12-2

「さて、宮島さんの進路は……スポーツ推薦での大学進学、もしくは実業団への入団、か……やっぱり学費が気になるの?」

「はい。知っての通り、うちは母の入院費で余り余裕がありませんので。学費免除が通るなら進学したい意志はありますが、そうでないなら就職を希望します。ただ陸上は続けたいですし、もし枠があるならば実業団も視野に入れたいと考えています」

「やっぱりお母様の容体はよろしくないの?」

「いいえ、今は安定していますよ。ただ快復しているとも言えないっていうだけで……」

「そう……それで、はもう大丈夫なの?」

「はい。あたしはもう全然平気です。でなきゃこんなにバリバリ部活やってませんよ」

「ならよかったわ。これからも頑張ってね。期待してるわよ」

「はい!」

「あ、ごめんなさい。面談はもう終わりなんだけど、少し雑談いいかしら?」

「え?」

「先生と生徒じゃなくて、昔馴染みとしての話よ。いいかしら、?」

「……うん、いいよ。サヤ姉!」


「……カイの様子? なんで?」

「いやね? あの子なんだか最近様子が変じゃない? 職員室でも噂になってるのよ。なんかよその学校の不良を叩きのめしたとか」

「ああ。終業式の日にユキを助けたってやつね。あたしその日はすぐ帰ったからよく知らないけど、噂は聞いてるよ」

「それで、その後ハナちゃんから見て何かおかしなこととかない?」

「おかしなこと?」

「なんでもいいの。何かないかしら?」

「う~ん。あ、そう言えばなんかえらく独り言が増えたような気がする」

「独り言?」

「うん、なんか誰かと会話してるみたいに一人でブツブツ言ってるのよく見かけるよ?」

「ふ~ん」

「あとね、やたらと女連れで歩く機会が増えた! まあこれは多分ルナのせいだけど」

「ぷっ!」

「でね、ルナが転校して来てからというものの、ユキの態度が露骨なの!」

「あら、そうなんだ。カイちゃんもいつの間にか罪な男になっちゃって」

「でしょ? いつの間にあんな女ったらしになっちゃったんだか……」


「……貴方はそれでいいの? ハナちゃん?」

「え?」

「貴方もカイちゃんのこと、好きなんじゃないの?」

「あたしは……いいんだよ。もう終わった話だもん」

「そう……」

「……サヤ姉こそ、なんでそんなにあいつのこと気にするの?」

「うん? そりゃあ、あの子は弟みたいなものだもの。気になりもするわよ」

「弟、ねえ……」

「あら、何か言いたそうね?」

「別に? ただホントにそれだけなのかな~って」

「あら、それだけじゃないとして何か問題ある? もう終わった話なんでしょう?」

「むぅ……」

「ふふふ、そんな不機嫌な顔しないの。言ったでしょう? ちょっと最近様子が変だから心配なだけよ」

「……」

「どうもありがとうね。もういいわよ」

「うん。じゃあまたね。サヤ姉」


 ——ハナが出てきた。

「お待たせ」

「なげえっての……てか途中から明らかに雑談だったよな?」

「ごめんごめん。ついつい盛り上がっちゃってさー」

 途中から二人の話し声は明らかに大きくなり、テンションが上がっていた。どう考えても雑談が盛り上がっていたとしか思えず、しかもそちらの方が長かった。所要時間は面談十分、雑談十五分といったところだろうか。結局最初から数えると俺の面談開始まで一時間以上待たされる結果となった。

「じゃああたし部活行くね? お疲れ!」

「おお、じゃあな」

 そう言ってハナもまた、去っていった。


「それじゃあ最後、池場谷くん」

「はい」

 ——そしてとうとう、俺の面談の時間がやってきた。


「さて、アナタの進路は……工芸大学進学、か。やっぱりお祖父様の跡を?」

「はい。俺としてはさっさと店を再建したいんですが、親は今のご時世大学くらい出とけ。ついでに我流じゃなくちゃんと知識も学んでこいってうるさくて……」

「ふふ、アナタのこと心配してくれているのよ。それに芸術方面で食べていくのは大変よ?」

「まあずっと反対されてましたからね……ある程度はわかっているつもりです」

「そうね……ならもう少し勉強も頑張らなきゃだめよ。そっち方面は実技試験が重要と言っても、入試の際にはある程度の学力も必要なんだから。平均点は取れてるんだし、もうひと頑張りよ」

「ふぁ~い」

「ほら、そんな露骨に嫌そうな顔するんじゃないの」

「はぁ、わかったよ。少しは勉強も頑張ります」

「よろしい! じゃあ面談はこれで終わりね」

「はいよ、あ~終わった終わった」

 と、俺が大きく欠伸をしながら背伸びした時だった。


「……と、言いたいところだけど、アナタにはまだ聞きたいことがあるわ」

「へ?」

「アナタ、三学期の終業式の日に喧嘩したらしいじゃない?」

「ぎくっ!」

 突然先生が——いや、サヤ姉が俺の痛い所を突く。


「いや、でもあれは……!」

「わかってるわよ。天橋さんを助けるためだったんでしょう?」

「……」 

「でも不思議よね? アナタそんなに喧嘩強かったっけ?」

「う、それは……」

「ぷっ! あはははは! ごめんごめん、そんな困った顔しないで?」

 反応に困る俺がおかしかったのか、突然サヤ姉が笑い出す。

「なんだよもう……」

「大丈夫よ。から」

「……サヤ姉?」

 サヤ姉の言葉に違和感を覚え、俺は思わず聞き返した。


「『快』ちゃんでしょ? その時のアナタは」

「……!」

 出てきたその言葉に、俺は言葉を失くす。

 ——なんでサヤ姉が他人格あいつらのことを?


「ふふ、何をそんなに驚いているのかしら?」

「サヤ姉、なんで……?」

「あら、わからない? ならこうすれば……というか、『χ』ちゃんから聞いていないの?」

 サヤ姉はそう言うと、右の耳を隠すように降ろしていた髪をかき上げ、反対側で結び直した。

「……あ、あんたは!?」

 ——そして、露わになったその右耳につけられている耳飾りは、俺が左耳につけているのと同じもので、『雷神』の画が描かれたものだった。

「嵐さん!?」

 その耳飾りの持ち主……それは、あの骨董品屋の店主:嵐さん以外あり得なかった。


「はい、大正解! 骨董品屋の店主:『嵐』さんとは仮の姿……その正体は、アナタの担任教師:松原清風まつばら さやか先生でした~!」

 呆然とする俺をからかうような表情で、嵐さん……いや、サヤ姉はそう告げるのだった。

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