48-2

「お願い天橋さん! この役のイメージに合うのはあなたしかいないの!」

 クラスメイトで、演劇部の部長でもある宝塚たからづかさんが、今日何度目かという勢いで詰め寄る……演出・脚本全てが彼女に一任された2-Bのクラス出し物において、どうもわたしがヒロインのイメージにピッタリだったらしく、こうして何度も頭を下げられていた。


「そう言われても……」

 だがそれをわたしは断っていた。ハッキリ言って演技力に自信はない。


「そこをなんとかお願い!」

「でも……」

 理由はそれだけではない。彼女がこの劇に注いでる情熱は並大抵のものではなく、背景セット・演出からしてプロの劇団も顔負けのようなものだった……正直この舞台に素人丸出しのわたしの演技は完全に浮いてしまいそうで、勘弁願いたいのが正直なところだった。



「さっきから何回やってるんですの? あれ」

「さあね……」

 そんなわたし達に松島さんは呆れたように溜息を吐き、ハナは苦笑いをしていた。



「しかし納得いきませんわね。台本を読む限り、この物語のヒロインは清楚で物静かな『深窓の令嬢』という設定です。ここにがいるというのに、なぜわたくしをさしおいてあの野蛮人がヒロイン役に選ばれるというのでしょうか?」

「ま、まああくまで台本を書いた人のイメージだし……」

「そうですわね。所詮は学生の催し物……少々審美眼が曇っていても仕方がないのかもしれません」

「あはは……」

 さらっと人の悪口を言ってくれる松島さんに対し、そう思うならあなたがやってよ! と視線を飛ばすがそれも効果はなく……そんな押し問答が続いたまま、なんの進展もなく時間は過ぎていった。




「ユキ、お疲れ。大変だったね」

「うん……ホント困っちゃうよ」

「演劇の主役ぐらいやればよいではないですか。何がそんなに不満なんですの?」

 休憩時間になり疲れ切った表情で戻るわたしを労うハナとは対照的に、松島さんがうんざり気味に尋ねてくる。


「……」

「ユキ?」

 それに対して黙り込むわたしを不審に思ってか、ハナが声をかけてくる……実際、宝塚さんには申し訳ないとは思う。少々押しつけがましいが、わたしを買ってくれているのは事実なのだし。


「だって……」

 だが、こちらにも事情はある。ワガママでしかないのは承知だが、では、どうしても『あの役』だけはやりたくなかった。  



「まあまあ。無理強いはよくないよ。って……あれ?」

 ――そんな時、ふとハナが窓際から外見える何かに気が付く。 


「どうしたのですか?」

「あの車、ケイおじさんの車だ。もう来てるんだ」

「……え?」

 尋ねる松島さんにハナが答えた際に出てきた『名前』に、わたしは思わず反応する。今ハナ、なんて……?


「ああ、どおりで見覚えが。というか『もう』って……何かご存じなのですか?」

「うん、なんかの『問題』を解決する道具が届くとかなんとか……もう届いたってことなのかな?」

「なんですかそれは!? ならわたくし達も話を聞く権利があるはずでしょう! こうしてはいられません。わたくし達も……」


 二人が何か喋っているが、まったく耳に入らない。

 だって、だって――その『名前』は!


 ダッ!


「えっ、ユキ!?」

「ちょっ、天橋さん!?」


 ――気が付けばわたしは、驚く二人を置いてその場から走り出していた。





「サトル!」

「あ、兄さん。お久しぶりです!」

 約一カ月ぶりに見る愛らしい姿に『おれ』が思わずその名を呼ぶと、サトルもまた応えてくれる。


「サトルぅぅぅぅ~!! 会いたかったぞぉぉぉぉぉ!!」


 スルッ。


「ほげぇっ!!」

 その体を抱き締めようとダッシュで走り寄るも、生憎それはスルーされ、おれはそのまま壁に激突してしまう。



「サトルちゃん! 久しぶりね」

「ええ、サヤ姉さんこそ」

「それで……例の件は目途が立ったと言うことでいいのかしら?」

 そんな風におれをスルーしてサヤ姉とサトルが会話を繰り広げる中――


「ああ、そうだ。これで差し当たっての問題は解決するはずだぜ?」

「親父……」

「おじさま……」

 こちらは数か月ぶりの顔合わせとなる我が父親が、おれ達の前に姿を現した。





「さてと……これで全部か。ご苦労さん」

「何が入ってんだ? これ……」

 ――十分後。

 校舎の一室へと運び込んだ、親父の車に入っていたの段ボールを見下ろしながら、その中身について尋ねる。


「それは開けてのお楽しみってな」

「へいへい……あ、そうだ。これ連絡してた親父宛ての郵便。今朝届いてたぜ」

「お、サンキュ。誰からだ?」

「わかんねえ。差出人書いてなかったし」

「そうか。一体どこのどいつだ? なになに……」

 無駄に勿体ぶる親父に呆れる中、事前に連絡を入れていた件の便箋を手渡すと、親父は箱の中身の説明など忘れてその中身を読み始めた。 

 ったく……ほんとマイペースなおっさんだな。


「……!」

 だが手紙を読み始めるとすぐに、親父の雰囲気が張り詰めたものに変わる。


「親父? どうかしたのか?」

「……サヤ、サトル。悪いが席を外してくれるか?」

 不審に思い尋ねると、親父は突如人払いを始めた。



「え?」

「どうかしたんですか? おじさま」

「何、ブツの説明をするだけだ」

「なら私たちも居た方がいいと思いますが……」

「お前らには後で説明する。わりぃが、カイと二人にしてくれや」

 サヤ姉もそれを不審に思ったようで問いかけるも、親父は取り付く島もない……一体どうしたっていうんだ?




「……わかりました。さあ、行くわよ。サトルちゃん」

「あ……はい」

 雰囲気を察したサヤ姉がサトルを連れて部屋から出ようとしたその時だった。



 ガラッ!


「ハァ、ハァ……」

「あ、天橋?」

 ――息を切らしながら突如その場に現れた『彼女』の様子に、『俺』は思わずその名を呼ぶ。



「天橋先輩?」

「何かあったの? そんなに息を切らして……」

「ちょっと、どうしたのよユキ!」

「何だって言うんですか、もう!」

 その尋常でない様子に困惑してか、皆が次々に天橋に声をかけ、後を追ってきたらしいハナと松島さんも姿を現す。


「天橋、一体何が……」

 ――戸惑いながら、事情を尋ねようとしたその矢先だった。



「……いうこと?」

 俺の言葉を遮り、天橋が何かを口にする……その視線が向けられているのは俺ではない。



「どういうこと? 『あなた』が池場谷くんの?」

「……ユキ」

 苦々しい表情で親父を見つめながら天橋が尋ねると、親父は何とも言えない表情で彼女の名を呼ぶ。


 それに対して天橋は――



「どういうことよ!! !!!」

 ありったけの感情を込め、親父のことを呼んだ。

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