20-2
——そして時間は現在に戻る。
「クソ……このままじゃ拉致があかねぇ」
新たに現れた二人組は休むことなく攻撃を繰り返す。
次から次に繰り出されるその攻撃は、オレでも避けるのが精一杯であり、なかなか反撃の機会を掴めずにいた。
「おいお前ら、何をグズグズしている! さっさとそいつをぶちのめしてやれ!」
——そして何より、遠巻きからこの状況を観察しているあの野郎をサトルから引き離さないことには、事態は解決しないのだ。
「雇い主がああいう風に言ってるけど?
「それは難しい。コイツ普通に強いぞ。
サトルとコロナの方を見る。
「ちっ……結局『乖』の言う通り、アイツのテンションを上げるのが一番ってことか……くそ、仕方ねえ!」
最終的にそういう判断に至ったオレは、敢えて動きを緩め、二人組がこちらを攻撃するための隙を作りだした。
「……ヤツの動きが鈍った。
「……分かってる、注意だ。
——来る。さあ、覚悟を決めろ。
「「喰らえ!」」
「がはぁっ!」
二人の息の合った攻撃がオレを襲う。まるで一本の槍として連なったかのようなその一撃に吹き飛ばされたオレは、建物の壁まで一気に叩きつけられた。
「……あんたに恨みはないけど」
「……雇い主が希望するからね」
「痛い目にあってもらうよ」
「死んじゃったらごめんよ」
「ハハハッ! 見たか、クソ野郎が!」
そうして『奴』の方を見る——随分とテンションが上がって楽しそうだ。ホントに飛んでもねえ下衆野郎だな。
……だが明らかに奴の注意はサトルから離れ、オレの方へと向いている。ならばチャンスは今しかない。
「とどめだ……!」
「さよなら……!」
二人組が勝負を決めようと距離を詰める。
「兄さん——ッ!」
——それを見たサトルが声を上げた瞬間だった。
「今だ! 『魁』!」
「おうよ!」
オレは体勢を立て直し、『魁』へと意識を明け渡す。
「さあ——くらいな、てめぇら!」
そして次の瞬間、『おれ』は自らが持つ『異能』の力を解き放った。
「なんだ……?」
「これは……?」
「あ? なんだ? あのクソ野郎が、たくさんいるだぁ……?」
——術にかかった人間の認識を惑わす『幻惑』の能力……それが、『おれ』が生まれつき持ちえた、『異能』だった。
「……どいつが」
「……本物だ?」
「クソが……うぜぇぇえんだよぉぉぉ!」
先程の二人組は困惑で動きを止め、
……やはり奴とサトルの距離を離してから『異能』を使って正解だった。
「サヤ姉!」
「ええ!」
敵が術にかかったのを確認すると、おれはすぐさま走り出し、身を隠していた彼女の名を呼ぶ。
「風よ!」
サヤ姉が手を翳すと、おれの背後から彼女の放った風が向かってくる。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」
——そしておれはその風に乗り、一気に加速して飛び上がった。
「サトル!」
「兄さん!」
サトルの元に辿り着いたおれは、すぐさまサトルの安否を確認する。
——顔が腫れ、服が破られている。
「ヤロウ——!」
「だ、大丈夫です。変なことはされていません。その前に兄さんが来てくれましたから」
「……本当だな?」
こみ上げる怒りを隠すこともなく口にするが、サトルの言葉によりそれを一旦抑える。
「はい、それより兄さんこそ大丈夫ですか? 口から血が……」
「こんなん屁でもねえよ。今解いてやるから待ってな」
サトルの心配をよそに、サトルの腕を縛るロープを解く。こういう細かい作業は『戒』が一番得意なため、しれっと入れ替わり、作業を行う。
「ほら、これで大丈夫だ……って、え?」
『魁』から意識を明け渡された『俺』はすぐさまロープを解き、『ある違和感』に気付く。
「兄さん……?」
「と、ともかく早く逃げろ! あいつらも助けにきてる」
……が、今はそれどころではない。サトルを解放し自由にすると、俺はすぐさま逃げるよう指示をする。そう、作戦通りなら今頃——
「あいつら……?」
ズドォォォォォン!
「サトルさん! 無事ですの!?」
激しい音と共に、建物の裏の壁が破壊され、松島さんが姿を現した。
……わーお、すげぇ力だな。
「ルナさん!?」
「サっちゃん!」
「サトル君!」
「ハナさん、天橋先輩も……!」
「みんな、サトルを頼む!」
「うん!」
「ハナさん、天橋さん、サトルさんを! 道はわたくしが造ります!」
「え、ええ!」
——さて、後はアイツをブッ飛ばすだけだ。
助けに入った彼女たちにサトルを任せ、再び体の意識を切り替える。
「……頼むぜ、『快』。おれの分までヤロウをブッ飛ばしてやってくれ」
「ああ。任せときな」
『快』へと意識を明け渡し、『おれ』は語り掛ける
——サトルを酷い目に遭わせやがった奴だ。本当は『おれ』自身の手でブッ飛ばしてやりたい。だがあのヤロウを一番痛い目に遭わせられるのは間違いなく『
「つーかよぉ……どういうことなんだ? さっきのアレは?」
「——後で説明する。今はヤツを」
「ちっ……わかったよ。ちゃんと話せよ」
「ああ」
『快』の疑問は尤もだ。いや、他の奴らもまったく同じ疑問を抱いていることだろう。
——しかし、今やるべきことは他にある。
「てめぇ、池場谷カイ……!」
「残念だったな。オレを屈服させられなくてよ」
「くそ、視界がぼやける……てめぇ、今度は一体なにしやがった!」
未だ『魁』の術が解けないのか、
「テメェなんかに教える義理はねぇよ」
「くそっ……
「残念でした。あの二人なら来ないわよ」
「な……」
「さあ、観念しな。テメェの悪巧みもここまでだ」
拳を鳴らしながら奴に近寄る……コイツには一切の情けなど必要ない。
「き、さまぁぁぁぁ!」
「オラァァァァ!」
ズドォォォォォン!
——恨み節を言い切る間も与えず、全力で拳を叩き込む。
「うるせえんだよ……黙りやがれってんだ」
奴はそのまま壁まで吹っ飛び、完全に気を失っていた。
「お疲れさま、カイちゃん」
「フン……別にたいしたことねえよ。サヤ姉こそ大丈夫か?」
戦いを終えると、サヤ姉がオレに駆け寄り、労いの言葉を掛けてきた。
「あら、甘く見ないでちょうだい? 私、こう見えて強いのよ?」
「……知ってる」
そう告げる彼女は、服の汚れ一つない。いくら幻術に掛かっていたとはいえ、先ほどの二人を簡単に片づけてしまうサヤ姉の実力はとんでもないものだということがよくわかる。
「さ、戻りましょう?」
「ああ——さあ、『魁』。サトルが待ってるぜ」
「ああ、すまん」
そう言ってオレは、再び『魁』に意識を明け渡した。
「兄さん!」
——建物を出ると、すぐさまサトルがおれの方へ駆け寄り、飛びついてきた。
「サトル……」
「兄さん。よかった……無事で!」
「……お前の方こそな」
おれの胸で涙ぐむサトルを、優しく抱きしめる。
——本当によかった。こいつを守ることができて。
「あの、一体どういうことですの? アレは……」
「わたしに聞かれても……」
「待ってよ……意味わかんないんだけど」
——遠くで見守る『彼女たち』は、ここから見ても困惑していることが見て取れる。
「(……おい、お前ら知ってたのか?」
「(……知らねぇ)」
「(……僕もだ)」
「(……ん? 何かあったのか?)」
まあ当然だろう、とうとうサトルの『秘密』が明らかになった訳であり……関係の深い人ほどその困惑は大きくなるはずなのだから。
「やれやれ、これから大変になりそうだ……」
——サトルを抱きしめながら夕暮れの空を見る。これからのことを思うと、正直頭が痛い。
「兄さん?」
「いや、なんでもねぇよ」
——だが、大事な人の存在を今もこの手に感じることができること。これに勝る喜びなど、他にありはしない。
コイツ《サトル》を取り戻すことができた——その事実だけで、今のおれには十分だった。
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