14-2
——ここで少しだけ時間を遡る。
各候補者による演説が開始しようという頃、わたしの隣にいるハナの電話が鳴った。
「電話? あれ……何でユキから?」
画面を見ながらハナが首を傾げる。それも当然だ。当のわたしはすぐ隣にいるのだから。
もしかして? と思い制服のポケットを漁るも、自身の携帯電話は見つからない。
「もしもし?」
部屋の隅に移動して電話に出たハナが、わたしの方を向いて手招きする。
「ユキ、携帯落としてたみたい。拾った人から電話かかってきてるよ。代わってってさ」
——案の定、わたしの携帯は迷子になっていたようだ。
「もしもし?」
そう言ってハナから電話を借りる。
「もしもし、この携帯の持ち主さんですか?」
出てきたのは、若い女性の声だった。
「はい、そうです。天橋と言います」
「すみません。落ちていたのを拾ったので、連絡させて頂きました」
「ありがとうございます! 本当に助かります……」
今のご時世、携帯電話には色々な情報が入っているので落とすと大変だ。親切な人が拾ってくれて、本当に良かった……
「今は体育館ですか? 近くに居るので届けに行きます。すぐ着くので、出てきて貰ってもいいですか?」
「はい、わかりました。今行きます」
そう言って電話を切る。どうやら体育館に来る途中で落としたようだった。
「ごめんハナ。電話届けてくれるらしいから、ちょっとだけ外に出てくるね」
「うん、わかった」
ハナに電話を返すと、わたしは急ぎ足で体育館の外へ出た。
「すみません、天橋さんですよね?」
「あ、はい」
しばらく待つと、わたしの元に一人の女子生徒が現われた。
「ごめんなさい!」
——なぜか突然謝られた。
「え、どうしたんですか?」
「あの、あなたの電話ですが、今手元にないんです。先ほど私、裏の倉庫から電話をしていたんですけど、電話を切った後に今度は私が落としちゃったみたいで……」
「あ、そうなんですか……」
「倉庫の中にあるのは間違いないです。一緒に探すので、来てもらっていいですか?」
「はい、勿論です」
そう言って彼女の後をついていき、少し離れたところにある倉庫に辿り着いた。
「ないですね……」
「この中にあるのは間違いないんですけど……」
倉庫の中に入り、電話を探すが見つからない。電話を見失うほどの暗さでもないのに妙だなと思った矢先だった。
「……ごめんなさい」
「え?」
カチャッ
ぼそりと聞こえた声と音に思わず振り返ると、倉庫の扉が閉まっている。
「うそ……!」
慌てて内側から鍵を開けようとするが、壊れているのか扉は全く開く気配を見せない。
「ちょっと、開けて下さい!」
扉を叩き大声を上げるが、誰からも反応はない。
「そんな……」
倉庫の中には窓もなく、この扉以外に出口はない。ここを抜け出すには、この扉をどうにかするしかなかった。
「なんでこんなことに……」
完全に意気消沈したわたしは、倉庫の真ん中あたりで膝を抱えて座り込んでいた。
——あれから何度も扉を叩いて声を上げたが、誰も反応することはなかった。既に閉じ込められてから結構な時間が過ぎ、もうわたしの演説の時間が過ぎていてもおかしくない。
「……もういいか。なんかどうでもよくなってきちゃった」
こうしてじっとしていると、どうしようもないほどの無力感と諦観が押し寄せてくる。
「そういえば、昔にもこんなことがあったな……」
まるで現実逃避するかのように、思い出に浸る——あれはいつのことだったろうか?
小さい頃、かくれんぼをしていて丁度ここのような倉庫に潜り込んだことがあった。
その時も扉が壊れたのか、入り込んだ場所から出られなくなってしまったのだった。
「そうだ、あの時は……」
最初はちょっとワクワクしていた気もするが、だんだんと不安になってきて、泣き出してしまった覚えがある。
「今も大声で泣いたら、助けてくれるかな……なんてね?」
そう、あの時ずっと泣いていたわたしが泣き疲れようかという頃、暗く閉ざされた扉を開いて、助けてくれた人がいたのだった。
「助けてよ。あの時みたいに……お父さん」
——思わずその名を呟いた瞬間だった。
「天橋!」
突如眼前の扉が開き、わたしの目の前に光が降り注ぐ。
「——」
その光景を見て、わたしは思わず言葉を失くす。
「見つけた……無事か? 天橋」
「いけ、ばや、くん——?」
そう言って手を差し出す『彼』と、あの日の父の姿が重なって見えた。
「立てるか?」
「え、ええ……ありがとう」
戸惑いながら、差し出された手を取る。
「なら急げ! もう演説が始まる! ここの後始末は俺がしとくから!」
「う、うん!」
促されるままに、わたしは体育館へと向けて走り出した。
「はぁ、はぁ……」
——息が苦しい。だが決してそれは走っているからではない。
そもそもさっきの倉庫と体育館の距離は大して離れてはいない。例え全速力で走ってもこんなに息が切れることはない。だから、今わたしの胸が苦しいのは別の理由だ。
「池場谷くん……」
ダメだ……これから演説だというのに、わたしの頭は彼のことで一杯だった。
——体育館に辿り着くと、心配したハナが駆け寄ってきた。
応援演説者であるサトル君の演説が丁度終わろうとしており、本当にギリギリのところだったようである。戻ってきたサトル君に促され、そのままわたしは演説台へと向かった。
「皆さんこんにちは。この度生徒会長に立候補しました、2-Bの天橋雪です。わたしは……」
——そこから先は、何を喋っていたのかよく覚えていない。
正直、自分でもどうかと思う。生徒会長とは、生徒たちの為にあるべき存在だ。だからその演説の内容は生徒たちのことを思ってのものでなければならないし、事実そういった内容を喋ってはいた筈だった。でもそんな聞こえのいい言葉を並べておきながら、わたしの頭は『たった一人』のことばかり考えていたのである。
「わたしにとってこの学校は、大切な人たちと出会えた、とても大切な場所です」
でも叶うことなら、それを許して欲しいと思う。
「だから、皆さんにとってもここがそんな場所であって欲しいと思っています」
だって彼は、わたしのことを『見つけて』くれた。
「大切な人たちとの、大切な日々……そんな素敵な時間を過ごすことができる場所に、この学校をしてみせます!」
——そんな『大切な人』を思う気持ちこそが、わたしが皆に伝えたいことであり、それは『その人』を思ってこそ、伝わるのだと思うから。
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