第49回 分かたれし心

49-1

「どういうことよ!! !!!」

 学園の一室に、悲痛なまでの叫び声が響く――



「お父さん……だって?」

「おじさんが……ユキの?」

「それって、一体……?」

 天橋の口から出た『その言葉』が意味することについていけず、俺とハナと松島さんは完全に困惑し切っていた。



「言葉通りの意味よ。『この人』は……わたしの『実の父親』よ」

 戸惑う俺たちに答えるように天橋が呟く。そして彼女の視線は、その『父親』を見据えて離さないでいる。



「それが……池場谷くんの父親? 一体、どういうことなのよ!!」

「ユキちゃん……」

 余りに痛ましいその様子に、サヤ姉が声を掛けようとしたその時――



「どうもこうもねえ。今お前が言った通りだ」

 それまで沈黙を貫いていた親父が、漸く口を開く。



「じゃあ、やっぱり……」

「俺はお前の『父親』で……そいつの、『カイ』の父親でもある。ただそれだけの話だ」

「そんな……」

 淡々とした様子で親父が言葉を並べる――それを聞くにつれて天橋の目からは力が失われていき、最終的に彼女は完全に下を向いて俯いてしまう。


「……そんなのって!!」

 今にも泣き出しそうな声で、天橋はその場から逃げ出すように走り去っていった。



「天橋!!」

「待ちな、カイ。お前はここに残れ」

 慌てて後を追いかけようとすると、そこへ親父が横槍を入れる。


「なんだよ! 今はそれどころじゃ……!」

 そんな場合ではないと振り切って走り始めようとしたその時――  


「いいから聞け!!」

 場を一喝するように、親父の怒号が響いた。 


「な……」

「大事な話だ。わりぃが他の奴は席を外してくれ」

 普段のおちゃらけた姿とはかけ離れた真剣な表情で、親父が話し始める。


「……あの子をこのまま放っておくつもりですか?」

「そう思うなら誰かついていてやりな。文句なら後でいくらでも聞いてやるが、は今はそれどころじゃなくてな」

 責めるような口調でサヤ姉が追及するが、親父の方は取り付く島もない。


 本当は今すぐにでも天橋の元に向かいたい。だが、ついていてやることだけなら、俺でなくともできる筈だ。なら……


「ハナ。天橋のこと、頼んでもいいか?」

「……うん、わかった」

 天橋が一番信頼しているであろう親友に、その役目を託すこととした。




 ――数分後。

「とりあえず教えてくれ……親父が天橋の父親って、どういうことだ?」

 俺たち以外が去ったのを見計らい、親父に質問を投げる。話があるということだったが、まずはそこをハッキリさせないと俺はその後の話題にも集中できそうになかった。


「だからさっき言った通りだっての。あの子は……ユキは、あいつの母親である『天橋立』と『俺』の間に生まれた子供だ。それ以上言うことなんてありゃしねえよ」

 だが親父はこの話は終わりだとでも言いたげに淡々と話を進める……どうやら先ほどの話は本当らしい。若い頃は色々ヤンチャをしていたという話は聞いていたが、まさかここまで節操がないとは思わなかった。


「信じらんねぇ。あんたって人はどんだけ……」

「悪いがその話は後だ。こいつを読んでみな」

 軽蔑混じりに呆れる俺だったが、親父はそれを気にする様子もなく何かを投げ渡してくる。


「これは……さっきの手紙?」

 ――渡されたのは、先ほどの親父宛の手紙だった。


「これがどうしたって……なっ!?」

 不満げにそこに書いてある内容に目を通した瞬間、思わず声を上げる。



「わかったか? 人払いをした理由が」

「予告状……学園祭期間中、名勝学園校内で爆弾を爆発させる、だと!?」


 ――手紙の内容は、この学園内での爆破予告状だった。

 


「ハハッ、一体どういうつもりなんだかな……」

「笑い事じゃねえだろ! こんなん俺たちの手に負えるもんじゃねぇ。すぐに警察に!」

「いや、だめだ。手紙の続きを読んでみろ」

「え……」

 まさかの内容に慌てふためく中、落ち着いた様子で親父が俺の言葉を遮る。



「……爆弾の設置場所等のヒントは、『池場谷カイ』が手紙の二枚目に記載する『所定の条件』を達成する度に開示する。尚このことが『池場谷ケイ』及び『池場谷カイ』の両名以外に知れた場合、ヒントの開示は全て取りやめるものとする。人質は学園祭を訪れる全ての人間――彼らの命を『池場谷カイ』の『力』を以って救ってみせよ……」

「……分かるな? どういうことか」

 言われるがままその内容を読み上げたところで親父に尋ねられ、俺は漸く『その意味』を察する。


「これって……」

 そう。脅迫が目的なら、学校へ直接送ればいい。わざわざ個人宛に予告をする必要など、ありはしない。


「ああ。犯人の狙いは……」

 そんな必要があるとすれば、それは――


「俺たち……いや、『お前』なんだよ。カイ」

 脅迫の対象が、その個人俺たちである場合だけだ。



「警察に相談すれば恐らく学園祭は中止になるだろう。確かにそれでひとまず大惨事は免れるかもしれないが……この犯人がそれで引き下がると思うか? この場を凌いだところで、今度はまた別の機会に同じようなことが起こるだけだ」

 努めて冷静にしながら、親父が現状の分析を行う――確かにその通りだ。ただの愉快犯なら騒ぎを起こしただけで満足する可能性は高いし、しなくてもターゲットを変えるだけだろう……だがこの犯人は違う。

 『池場谷カイ俺たち』という存在がある限り――犯人はこの学校を狙い続けるのだ。



「……じゃあどうしろってんだよ」

 苦い表情で聞き返す。正直突然のことで頭が追い付かない……だが、そう言いつつも、できる選択肢というのは限られている。


「決まってんだろう。爆弾と犯人を見つけ出して、とっ捕まえるのさ。俺とお前……いや、でな」

 そう。警察にこの情報を渡すことができないというのなら……犯人を捕まえられるのはしかいないのだから。



「簡単に言ってくれるなよ……」

「まあそう言うな。まだ学園祭当日まで時間はある。それまで爆弾を仕掛けるつもりはないようだし、焦らずことに臨め……むしろお前が優先すべきは、手紙にある『所定の条件』とやらを達成し、爆弾に関するヒントを確実に手に入れることだ」

 溜息と共に愚痴を零していると、親父は手紙から分かる現状を整理し、俺たちがすべき行動を即座に導き始める。


「犯人捜しの方は、当面の間は俺に任せておけ。何か分かればすぐ連絡する」

「……わかった」

 実際、あからさまな行動をして他の人たちにこのことが知れては、爆弾のヒントが得られなくなってしまう……今は他に何ができるわけでもないし、下手に動くよりは親父の言う通りにした方がいいだろう。



「……そういや、結局その『所定の条件』ってのはなんなんだ?」

 そこまで話して、肝心の『条件』をまだ自分が知らないことに気が付く。


「手紙の二枚目に書いてあるって話だったろう。読んでみな」

 親父に促され、手紙をめくる。


「……はぁ? なんだコレ?」

 そうして目に入ってきたその内容に、俺は思わず声を上げる。



 所定の条件とは、下記に示す学園祭中の行事にて、『池場谷カイ』が属する団体が優勝を果たす事である。

 ①クラス出し物(1日目)

 ②フリー出し物(2日目)

 ③体育祭(3日目)


 ――どうやら犯人様は、俺たちが全力で学園祭をエンジョイすることをご所望のようだった。



「意味わかんねぇ……ふざけてんのか?」

「だがこれは思った以上にハードルがたけぇぞ。何しろが頑張ってどうにかなる代物じゃねぇからな」

 首を傾げる俺に、親父が横から口を挟む……言われたようにこれらは全て団体戦であり、俺一人の力ではどうしようもないものだった。



「……やるしかねぇだろ」

 しかし泣き言を言っても仕方ない。それしか爆弾への手掛かりがないというのであれば、成し遂げるしかないのだ。


「けど困ったな。他はクラス単位だからともかく、②だけはなぁ……」

 と言いつつも、最初から出場が決まっているその他はともかく、フリー出し物だけは、人を集めるところから始めないといけなかった。



「何人必要なんだ?」

「最低5人必要らしいけど……」

 親父の問いに答える。どうも余り少人数を許すとエントリーが増えすぎて困るとのことで、そうなっているらしい。


「ふむ。じゃあ丁度いいな」

「……は?」

 ――それを聞いて一人納得する親父に対し、俺はただ首を傾げるしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る