第62回 想い出の地

62-1

 ――突然だが、ここで今回の修学旅行について説明しておく。


 行先は宮城県を中心とした東北近県で、日程は以下の通りだ。

 1日目:移動しながらの学年全体研修。

 2日目:所定のポイントを時間帯を分けて回るクラス別研修。

 3日目:数名単位での自由行動となる班別研修。

 最終日:近隣の遊園地で過ごした後、帰路に就く。

 ……と、このように計3泊4日で実施される予定となっている。


 当初は現地までの移動はバス、宿泊は現地のホテルを予定していたが、『とある女子生徒』が強権を発動したことにより、近距離移動以外は全て豪華客船による移動となり、宿泊もそのまま船で行うということに変更された。

 ……尚旅行先までは変更されなかったのは、来年以降との格差を少しでもなくそうという、学園側の配慮によるものである。

 

 そういった中で『オレ達』は修学旅行を過ごしていたわけだが……旅行3日目を迎えた現在に至るまでは『平和そのもの』だった。

 ……無論何かが起きて欲しいわけでもないが、これまでを思い返すとこういったイベントの際にはどこぞのお嬢様が何か問題を起こすのが常であり、実際問題心配の種ではあった。

 —―だがいざ蓋を開けてみると、当の本人は至って大人しい。突然飛びついてきたりといった行動はまあ変わらないのだが、それも時と場所は選んでいるようであり、頻度も減っている。


「……まあ静かで助かるがよ」

 と、一人呟いていたその時だった。


「おっ、どうした? なんか寂しそうじゃねぇか。まさかルナちゃんが余り構ってくれないから寂しいとか?」

「……うるせぇな」

「フッ、その程度のことで心を乱すとは不甲斐ない。これだから愚鈍は……」

 呟きを聞いていたのか、声をかけてくる『魁』に答えていると、今度はそれに乗っかるようにして、『χバカ』が戯言を吐く。


「いいから黙ってな」

「ほげぇぇぇぇ!!」

 うるさいので例の如くデコピンで吹き飛ばす――しかし何度食らってもこれである。ホント学習しねぇ奴だな。


「しかしなぁ……こんな時まで五人で行動かよ」

「仕方ないだろう。部外者がいたら何かあった時に言い訳が利かない。少しはリスク管理を考えたらどうなんだこの愚図」

 それを横目に愚痴を零している『戒』を、例の如く『乖』が罵倒する……これまた一体何度目だろうか。


「へいへい……」

 うんざり気味に『戒』がぼやく。今こいつが言った通り、オレ達五人は修学旅行3日目の自由行動中も、同じ班として行動を共にしていた。

 こんな時ぐらい別々に行動させてくれとも思うが、『乖』の言うように事情を知らない連中と過ごしていたら、何かあって『本体』に突然戻ってしまった時など、急なアクシデントの際に厄介なことになる。

 それを思うと、必然的にいつも同様に行動するしかなかった。


「やれやれだぜ……」

 四人の雰囲気に釣られるように、オレもまた溜息を吐いていたその時だった。

 


「『快』様!」

「こんなところにいた!」

「もう、探したんだからね?」

 —―これまたすっかり聞き慣れた声が、オレ達を呼び止めたのだった。



「ルナ……」

「ん、ハナも一緒か?」

「それにユキまで……」

「おおこれはお嬢さん方、よく来てくだすった! 折角の自由行動なのに華がなくて、困り果ててたんだよ!」

 突如現れた女性陣に各々が面食らう中、『魁』だけが一人はしゃいだ様子で騒ぎ始める。


「いちいち軽薄な言動をするのはやめて頂けません? 気持ち悪い……」

「ぐはっ! こいつは辛辣だぁ!」

「……いいから黙っていて貰えます?」

「……はい」

 だがその発言は秒で切り捨てられ……ルナに睨まれた『魁』は、蛇に睨まれたカエルの如く小さくうずくまるのだった。


 


「さて、漸く合流できましたわね」

「なんだ、どうかしたのかよ?」

「どうかしたのかではありませんわ。この後の時間をご一緒すべく、『快』様をお迎えに上がったまでです」

 —―気を取り直したように口を開くルナに尋ねると、さも当然と言わんばかりの返答が返ってくる。


「オレを?」

「ええ、折角の自由行動ですもの。『班』などというくだらない枠組みに捕らわれて『快』様と過ごせないなど、まっぴらごめんですわ」

 確かめるように問い返すと、ハッキリとした意思表示が返ってくる……どうやら自由時間を共に過ごさないかという誘いのようだった。



「……だってよ。どうする?」

「僕に聞くな。こいつらは事情を知っているんだし、好きにすればいいだろう」

 一応五人で行動している以上勝手はできないので、隣にいる『乖』に伺いを立てる……まあ確かにルナ達は他の生徒と違い、オレ達の事情を知っている。有事の際にはフォローも頼めるだろう。


「……わかった。オレは構わねぇぜ」

「本当ですか!? 嬉しいです!」

 別に嫌ではないし、断ってもその後が面倒なので二つ返事で返答すると、例の如く飛びついてくる……まあ嬉しそうだし、これでいいことにしておこう。



「で、『お前ら』はどうするんだ?」

 そうしてオレとルナが抜けることが決まり、残りの連中にどうするのかを尋ねる……まあ正直結果は見えているが。


「「「「……」」」」

 問いかけると、『戒』、天橋、『乖』、ハナの四人が無言で同じ方向を見る。


「フン……言われなくてもわかってるっての」

「……」

 その視線の先にいたのは、只今よりハブられることがほぼ確定した二名—―先ほどから不貞腐れている『魁』と、未だデコピンで伸びっぱなしの『χ』だった。



「まあ別にいいけどよ……君らがイチャついている間、はどうしろってんだ?」

「知りませんわよそんなの。お得意の話術で、道すがらの女性でも引っかけたらどうです?」

「扱いが雑ぅ!!」

 グチグチと文句を垂れる『魁』に対し、ルナの辛辣な言葉が突き刺さり、オーバー気味なリアクションが飛び出す。


「悪いな、『魁』」

「……まあ普段の行いの賜物だな」

「すみません……」

「ごめんね。今度お詫びするから」

 それに対して各々が言葉をかける……なんというか、性格がよく出ている。


「ちきしょう、みんなして邪険にしやがって……お~い『χ』、起きろー」

「ぐが~」

「……ま、そういうことだ。わりぃな」

 いじける『魁』と、いつの間にか寝ている『χ』にそれだけ告げると、それぞれに歩き始める。



「えっと……よろしくね、『戒』くん」

「あ、ああ……よろしく」


「まあ、そういうことだから……」

「ふっ……了解だ」


「さあ、では行きましょう『快』様?」

「……そうだな」

 —―こうしてオレ達は班を解体し、二人一組での行動を開始したのだった。

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