第13回 『カイ』と『サヤ姉』
13-1
「嵐さんの正体が……サヤ姉!?」
「そうよ。気づいていなかったの? 『χ』ちゃんはこの前の時点で分かっていたはずだけど」
「……そうなのか?」
と、俺は『χ』に尋ねる。
「ああ、そう言えば!」
忘れていた、と言わんばかりに『χ』が大げさにリアクションを取る。
「いやーそうだったな! 我の中では『サヤ姉』=『風神』など、規定事項すぎて愚鈍どもが気がつかぬこと自体に想像が及ばなかったな。ハハハ!!」
気がつかなかった俺をバカにするように、『χ』が大声で笑う。こいつ……そうならそうと言えっての。
「マジかよ……全然気がつかなかったぞ、オレ」
「声や仕草が似ているとは思ったが……本人だとは僕も思わなかったな」
「おれは気づいてたぜ? まだまだ観察力が足りないな、そんなんじゃモテないぞ諸君?」
「「「うるせえ!」」」
本当かは知らないが、一人だけ気づいていたと言い張る『魁』に、残りの面子が一斉に突っ込む。余計なお世話だっつの!
「はいはい、脳内喧嘩はそれぐらいにしときなさいね」
「……」
サヤ姉に諭され、俺たちは黙り込む。
「で、話というのは他でもないわ。この間の続きよ」
「ああ、時間を取ってくれるって言ってた……」
「そうよ。そのために少し調整して、アナタの面接の順番を最後にさせて貰ったわ」
……それは職権乱用なのでは?
「何か言いたそうね?」
「いや、別に……」
「まあいいわ。話を始めましょう。『戒』ちゃん、アナタ達はどこまで知っているの?」
「どこまでって……」
尋ねるサヤ姉に、俺は現時点で自分が知る内容を伝えた。
俺たちは五つの人格を抱えていて、一年後には人格が統合されること。
『この世に最も強く自身の存在を刻み付ける』ことが、『主人格』として生き残る条件だということ。
五つの人格は同じ体験をしつつも、それぞれ他人格が侵すことのできない『約束の子』の記憶を持っていること。
現在の主人格は『
「ふぅん……まあ基本的なことは大体知ってるみたいね」
俺の話を聞いたサヤ姉は、なるほどといった表情で考え込む。
「でも、『大事なこと』を『戒』ちゃんには教えてないみたいじゃない。他の4人、ちょっと卑怯なんじゃないの?」
と言ってサヤ姉が俺以外の四人に呼びかける。
「……言われてるぞ。お前ら」
頷きながら俺は四人にそれを伝える。つーかまだ俺の知らない秘密があるのかよ……
「そんなことないさ。只でさえコイツには『主人格』っていう圧倒的アドバンテージがある。これでも十分過ぎるほどに情報は出してるよ」
『乖』の野郎が悪びれもなくまだ秘密があることを明らかにする……こいつマジで俺に対してだけ態度悪すぎだろ!
「……って『乖』が言ってる」
と、俺は『乖』の言う内容をサヤ姉に伝えた。
「はぁ……ほんっとに意地の悪い子に育ったね、『乖』ちゃん。そうやってハナちゃんのことも虐めてるんだ?」
するとサヤ姉は溜息を吐き、『乖』を弄り始める。
「なっ……誰がそんなこと!」
「ふふっ。普段は冷静なのに、ハナちゃんのことになるとすぐムキになるのは相変わらずね」
「……ちっ、これだからあんたは苦手なんだよ」
『乖』の負けだな……『
「つーかよぉ、面倒くせぇことしてくれるなサヤ姉も……んな怪しい恰好しなくても、最初から本当のこと言ってくれりゃあいいじゃねえか。趣味がわりぃったらありゃしねえ」
今度は正体を隠されていたことに『快』が不満を漏らし、これまた俺はその内容を告げる。
「あら、『快』ちゃん。ルナちゃんに本当のことを言わずに逃げ回ってるアナタには言われたくないわね?」
「ぐっ……」
「それに私の方はちゃんと『理由』があるの。アナタの『ワガママ』とは違ってね♪」
「くそ、うるせえな……」
はい、『快』の負け……ていうか何だ? 『
「ハハハ! どいつもこいつもサヤ姉にかかれば形無しだな!」
サヤ姉の前にタジタジになる『乖』と『快』を見て、『魁』が笑う。
「あら、『魁』ちゃん。:アナタよく他の子たちのこと笑えるわね?」
「へ?」
「別にいいんだよ? 『あの子』は事情を知ってるし、アナタが裏で色々好き勝手してることを言っちゃっても……」
「どわ~! そいつは勘弁してくれ!」
「フフッ、冗談よ。今はまだ言わないでいてあげる」
「ふぅ、頼むぜホント……」
何の話だろうか? だがどうやら『魁』もまた弱みを握られているらしく、あっという間に敗れ去った。小さい頃から俺たちを知るサヤ姉にかかれば、このように俺たちを手玉に取ることなど造作もないようだった。
「フッ……愚鈍どもめ。後ろ暗いことを隠しているからこうなるのだ。我にはそんなものないぞ。なにせ隠せるほど賢くないからな!」
「……」
そして、遅れてバカ丸出しの言動をする人格が一人……勿論『χ』である。
「『χ』ちゃん……情けない台詞を堂々と言うのはよそうね?」
「どこに情けないことがある? 我は自らの異能によりこの身の危機を幾度と救ってきた。頭脳労働・肉体労働などの些事はこの愚鈍どもがやればよいだけのことだろう」
些事とか言ったよコイツ……その開き直りっぷりが情けないってわかんねえかな?
「で……『大事なこと』って?」
ツッコミに疲れた俺は、話を戻すべく再度サヤ姉に問う。
「そうね……『戒』ちゃん。アナタ、疑問に思わなかった? アナタはこれまで残り四人の存在を知ることがなかったのに、なぜ急に彼らが現われるようになったのかを」
「……確かにな」
サヤ姉の言う通りだ。あの日に四人が生まれたのならともかく、こいつらは過去にそれぞれの『約束の子』と『約束』を交わしており、十年前から存在している筈だ。なのにどうして『今』になって突然現われるようになったのだろうか?
「それはね、アナタ達それぞれの『自我』が強くなりすぎた為よ」
「『自我』?」
「そうよ。この十年間、アナタ達は『約束の子』と接する機会が余りなかったでしょう?」
これもサヤ姉の言う通りだ。『
「その二つになんの関係が?」
だがサヤ姉の言うことと、『自我』とやらの関係がイマイチ掴めず聞き返す。
「関係大アリよ。五人の記憶がある程度共有されている以上、その部分があなた達それぞれの『自我』に影響を与えることは余りないわ。でも——」
「……『約束の子』の記憶は別だと?」
「そう言うこと。結局のところ、アナタたち五人を明確に区別するのは『固有の記憶』であり、それは五人の『自我』と直結しているわ。だからつい最近までは『主人格』以外の『自我』はかなり弱まっていたのよ」
……まあ理解できる話ではあった。だが、そうなると幾つか疑問点が出てくる。
「なあ、確認するけど『χ』の『約束の子』って、サヤ姉だよな?」
「ええ、そうよ?」
「じゃあ何でサヤ姉が戻ってきた一年前に『χ』が出てこなかったんだ?」
「簡単な話よ。確かにその頃に『χ』ちゃんの『自我』が強まったんだけど、そのすぐ後にユキちゃんと再会したでしょう? それで『戒』ちゃんの『自我』も強まった為、バランスを崩すまでには至らなかったというわけ」
まあこれも理解できる話だが……一方でずっと『約束の子』が近くにいた人格もいた筈だ。
「けど『乖』は……」
「それは『主人格』のアドバンテージによるものね。一人分の『自我』であれば、余程強いものでない限りは『主人格』により抑え込むことができていたのよ」
つまり『乖』は、十年間ずっと無意識の俺に抑え込まれていたらしい……アイツが俺にだけ態度が悪い理由が分かった気がした。
「じゃあ、『魁』は?」
そして最後に未だ『約束の子』の正体が不明な人格について尋ねる。
「ああ、『魁』ちゃんは特例よ。別に抑え込む必要なんてないんだもの。ね?」
「……黙秘権を行使させてもらうぜ」
「なんだそりゃ?」
だが、返ってきた答えはなんとも歯切れの悪いものだった。
「まあその話はおいておくとして……よく聞いてね、『戒』ちゃん。この一年間で、アナタという『主人格』の拘束力はかなり弱まっているわ。各人格が再び『約束の子』と出会うことで、それぞれの『自我』が活発化し、一定のラインを超えた結果アナタにも他人格の認知が可能になった……この事実が、最初に言った『大事なこと』よ」
「じゃあこのままいけば……」
「ええ、アナタの『主人格』としての拘束は機能しなくなるわ。そうなれば、常に『その時点で』意識の強い人格が表に出るようになる……まあ、少し不便になりそうね」
「少しじゃねえだろ……なんだよそれ。人格破綻者じゃねえか」
「ということで、アナタ達の本当の闘いは『そこ』から始まると言ってもいいわ」
ぼやく俺をよそにサヤ姉はさらに話を進める。
「つーかサヤ姉、なんでそんなことを知って……」
と、単純な疑問を俺が口にしようとしたその時だった。
「しっ! 黙って……!」
——サヤ姉が突如俺の口を抑える。
「え……?」
パリーン!
呆ける俺をよそに、教室のガラスが割れる音が響く……どこかで見覚えのある光景だ。
「フッ、今ので気づくとは流石だな。『
「はぁ……またこの展開? 襲撃するにしても、もう少し芸を見せてくれないかしら?」
そして割れたガラスの先には、以前とは別の人物らしき謎の男が姿を現していた。
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