第21回 『池場谷ケイ』
21-1
「さて、帰ってきたか……」
町外れに所在する空港に降り立った飛行機を降りたところで、一人の男が口を開く。
「ん~、戻ってくるのは何ヶ月振りだっけか? でもまあ、なんだかんだで日本の空気が一番ってもんだぜ」
長旅を終えたその男は背伸びしながら、自らの故郷を懐かしみ――
「さあ……久々の親子のご対面だ」
来る我が子との邂逅について、思いを馳せていた。
「……まあ、事情は大体理解しましたわ。引っ掛かるところは山ほどありますけど」
「本当に、別の人格が……」
「ああもう、ホント意味わかんない……」
「あはは。まあそういう反応になるのも無理はないわよねぇ……」
「みなさんすいません。色々と混乱させてしまって……」
――時は五月某日。
『俺』こと『池場谷戒』の自宅には五人の『約束の子』たちが集っていた。
つい先ほどまでサヤ姉とサトルによる『俺たち』の事情の解説が行われていたところであり、居るとややこしくなるからと一時的に部屋を追い出されていた俺は、一通りの説明と問答が終わったタイミングでようやく部屋に戻ってきたのであった。
「……で、今『出ている』のは誰なんですの?」
部屋に入った俺を視界に入れるなり、五人のうちの一人が不機嫌そうに尋ねる。
俺の――いや、別人格の一人『快』の許嫁:『松島月』である。
「ああ……今出ているのは『
「……つまり普段のナヨナヨした情けない御仁は『快』様ではなく、貴方だったわけですか」
「まあ、そうだな……」
誰がナヨナヨだと心の中で毒づきつつ、俺は松島さんの問いに答える。
「ふぅん、そうですか……」
「な、なんだよ……」
すると松島さんは値踏みするような眼で俺を見回し始め――
「単刀直入に申し上げましょう。大変申し訳ありませんが、『快』様以外の四人、さっさと消えてくれませんか?」
随分とまあ正直に、自身の願望をぶちまけてくれた。
「ちょ、ちょっとルナ。流石にそれは……」
「……」
「何かおかしいことがありますか? 『主人格』として残るのは唯一人なのでしょう? わたくしが愛しているのはわたくしと『約束』を交わした『快』様のみです。その方に残って欲しいのは当然の事でしょう? 残念ながら他の方々には一切合切興味などありませんもの」
余りの遠慮のなさを見兼ねてハナが口を挟むも、松島さんは全く意に介さずぶっちゃけた発言を続ける……いや、もうド直球過ぎて逆に感心するわ。ここまで言うか、フツー?
「いや、だから統合されるのは一年後で……」
「ならどうすれば『快』様が生き残れるのか、教えてください」
「いや、それが分からないからこうして俺たちも困ってるわけで……」
「全く、使えない人格ですわね……分かりました。なら直接お話します。『快』様、聞こえていますか? わたくし、貴方の許嫁のルナですわ。お話があります。出てきて頂けますか?」
何度か俺が口を挟もうとするも、彼女は聞く耳を持たない……もういいや、めんどくせぇ。
「(……だってよ、どうする?)」
そうして抵抗を諦めた俺は、彼女を黙らせられる唯一の人物に話題を振った。
「(イヤだ。お前に任せる)」
「(はぁ? お前ついさっき事情はちゃんと話すって……!)」
――だが、残念ながら『
「(うるせぇ、他の女たちもいる中でそんな話ができるかってんだ。そのうちちゃんと話すって言っといてくれ)」
「(おい、ちょっとま……)」
――そうして『快』は俺の助けを求める声に一切応じることなく、『カイ議室』へと消えていった。まったくあの野郎、また面倒ごとを押し付けやがって……
「……『快』様? 出てきて頂けないのですか?」
「今は出たくないってさ。二人になった時にちゃんと話すって言ってるけど」
困惑した様子の松島さんを諭すように、『快』からの伝言を伝える。
「『快』様……」
すると松島さんは少しの間考え込んだと思うと――
「うん、決めましたわ。『快』様! 聞こえていますか! わたくしと子供を作りましょう!」
「ブーッ!」
またもやとんでもない爆弾発言をかましてきた。
「ちょ、ちょっとルナ! いきなり何言ってんの?」
「いきなりでもなんでもありません。どうせこの身は『快』様に捧げるのですから、予定が少々早まるだけの話です。二人の間に子を成せば、その子こそが『快』様の存在をこの世に強く刻みつける楔になる筈です。流石にそういうことはちゃんと卒業してからと考えていましたが、時間制限があるならば話は別です。今すぐ子供を作れば一年後に間に合います。ですから『快』様。この後皆様を退散させた後にすぐにでも……」
再びハナが制止にかかるが、松島さんはやはり聞く耳など持たず、一方的に喋り続ける。
ホント勘弁してくれよ、もう……と俺が思わず口にしそうになったその時だった。
「あの、ルナちゃん?」
「はい?」
「一応教師が目の前に居るんだけど……分かってる?」
サヤ姉が間に入り、松島さんを諭し始めてくれた。流石年長者……頼りになるぜ。
「それがどうしたのです? 余り褒められたことでないのは理解していますが、事情が事情ですので仕方がないでしょう?」
「あのねぇ……だからって少しはモラルってものを考えなさい。教師の前で学生が子供作ります宣言とか、アナタ正気?」
「うるさいですわね。わたくしと『快』様の問題に口出ししないで頂けます? 大体教師の癖に影でコソコソ男子生徒を誑かしていた貴方にモラルを語られたくありませんわ」
「……随分と言ってくれるじゃない」
だが畳みかけるような松島さんの攻勢の前に、サヤ姉も防戦一方である。
「それともなんです? 行き遅れたご自身の身の上を振り返っての嫉妬ですか?」
そして極めつけのこの発言――もはや完全に喧嘩を売っているとしか思えない。
「(あらあらルナちゃん、アナタなかなか面白いこと言うのね~?) このクソガキ、言わせておけば……」
「さ、サヤ姉、落ち着いて……本音と心の声が逆になってるよ」
今にもサヤ姉の血管がブチっと鳴る音が聞こえてきそうであり、隣にいるハナはそんな彼女をヒヤヒヤしながら必死になだめていた。
「なんですか、何か文句でも?」
「文句ねぇ……山ほどあるけど、まあここは飲み込んでおきましょうか。言っとくけどね、仮に子供作ったからってそれで『快』ちゃんが生き残ることには繋がらないわよ? 所詮体は同じなんだから、『誰の子供』とかそういう概念はないもの」
「……なぜ分かるのですか?」
「知っているからよ。『答え』を」
「はぁ!?」
――今度はサヤ姉が爆弾発言をかまし、思わず俺は声を上げるのだった。
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