第20回 五人の『カイ』

20-1

「そいつに――『沙鳥留サトル』に指一本触れてみやがれ……てめぇら全員、ブッ飛ばす!!」

「兄さん!!」


「ククク……やっと来てくれたな。池場谷カイ」

 おれの啖呵に反応し、連中の親玉らしき男がこちらへ声を掛ける。

「てめぇ、やはりの……」

「フフフ……覚えていてくれて嬉しいぜ。こっちが復讐してやろうってのに、そっちが覚えてませんじゃつまらねえからな」

 そう言って、奴は——光冠コロナと呼ばれていたあの男は、おれを見て下卑た笑みを浮かべていた。


「うるせえぞ……てめぇの都合なんかどうでもいい。『約束』通り一人で来たぞ。さあ、サトルを返しな」

「フッ、誰がそんな『約束』をした?」

「てめぇ……」

「おっと、勘違いするなよ。『約束』したのは、お前が一人で来ればこいつに手を出しはしない、ということだけだ。こいつを返すなんてことは一言も言っていないぜ?」

「……御託はいい。一体何なんだ? てめぇの目的は」

 うだうだと男が喋るが、そんなことはどうでもいい。こいつの口約束なんてハナから信用しちゃいない。おれが聞きたいのは、こいつの目的だけだった。


「決まってんだろ。いつぞやの恨みを晴らさせてもらうだけだ」

「そうかよ……で、そうやってまた人質を取ってこちらの動きを封じようってか? 進歩がねえ奴らだな」

「安心しろ。別に今回はお前が抵抗したところでコイツをどうこうするつもりはない」

「なに?」

「お前にもちゃんと戦って貰わないと困るんだよ。お前が力及ばず敗北し、自分の無力さを突き付けられ、俺にコイツを踏みにじってやらないと気が済まないからなぁ?」

「ふん、筋金入りのクソ野郎だな……まあいいさ」

 どうもこいつは本当に、おれを屈服させたいというただそれだけの理由でサトルを攫ったらしい。だがそれならそれで話が分かり易くて助かる。


「要は……てめぇをぶっ潰せばいいんだろ?」

 このクソ野郎をぶちのめす……それで全てのカタが付くってことだからだ。


「ハッ! やってみろ! ……てめえら!」

「あいよ!」

 光冠コロナが合図すると、それに従い『日向道』の連中がおれの方へと向かってくる。


「『χ』!」

 掛け声とともに、『おれ』は『χ』へと意識を明け渡す——さあ、戦いの始まりだ。

 

「フン、任せておけ! 雷光ライトニング!」

 ビリィィィッ!

 事前に用意していたスタンガンにより体に帯電を済ませていた『我』が電撃を放つと、こちらに向かってきた男たちに直撃した。

「ハハハハハ! これで一撃…」

「オラぁ!」

「……へっ?」

 だが奴らは怯むことなく走り寄り、既に勝った気でいた我へと拳を繰り出してきた。


「ちっ!」

 ——襲いかかる男たちの攻撃を寸でのところで躱す。

「ふぅ、あぶねぇあぶねぇ……」

 咄嗟に人格を切り替えて『オレ』に代わることでなんとか事なきを得たが、今のはかなり危なかった。全く、『χ』の野郎——自慢の異能が効かなかったらすぐに代わるって話だったろうが……!


「(わ、我の異能が効かないだと……!?)」

 頭の中で『χ』がショックを受けて呆然としている。

「(あれは……絶縁服を着込んでいるようだな。やはり対策をしてきていたか。まあここまでは想定内だ。予定通り次の作戦に切り替えていく……『快』、頼んだぞ」

 続いて『乖』が敵を分析した情報と『作戦』の開始を告げる。


「へいへい、随分オレにかかる負荷が高い作戦だが……まあやるしかねえってな!」

 そう言ってオレは、襲い掛かかってくる『日向道』の構成員たちを蹴散らし始めた。


 ——戦闘開始からしばらくの時間が経ち、辺りにはオレにやられた日向道の構成員たちが大量に転がっている。

「チッ、やはりその辺の奴らでは歯が立たないか……おい、出番だぞ、貴様ら!」

 そんな頃、痺れを切らしたのか、光冠コロナのヤロウが何やら騒ぎ始めた。


「出番だってよ。 火炎フレア

「らしいってな。 紅炎プロミネンス


 ……現われたのはなにやら変な口調の二人組だった。

 だが変なのは口調だけだ。身のこなしを一目見れば、そいつらの実力の程は分かる——こいつらは、今まで襲いかかってきた雑魚共とは、完全に毛色が違った。


「へっ……こいつは本腰入れないと、こっちがやられそうだな」

 周囲にいた雑魚を蹴散らしたところで、オレはその二人の方へと居直る。

「なんか言ってるよ? 火炎フレア

「いい。黙らせるぞ。 紅炎プロミネンス

 そうして謎の二人組は、息ぴったりの動きで俺へと襲いかかってきた。

「おわっ!」

 ——速い。

 二人のコンビネーションの前に、オレはそれを躱すことで精一杯だった。

「こいつらの相手をしながらヤツの注意を引きつけろだぁ? ったく、無茶言ってくれるな……『乖』のヤロウ!」



 ——ここで少しばかり時間を遡る。

 サトルを攫われた後、『僕』たちは誘拐現場のファミレスにて救出作戦を練っていた。

「作戦会議を行うに当たり、確認したいことがいくつかある」

「確認したいこと……?」

「そうだ。まず敵の情報を知りたい。おい、松島月」

「随分と態度が違うんですのね。本当に別人なようで……」

「『僕』はお前の『カイ様』じゃないからな。慣れ慣れしくされても嬉しくないだろう」

「……」

「だが今はそんなことはいい。春休みに僕とお前が誘拐された時のことを覚えているな?」

「……ええ」

「電話の主は、あの時お前が殴りかかって返り討ちにされた男だ。確か光冠コロナと呼ばれていたはずだが……松島財団に奴の人となりといった情報はあるか?」

「ええ。あの後財団により調査を行っていますので、あの事件を起こした犯人たちの素性は全て掴んでいる筈ですわ」

「さすが松島財団。抜かりがないな……あの男の情報がすぐに欲しい。入手は可能か?」

「……わかりました。連絡してみます」

 そう言って彼女は自身のコミニュティである松島財団と連絡を取り始めた。


「……では本題に入る。まず前提を話しておくぞ。『日向道』の——いや、その構成員の一人であり、電話を掛けてきた光冠コロナという男の狙いは『僕』だ。以前奴らに誘拐された時に、連中を痛い目に遭わせてやったことがある。動機は大方その復讐だろう」

 残る面子に『奴ら』について現在知りえることを伝える。

「誘拐って……あんたらいつの間にそんな危ない目に遭ってたのよ」

「春休み初日にな。無事に帰れたわけだし、いらない心配はかけたくなかった。悪かった」

「……」

 ハナが複雑そうにこちらを見る。話したいことは山ほどあるが、今はそれどころではない。


「……話を続けるぞ。前回も奴は松島月を人質にして、身動きできない僕を一方的に痛めつけてきた。今回もサトルを人質に同じことをする可能性が高い」

「……作戦の鍵はいかにサトル君とその男を引き離すかにある、ということですか?」

「その通りだ。理解が早くて助かるぞ、天橋雪。学年トップは伊達じゃないな」

「……」

 僕がそう告げると、残る彼女もまた複雑な表情を見せる。

 ——まあみんなそれぞれに思うところは有るのだろう。


五人格僕たちのうち、外部に影響を与える『異能』を持つ人格が二人ほどいる。その力によって奴とサトルを引き離し、その隙にサトルを救出するというのが大まかな作戦の流れだ。しかし一人目の異能は前回派手に使っている為、対策されている可能性がある。それで終われば一番楽な話ではあるんだが、対策自体は容易だし恐らくそうはいかないだろう」

「じゃあ本命は二つ目ってこと?」

「ああ。だがそれはそれで問題があってな……その後の奴らの動きが予想できないので、確実にサトルを助けるにはまず独力でなるべく奴の気を引いてサトルとの距離を離す必要があるんだが……そこはに頑張ってもらうしかない」

「あの……光冠コロナという男の情報が手に入りました」

 ——と、そこで電話を終えた松島月が戻ってきた。

「わかった。ちょっと見せてくれ」

 そう言って僕は、彼女の携帯に送られてきた資料に目を通し始めた。


「……なるほど。予想以上に加虐趣味のようだな」

「そうですね。他者の苦しんでいる姿を見ることに強い快感を得る傾向があり、ともかく他者を屈服させたくて仕方がない——そういう思想の持ち主のようです」

「ここまでクズだと逆に分かり易いな。むしろ動き易くなったかもしれない」

「どういうことですか?」

人質サトルよりも、僕を屈服させることを優先する可能性が高いということだ……そういうことならいくらでもチャンスは作れる」

 ——作戦の勝機はにあった。

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