13-2

「どうでもいいけど……いい加減で呼ぶの止めなさい!」

 サヤ姉が手を翳すと、そこから風が巻き起こり男を襲う。

「くっ、この風……なんという能力だ!」

 気がつけばサヤ姉と謎の男は能力バトルを開始し、俺は完全に置き去りになっていた。

「くそ、放っておくわけにもいかないか……どうする?」

 ——辺りを見回す。以前のように電気の元さえあれば『χ』の能力が使えるのだが……


「おい、我を出せ! 『風神あの女』の前で我より目立つなど許さんぞ!」

「待てっての。お前が戦うのに必要な物がないんだってば」

 喚く『χ』を制する。サヤ姉の前で恰好つけたいようだが、生憎そうはいかない。以前のように電源として使えるものが周囲にないからだ。教室のコンセントの元を壊して使うこともできるが、校舎を壊すのは後が怖いので、できれば最終手段にしたかった。

「しゃあねえ……『快』、任せていいか?」

「おうよ。任せとけ……」

 と、『快』に意識を明け渡そうとした時だった。

「ええい、させるか!」

「あ、ちょ……!」

 そこに『χ』が割り込み、無理矢理肉体の主導権を奪っていった。


「おい、何を勝手に……!」

 ——愚鈍が何か喚いているが知ったことではない。

 さて、我が颯爽と風神の危機を救ってみせよう、と息込んだ瞬間だった。


「がはぁっ!」

 敵の男は教室の壁に叩きつけられ、動けなくなっていた。


「……は?」

 呆然とその光景を見つめる……形勢は完全に決まっていた。男は壁によりかかった状態で満足に動けず、その眼前に風神が立ち塞がっており、もはや勝負ありといった状況だ。

 つまり、既に我の出る幕などなかった。


「さあ答えなさい、降魔ごうまの者よ……なぜ『彼』を狙うのです?」

 襲撃してきた男を一撃で吹き飛ばすと、私はその男に問いかけた。

「……さて、なんのことだ?」

「とぼけないで下さい。貴方たちの狙いは『彼』でしょう? 生憎ほぼ同じ状況での襲撃が二度も続いて、それを偶然と片付けるほどお気楽じゃないのよ、私は」

「チッ……」

「さあ、知っていることを喋りなさい。さもなくば……」

「わかった! わかった、話す!」

 男を脅してみると、思いの外簡単に軍門に下ってきた。


「詳しいことは俺も知らない。だが我ら『降魔衆ごうましゅう』の親方様はそこのガキ——『池場谷カイ』の『力』を欲している。知っているのはそれだけだ」

「……本当ですか?」

「本当だ! これ以上のことは、俺たち下っ端には聞かされていない!」

「そう……わかりました」

 恐らくこの男の言うことは本当だろう。大した実力もないし、これしきの脅しで口を割る程度の忠誠心である。そんな重大な情報を任されているようには思えない。

「『彼』の『力』? 一体どういうつもり……?」

 そう呟き、私は腕を組んで考え始める。

「馬鹿め、隙あり!」

 ……やはり男が攻撃してきた。こんな見え見えの隙を狙ってくるなんて短絡的にも程がある、と考えながら防御行動に移ろうとした時だった。


「『風神』! 危ない!」

「えっ……?」

 私の防御行動は、突如横入りしてきた『χ』ちゃん乱入者に妨害された。

「ぼげぇっ!」

「きゃぁっ!」

 ——そして彼は敵の攻撃をまともに喰らってしまい、その勢いのまま私を巻き添えにして倒れ込んでしまった。


「ハハハッ、見たか! 退散させてもらうぜ!」

「ちょっ……待ちなさい!」

 捨て台詞を吐いて男が逃亡していく。倒れこんでしまったことで、またもや敵を取り逃がしてしまった。


「はぁ~もう、ほんっとこの子は……」

 大きく溜息を吐きながら自身の上で伸びている少年を見ると、ご丁寧に私の胸に顔を突っ込んでいる……まったく、このエロガキ!

「でもまあ、私を助けてくれようとしたんだよね……ホント、異能がなきゃ何もできない癖に無茶するんだから」

 ——そう呟いて、私は眠る少年の頭を抱きしめた。


「あいたた……あれ、俺は一体?」

 ——ふと目が覚める。どうやら肉体の主導権が『』に戻ったようだ。

「あら、やっとお目覚め?」 

「ん、サヤ姉? ……って、えぇ!?」

 声の方を向いたところで、俺は現在の状況に気づき慌てふためく。なぜか俺がサヤ姉の上に覆い被さっており、傍から見たら完全に押し倒している状況だったからだ。

「ご、ごめん!」

 慌ててサヤ姉から体を離そうとする——そんな時だった。


「失礼します! 松原先生、練習が終わりましたので報告に……」

 元気のよい声と共に教室の扉が開いたと思うと、一瞬にして場の空気が凍りついた。

「天橋、ハナ……」

「……何をしているのかしら? 池場谷くん?」

 教室に入って来た天橋とハナの目に飛び込んできたのは、荒れた教室内で男子生徒が女教師を押し倒しているという光景だった。


「ちが、これは……」

「不潔!! 最低!!」

 罵倒の台詞と共に、天橋が怒って教室から去っていく。

「うがぁぁぁぁ!! 違うんだ天橋! これには理由がぁぁぁ!」

 俺は慌てて起き上がり、天橋を追いかける。

「はぁ……何をどうしたらこんな状況になるわけ?」

 それを見てハナが呆れ果てていたが、俺は完全にそれどころではなかった。

「話を、聞いてくれぇぇぇぇぇ!」

 そんなある日の放課後——夕暮れの教室に、俺の悲痛な叫び声が木霊していた。

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