40-2
「ルナァァァァァ!!」
――ルナの体が宙に舞うのを見た瞬間、脳が沸騰したかのように意識が活性化する……気が付けばアイツの名前を叫び、肉体の主導権は『乖』から『
「今よ! 『快』ちゃん!!」
――それと同時に、サヤ姉がオレの前に立って身構える。
「くっ!」
「跳びなさい!! 信じるのよ、あの娘を!」
その声に従い、オレはすかさずサヤ姉に向けて走り出し――
「彼の者に……風の導きを!!」
サヤ姉が術の行使を行う――それと同時に、彼女の腕を足場として、オレは遥か上空へと跳び上がった。
「うああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
叫び声をあげながら、あの男へと一直線に跳び上がる――サヤ姉がオレにかけた術は、その対象者が一定の間周囲の『風の流れ』を自在に操れるようにするという力だった――その力を利用することでこのような遥か上空へ跳び上がることを可能としていた。
「なっ……! こいつ、俺のところまで跳んで……!?」
チャンスは一度――このヤロウだけは、絶対にぶっ飛ばす!!
「喰らい……やがれぇぇぇぇぇ!!」
「ぐほぁっ!!」
――跳び上がる勢いのそのままに、男の腹を突き上げた。
「きさ、ま……!」
「……アイツに手を出してくれたお礼だ。ありがたく受け取りな」
男が崩れ落ち、落下を始める――そしてそれはもちろんオレの側にも言えることだった。
「ハナは……いた!」
だがオレにはまだサヤ姉にかけられた『術』の力が残っている――ハナの姿を確かめると、再び風の流れに乗りながら、そちらへ向かって緩やかに落下を始めた。
「……えっ!?」
風に乗りながら、ハナがぶら下げられている木に向かう――アイツもこっちに気が付いたのか、驚愕した顔でこっちを見ている。
「うおぉぉぉぉぉ!!」
落下の勢いそのままに、ハナごと命綱を掴む――それと同時に、上方の枝が激しく軋む。
「ちょ、あんた何やって!?」
「黙ってろ! 舌噛むぞ!」
「う、うん!」
騒ぐハナを黙らせる中、更に木の枝が軋み――
「どおりゃぁぁぁぁぁ!!」
バキッ!
――枝が折れる音と共に、オレ達の体は無事に崖の内側へと投げ出された。
「ぐ、ぐぐぐ……」
「あら、お目覚め?」
『快』ちゃんの一撃を食らい、倒れ込んでいる男に呼びかける。
「き、さま……!」
「どうだったかしら? アナタが散々バカにしてくれた、『作戦』の出来は?」
うめき声と共に男が答える――あれだけの高さから落ちたのだ。この男の能力により地面への直撃だけは免れたようだが、それでももはや身動きできる状態ではなさそうだ。
「貴様等、まさか……最初からああして人格の交代を……!」
「ええ、その通りよ」
この男の言う通りだ。ハナちゃんが危険な目に遭っている以上、彼女を想う『乖』ちゃんの自我が強くなることは避けられない。
だが――もし他の『約束の子』の誰かが、ハナちゃん以上に危険な目に遭えばどうなるか?
――結果は見ての通りだ。ルナちゃんの命の危機を目にした『快』ちゃんの自我の強さは『乖』ちゃんのソレを上回り、再度の人格交代に成功したというわけである。
「散々好き勝手してくれたお礼よ――受け取りなさい」
「が――!」
軽く術を行使し、男の気を失わせる――まあ流石にこれ以上痛めつけるのも気が引けるし、このぐらいにしておくとしよう。
「さて、それじゃあみんなの無事を確認しに行きますか……」
そう呟き、私はその場を後にするのだった。
「……死ぬかと思いましたわ」
地面に敷かれたマットに寝そべりながら、空を見上げる――どうやら生きているらしい。
「……松島財団って、ほんと凄いですね。こんな広範囲に瞬時に拡がるマットを、あの短時間で用意できるだなんて」
「我が財団の技術力と財力を以てすれば当然ですわ……でもまあ、ありがとうございました、天橋さん。いくら広範囲に拡げられるとは言え、貴方が全く見当違いの位置にいたら、そのまま地面に落ちてお陀仏でしたもの」
呆気にとられた様子で、天橋さんがわたくしの方を覗き込む――あの高さから落ちたわたくしが生きているのは、今しがたの会話の内容によるものであった。
「……パラシュートまで使って完璧に着地しといて、なに言ってるんですか」
「あら、パラシュートを使っても、着地の失敗で大けがすることはあるんですよ? わたくしスカイダイビングの経験は数回しかないので、失敗していた可能性も十分にあります。それぐらいのリスク管理はしておかないと」
「……お疲れさまでした。凄かったですよ」
「何ですか、突然? 貴方がわたくしを素直に褒め称えるだなんて」
突然褒められた……普段散々言い争っている身からすれば、正直気味が悪い。
「……素直に褒めてるんだから、喧嘩売るの止めて貰えます?」
そんなやり取りをしている最中だった。
プルルルル!
「あ、サトル君だ」
――突如天橋さんの電話が鳴る。相手はサトルさんのようである。
「天橋先輩! ルナさんの着地は上手くいったんですか!? それにハナさんは!?」
「あ、うん。大丈夫、松島さんは全然問題なさそうだよ。それにハナも……」
内容はわたくしたちの安否を問うもののようだった。あ、そういえばハナさんは……? と、疑問がわき始めたその時だった。
「お~い! ルナ~!! ユキ~!!」
「……うん、無事みたい」
遠くから、わたくし達を呼ぶハナさんの声が聞こえた。後ろには『快』様と松原先生の姿も見える……どうやら全員無事のようだった。
「そうですか、よかったぁ……」
「うん……もう大丈夫だと思うわよ。じゃあ一旦切るね?」
「あ、はい。気を付けて帰ってきてくださいね?」
「ええ」
――そうして天橋さんがサトルさんからの電話を終えた頃だった。
「ルナ!!」
「きゃっ!!」
走ってこちらへ向かってきたハナさんが、飛びついてきた。
「ルナ……よかった、無事なんだよね?」
「ちょっと……離れてくれます?」
「でも、でもぉ……」
暑苦しいので離れるよう告げるが、ハナさんは半泣きでわたくしに縋りついて、離れてくれない。
「ばか、なんて無茶すんのよぉ……」
「……別に。借りっぱなしは嫌だっただけです」
――尚も半泣きでわたくしを心配する彼女に応えるように、ぽつりと呟く。
「……えっ?」
「いえ……こっちの話ですわ」
――正直ハナさんには凄く感謝している。あの『肝試し』がなかったら、結局この旅行の間で『快』様と何の想い出も残すことができず終わっていただろう。
アレがあったから、『快』様はわたくしがピンチの時には必ず出てきてくれる……そう信じることができた。
だから、その機会を作ってくれた彼女を助けたいと、あんな無茶ができたのだ。
……まあ、絶対に口にはしませんけど。
「……なんか、オレ達の出る幕ねぇな?」
ルナにしがみ付くハナを横目に見ながら、『乖』に声をかける。
「(……そうだな)」
「なんだ? ヒーロー役をルナに取られて面白くねぇのか?」
どことなく不満げな理由を考え、尋ねてみる――まあルナが一番体張ったのは間違いないが、作戦を考えたのは『
「(お前こそ、松島月の無事を喜ぶ役をハナに取られて面白くないんじゃないのか?)」
――すると、すかさずカウンターが返ってくる。
「べ、別にオレはそんなんじゃねぇよ……」
焦って言い返す……そりゃあ一番頑張ったアイツを褒めてやりたい気持ちや、無茶したことを諫めたい気持ちくらいある。ありはするが……ルナもハナも無事だったんだ……なら、今はそれでいい。
「(どうだかな……まあいい。なら僕も同じだ。それ以上口にすることはない)」
「まあそういうことにしといてやるよ」
「(……フン)」
それだけ告げると、『乖』は不貞腐れた様子で姿を消していった。
「ほんと、無事でよかったよぉ……」
「はいはい」
『乖』との話を終え、ルナ達の方を見ると未だハナは半べそ状態だ。
「ったく、とんでもねえ『旅行』だったな……」
そんな光景を尻目に、やれやれと溜息を吐く――ふと空の方を見ると、丁度朝日が昇り始めている。
「でもまあ……悪くはなかったな。なあ、お前ら?」
――そう呟くオレ達の今の心を表すかのように、空は晴れ渡っていた。
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