第48回 『父親』

48-1

「やべえ、ついにこの日が来ちまった……」


 ――時は8月最終週。

 名勝学園では毎年二学期の初週末に学園祭を行っており、夏休みの最終週と新学期初週の二週間を利用して学園祭の準備を行うのが通例である。従って本日が実質的な登校開始日に当たる。

 だが『その日』を迎えた現在に至っても、未だ俺たちの『問題』は解決していなかった。



「いいかお前ら。絶対大人しくしとけよ! 誤って人格交代しても、可能な限り俺のフリをして問題は起こさないようにすること! わかったな!?」


「(面倒くせえな……)」

「(チッ、なぜ僕が愚図の振りなど……)」

「(フッ、我にかかれば貴様の猿真似など造作もない)」

「(やれやれ。折角かわいい女の子がたくさんいるってのに声をかけられないとは残念極まりないぜ)」

 強い口調で各人格に釘を刺す『俺』だったが、まあどいつもこいつも微妙な返答である……くそ、何かあっても俺に責任押しつけられるからって、気楽なもんだなぁ!?




「……ともかく、サトルの言うことを信じるなら今日一日だけの辛抱だ! だから絶対に大人しくしとけよ!」

 気を取り直して改めて釘を刺す――丁度昨日サトルから連絡があり、叔母さんかーさんの研究に区切りがつき、『解決策』の目途がたったとの連絡を受けた。

 だが生憎それは昨日の夜のことで、もはやその日のうちにこちらへ戻る術はなく、やむなくサトルは今日現地を立って直接学校まで来るとのことだった。


「ハァ……不安だ」

 ――そうして溜息を吐きながら家を出た時だった。


「ん、なんだこれ?」

 ふと目にした玄関先の郵便受けから、便箋があからさまにはみ出していることに気がつく。


「親父宛て? 差出人は……書いてない、か」

 宛先は親父だった。普段なら放っておくところだが、今日親父はサトルの送迎の為、学校を訪れると聞いている。


「……なら直接渡した方が早いか」

 そう考え俺はその便箋を郵便受けから取り出し、鞄に入れる。


「さて……行くか!」

 こうしては、学校へと向けて出発するのだった。





「おはよ!」

「おわっ!」

 校門に入って間もなく――勢いよく背中を叩かれると共に、元気のいい挨拶が響く。


「久しぶりね、元気にしてた?」

「ハナ……」

「ん、どったの?」

 若干痛む背中を押さえながら、『僕』は満面の笑みを向けるハナに振り返る。


 ……早速人格が交代してしまい、前途は多難だった。




「ふーん、じゃあ結局まだ解決してないんだ」

「ああ。一応もうモノはできていて、今日中にサトルがそれを持って戻ってくるらしいが……」

 教室の端で、小声でハナに状況を説明する。また、ボロを出さないようクラスの連中との会話は挨拶程度に済ませていた。


「じゃあ今日は下手にあんたに話しかけない方が良さそうね」

「ああ……あと、もし誤って人格が交代した時にはフォローして貰えると助かる」

「オッケー、今日一日でしょ? まあそれぐらいなら何とかなるっしょ」

「だといいがな……」

 説明と共に有事のヘルプを頼むとあっさりと了承が得られた。まあこいつは頭は悪いが気は利くので、これで少しは楽になるとホッとしていたその瞬間だった。



「一日ぐらいなら休めばよいではないですか。貴方がたは馬鹿なのですか?」

 何かやらかさないか少々不安な『そいつ』が罵倒と共に姿を現す。


「……随分とハッキリ言ってくれるな、ルナ」

 ――そして不覚にも、それと同時に『オレ』が表に出てきてしまうのだった。



「あ、あれ。『快』様ですか? 申し訳ありません。今のは『快』様のことを言ったのではありませんわ。人には向き不向きというものがありますもの。先ほどの発言はこんな幼稚園児でも思いつく考えに至らない下賤の人格に向けてです」

 『オレ』が出ていることに気が付いたのか、慌ててルナが先ほどの罵倒を取り繕う……つーか何気にオレも馬鹿にされてねえか?


「もちろんそれ位考えたっての。けど『戒』の奴が、早く天橋に会って話がしたいとか何とか……」

「天橋さん? あの人また何かやらかしたんですの?」

「さあな……」

 ルナの言う通り、一日だけなら安全を期して休んでしまうことも考えた。だがその案は先日の天橋の挙動不審ぶりを気にする『戒』により却下され、現在に至る。


 ――そんなことを話している最中だった。



「わたしがどうかした?」

「あ……」

 そこへ天橋が現れ、『俺』は思わず黙り込む。


「お、おはよう。天橋……」

「おはよ、ユキ!」

「おはようございます」

「うん、みんなおはよう。二学期もよろしくね。で、わたしがなんだって?」

 慌てて挨拶を返すと、天橋はこの間のことなどなかったかのように尋ねてくる。


「あ、ああ。なんでもないよ……」

「そう? じゃあまたね」

 それだけ告げると、天橋は俺たちに背を向け、自席へと戻っていく。


「特に変わりないように思いますが?」

「あたしもそう思う」

「……」

 松島さんとハナの突っ込みに無言で答えながら、俺は呆けた顔で天橋の背中を見つめるのだった。

 


 キーンコーンカーンコーン。


「はーい、静かに静かに。朝礼始めるから、みんな席に着いてくださいねー」

 朝礼の開始を告げる鐘の音と共に、一人の女の声が教室に響く。


「フッ、任せておけ、風神!」

 その声にいち早く反応し、『我』は風神の言葉に応えて立ち上がった。


「……」

「む、どうした?」

 勢いよく立ち上がった『我』を、風神が何か言いたげに見つめる……どうしたというのだろうか?


「ああ、そうか! ここは学舎であったな! ならばその場に合った呼び方をしなければなるまい……えっと、『我が師』よ!」

 確かに『風神』この名は、我とこの女の間でのみ交わすことを許された呼び名だ。それを小市民が見ている前で口にするとは、我も迂闊だった。

 だが困った女だ……たかがそれしきのことで不機嫌になろうとはな。


 ヒソヒソ……


「ねえ。池場谷くん、なんか変じゃない?」

「なんだアイツ? 新学期のキャラ変にしちゃ滑りすぎだろ?」

 

 何やら小市民どもが我を見てざわついている。

 ふむ。我と風神の間を繋ぐ、見えない絆がこいつらには分らぬようだ……まあ所詮は一般人。多少の愚かさには目を瞑る必要があろう。


「池場谷くん、いいかしら?」

 ――などと考えている中、ふと風神が我の名を呼ぶ。


「む、どうした? 『我が師』よ……って、あれ?」

 それに応えると、何やら風神は笑顔ながらもすごい迫力であり、我は思わず声を上げる。



「少し、黙りなさい?」

「……」

 ――その強烈な圧を前に、我は黙り込むしかなかった。



「さて、改めまして皆さんおはようございます。学園祭の準備ということで、今日から登校日となります。授業はありませんが、朝礼・終礼の時間だけは基本的にこうして全員集合し、準備の開始・終了の号令を取るようにします。朝礼前や終礼後に作業が必要となる場合も出てくると思いますが、その場合は必ず許可を得るようにすること! わかりましたか?」

 黙り込む我をよそに、風神による朝礼後の作業に関する説明が続く。


「では以上で朝礼を終わります。号令の後、準備の方に取り掛かってください」

「はーい」

 そうして朝礼を終え――


「あと、池場谷くんはこの後職員室まで来るように」

「……」

 有無を言わさぬ迫力で、風神は我に出頭を求めるのだった。


 


「なぜ呼ばれたかわかっているかしら?」

「ああ、わかっている。呼び方がまずかったのであろう?」

 朝礼から数分後……職員室に呼び出された我は、風神の問いに対し、思うままを答えていた。

 確かに『我が師』はやはり少々仰々しかったな。次回からは『尊師』とでも呼ばせて貰おう。



「ハァ……どうやらアナタのアレ具合を見誤った私が馬鹿だったようね」

「?」

 我の言葉が気に入らなかったのか、なにやら風神が自虐に走りだす――はて、何を言っているのだ?

 


「……もういいわ。教室に戻りなさい」

「うむ、承知した」

 そうして我が職員室を後にしようとした時だった。


「あ、松原先生、ちょっといいですか?」

「はい、なんでしょう?」

 ――ふと近くにいた別の教師が、風神を呼び止める。


「お電話ですよ。生徒の保護者さんからです。丁度そこの……池場谷くんの親御さんです」

「「え?」」

 告げられたその内容に、我と風神は揃って目を丸くするのだった。


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