第15回 『戒』と『ルナ』

15-1

「ごめんなさい! 私、本当にとんでもないこと……」

「本当にすまなかった。彼女が過ちを犯した責任は、全て俺にある」


 ——生徒会長選挙が終わった日の放課後のこと。

 校舎裏に呼び出された天橋と俺は、『天橋を閉じ込めた犯人』を名乗る女生徒と、我が親友である三葉律に頭を下げられ、困惑していた。


 ——そこから律はことの経緯を話してくれた。

 どうやら天橋を閉じ込めたこの女生徒は律のことが好きだったらしく、選挙で勝って欲しいがために有力候補の天橋を参加させないようにするという暴挙に出てしまったらしい。

「だから、天橋がひどい目に遭ったのは俺のせいなんだ……本当にすまなかった」

「本当に、ごめんなさい」

「……いえ、済んだことです。余り気にしすぎないで下さい」

 何度も頭を下げる律と女生徒に、天橋は優しく声を掛ける。


「戒もすまん。お前にも本当に迷惑を掛けた」

 律は今度は俺の方に向き直り、再び頭を下げる。

「あ~、別に俺のことはいいって。天橋当の本人が許すって言ってんだから、それ以上俺が口出しすることなんてねえよ」

「……すまん、ありがとう」

 俺の言葉に、ようやく律は頭を上げたのだった。


 ——と、話が一段落した時だった。

「……ところでだ。こんな段階でなんだが、俺は会長選挙の投票対象から辞退することにした。先生方には伝えてある」

 律が突然爆弾発言をかましてきた。

「は? 何で……」

「当たり前だろう? 今回のことは完全な妨害行為だ。そんなことをやらかした陣営が当選するなんてことは、万が一にもあってはいけない」

「律……」

「まあ、辞退してもしなくても結果は変わらんと思うが……一応、けじめとしてな」

 律が自嘲しながら天橋の方を見る。

「……そうですか」

 天橋が何とも言えない表情で答える。

「ああ、それじゃあ俺たちは退散させてもらうよ……本当にすまなかったな」

 そう言って、律と女生徒はその場を去っていった。


「大丈夫かな? あの子……」

 去っていく律と女生徒の方を見ながら、天橋が呟く。

「さあな……でも俺たちがフォローしても逆に辛いだけだと思うし、ここは律に任せるしかないだろう」

 律のけじめを取ろうという姿勢は非常に立派だ。だがきっとあの女生徒は律にそうさせてしまった責任を感じてしまうだろう。

 それを取り除いてやれればとは思う……だが被害者側に慰め返されるなんて、ハッキリ言って相当に惨めなことだ。だから彼女のフォローは律に任せるしかない。

「うん……そうだね」

 天橋もそれを理解してか、それ以上この件について言及することはなかった。


「さて、俺たちも帰ろうぜ」

 重苦しい雰囲気を切り替えようと、俺がそう口にした時だった。

「あの——池場谷くん、少しいい?」

「へ?」

 突如、天橋に呼び止められた。


「——今日は、本当にありがとう。わたしのこと、『見つけて』くれて」

「いや、大したことはしてないよ。気づいたのは本当に偶然だったんだ」

「それでも、ありがとう……凄く、嬉しかった」

「天橋……」

 感謝の意を告げる天橋を見て、俺は一人で勝手に感慨に浸っていた。

 最近は前のような気まずい感じも消えてきたし、そろそろ信用回復したと見ていいだろうかと考えていた時だった。


「それで……今度の日曜って池場谷くん空いてないかな?」

「へ?」

「その、お礼をさせて欲しいの。もちろん池場谷くんが迷惑じゃなかったらなんだけど……」

「……」

 予想外の発言に、俺は言葉を失う。


「……池場谷くん?」

「あっ、うん。お礼ね、うん」

 マジで? これってお礼がどうとか言いつつ、完全にデートの誘いだよな?


「その……もしかして、迷惑だったかな?」

「いや、全然そんなことないよ! ちょっと驚いちゃって!」

「じゃあ……」

「はい! 喜んでお礼をされさせて頂きます!」

 テンパった俺は、完全に日本語がおかしくなっていた。


「ふふ……よかった。断られたらどうしようかと思った」

「ないない! 俺が天橋の誘いを断るなんて、そんなことあるわけ無いって!」

「ホントに?」

「そうだよ、ありえませんに決まってるって!」

 ……むしろ嬉しすぎて若干テンションがおかしい。


「うん、ありがとう……それじゃあわたし、帰るね。細かい話はまた連絡するから」

「あ、うん」

「ばいばい」

 そう言って去っていく天橋を見送る。去り際にもう一度振り返ってくれて、その笑顔がまた可愛らしい。


「よっっっっっっ、しゃ~!!」

 天橋が去るのを見届けると、俺は、勝利宣言とでも言わんばかりに狂喜乱舞を始めていた。

 ——そんな状態だった為だろう。

「……」

 その光景を見つめる人影があったことに、俺は全く気付いていなかったのだった。



「先日の生徒会長選挙の結果を発表します。厳正なる選挙の結果、今年度の生徒会長は、2-Bの天橋雪さんに決定致しました。繰り返します。先日の——」


 会長選挙より数日後——校内放送によりその結果が発表される。結果は当初の下馬評通りに、天橋が見事当選を果たした。


「やったねユキ! おめでとう!」

「うん! ありがとう、ハナ」

「おめでとう天橋、さすがだな」

「池場谷くん……」


 うちの陣営は辞退していたし、もはや俺の心は完全に天橋陣営の勝利を望んでいた。実際のところ事前で二番人気の律が辞退したことで天橋の勝利はほぼ揺るぎなかったが、こうして無事当選が決まるとホッとするというものである。

「ううん、そんなことない……池場谷くんのおかげだよ」

「天橋……」

「あ、あの。池場谷くん……」

 そうして俺と天橋がいい感じの雰囲気になろうとしていた時だった。


「カイ様~!」

「ぼげっ!」

 ……もはや完全に見慣れた松島さんお邪魔虫が割り込んできた。


「見て下さいカイ様! 今日はお弁当を作ってきたのです。お昼をご一緒しませんか?」

「……ああ、うん。今日はちょっと勘弁したいかな~」

「まあ、そんなつれないことを言わないでください……」

 毎度のこと絶妙なタイミングで割り込んでくるものだ。やはり狙っているのだろうか?

 と、抱きついてくる松島さんを引きはがした時だった。

「あ……」

 ふと松島さんと天橋の視線が交わった。


「ああ、そういえば天橋さん。生徒会長当選、おめでとうございます」

「あ、うん。どうもありがとう」

「これからは生徒会活動がますます忙しくなりそうですね。折角の機会ですし、これを機にカイ様に付き纏うのは控えるようにしたらどうですか?」

 そして早速挑発を始めた。ホントにこの子は……


「な……」

「忙しいのに無理をして、仕事に支障が出てはまずいでしょう? カイ様のことならわたくしが付いていますのでご安心くださいな」

「ちょ、松島さん、何を……」

「ではお昼を食べに行きましょう、カイ様」

「あ、ちょ、俺行くなんて言ってな……」

 そうして、俺は有無を言わさず松島さんに連れ去られてしまった。

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