよ。それにですね……結構楽しみにしてるんですよ。『あの小僧』が、どれほどのものになったのか、ね」

「……」

 その言葉を、女は無言で聞き流す……この男が『何を考えているか』など、些細な問題だ。


「なら……お願いしていいのですね?」

「ええ、任せてください。どんな手を使ってでも、成し遂げてみせますよ……そう、を使ってもね」

 大切なのは自身が望む『成果』を出してくれるかどうか……その一点に尽きる。



「……わかりました。よろしく頼みましたよ」

「はい、お任せを」

 女の言葉に対し不敵な笑みを浮かべながら――男はそう答えるのだった。

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