5-2

 キーンコーンカーンコーン。

 放課後を告げるチャイムが鳴り響き、終礼が始まる。俺はそれが終わるのを今か今かと待ち構えていた。


「天橋、少しいいか?」

「あ……」

 終礼が終わると同時に、俺は天橋の前に立ち塞がった。

「行こ、ハナ。部活行かなきゃ」

 ……完全にスルーされた。

「あ、待ってよユキ」

 そんな俺を若干気にしながらも、ハナは急ぐ天橋の後を追っていく。

「何やってんだ? お前……」

「うん、何やってんだろうな?」

 可哀そうな人を見るような眼の律に、俺は項垂れながら答えるだけだった。


 そして数十分後——

「ユキ、いいの?」

「何が?」

「カイのことよ。何か言いたそうにしてたじゃん」

「知らない。あんな人と話すことなんかないわ」

「……」

「少しは思い知ればいいのよ。嘘ばっかりついて……さ、行きましょ」

「(あちゃ~、こりゃ予想以上だわ)」


 ——何かを話しながら天橋たちがグラウンドに出てきた。今だ!

「話を聞いてくれ、天橋!」

「(プイッ)」

 またもスルーされた。

「えと、カイ?」

「……うん、気にするな。ほら、天橋が呼んでるぜ」

「ほらハナ、早く!」

「あ、ごめん! ま、まあ元気出しなって……」

「おう……」

 気にして声を掛けてくれたハナも去り、後には俺一人が取り残された。


 そして今度は部活終了後——

「天橋!」

「(プイッ)」

 またもスルーされた。もう心が折れそうだった。

「ハァ……正門のところで待ってて」

「えっ?」

 項垂れる俺に、天橋を追うハナが耳打つ。

「いいから。ちゃんと待ってなさいよ?」

 それだけ告げると、ハナは天橋とともに部室の方へ消えていった。


「ねえユキ……なんでそんなに怒ってんの?」

 部室で着替えながら、あたしは未だ怒りが収まらない様子のユキに声を掛ける。

「当たり前じゃない、あの人最低な嘘ついてたんだよ?」

「嘘って、どんな?」

「どんなって……あの人、小さい頃からの許嫁がいたんだよ? それなのに、わたしに『あんなこと』……!」

 ユキが苛立ちを隠さず不貞腐れる。


「よくわかんないけど……話ぐらい聞いてあげたら? あいつ、最後泣きそうだったよ?」

「……」

「そんなに許せない?」

「許せないよ。『約束』したのに。彼は『そんな人』じゃないって、信じてたのに……!」

「『約束』……ね」

 ユキの発したその言葉に思うところを感じ、あたしはそれを繰り返す。


「『約束』なら、あたしもしてるよ?」

「え……?」

「大きくなったら結婚しよう、みたいなやつ。まあ、あいつは忘れてるけど」

「ハナに、まで? どこまで最低なのあの人……!」

 あたしの言葉に、ユキはより怒りを強める。

「あ~違う違う、別にあいつを非難してるんじゃなくて……」

「……?」

「あのさ……あたし、昔振られてるんだ。カイに」

 不思議そうな顔をするユキに、あたしはそう告げた。


「……えっ!?」

 余程驚いたのか、ユキが凄い顔でこちらを見る。

「うそ……」

「ほんとだよ。二年ほど前、中三の時にね」

「そんな……ハナ、池場谷くんとは只の幼馴染だって」

「だって昔のことだもん。今はホントに只の幼馴染だよ」

「……」

「その時さ、あいつなんて言って断ったと思う?」

 気まずそうに黙り込むユキに、あたしは苦笑しながら問いかける。

「昔、『約束』した子がいるから——その子が今でも好きだから、ダメなんだってさ。ひどいよね。あたしや松島さんあの子との『約束』は忘れたクセに、だけは覚えてるんだよ?」

「……」

 つまり、との『約束』はあいつにとってそれだけ特別だったんだろう。


「……なんで、そんな普通にしていられるの?」

「あたしが望んだの。今まで通りでいさせてほしいって」

「……ハナは、今でも池場谷くんを?」

「あれ? なんであたしとカイのことをユキが気にするのかな?」

「ッ……! もう……」

「ふふっ、ごめんごめん」

 ユキの質問に揚げ足を取ると、面白い程分かり易い反応が返ってきたので、思わず謝る。


「あのさ、ユキ。一度ちゃんと、話してみなよ」

「……」

「そうしないとわかんないこと、あると思うよ?」

「ごめん……わたし、先に帰るね?」

 一通り説得を終えるとユキも思うことがあったようで、一足先に部室を出ていった——まあ、これなら大丈夫かな?

「あ、帰るなら正門からがいいと思うよ?」

 しれっとカイが待っている方へ誘導する。まったく、世話が焼けるんだから……


「天橋!」

 正門の所で佇んでいた俺は、天橋の存在に気づくとすぐさま声を掛ける。

「池場谷くん……」

「何度もごめん天橋。でもどうしても話を——」

「今日はごめんなさい。ずっと無視したりして」

「天橋……!」

 やっと口を聞いてくれた。もうそれだけで感動ものだった。

「——でもわたし、やっぱりまだあなたの言うことを信用できない。言ったでしょ? 嘘を吐く人が、『約束』を破る人が、大嫌いなの」

「それは——」

 天橋の言葉に俺は黙り込む。彼女の言い分は尤もだ。他人格がどうなんて所詮俺の事情である。天橋からすれば、自分を好きと言ってきた男が他の女にも粉を掛けていて、それを知らないと言い訳していることに変わりはない——って、完全に俺クズ野郎じゃねーか!


「だから——あなたが信用できる人だって、ちゃんと証明してね」

「え……?」

「それだけ。またね」

「あ、ああ。またな、天橋!」

 そう言って天橋は去っていった。そこに先ほどまでの怒りはもうない。

「よかったぁ……」

 ——どうやら誤解が解けたとは言わずとも、挽回のチャンスは与えて貰えたようだった。


「はぁ、なんとか丸く収まったみたいね」

 物陰から二人の様子を見ていたあたしは、一応の解決に安堵し溜息を吐く。

「さて、帰ろっと」

 どうせだし、邪魔しないようにと裏門から帰ろうと歩き始めた時だった。

「どこ行くんだよ、ハナ」

 後ろからあたしを呼び止める声が聞こえた。


「カイ——」

「ここまで来といて何してんだ。そっち裏門だぞ?」

「何って……あんたこそ何やってんの。ユキのこと、送ってあげなさいよ」

「バカ言え。さっきの見てたんだろ? まだそこまで信用戻ってねえよ。それに——」

「それに?」

「流石に今日、お前に何も返さずに帰るほど恩知らずじゃねえよ」

「……」

「何驚いてんだよ。なんかおかしなこと言ったか?」

「あ、ごめん」

 ——正直驚いた。カイがユキよりあたしを優先するなんて、思わなかったからだ。ユキと出会ってからというもの、口を開けばあの子のことばかりだったし。


「行こうぜ。今日は飯奢る」

「マジで? じゃあラーメン定食大盛!」

「遠慮なさ過ぎだろ!」

「何よ、奢ってくれるんでしょ?」

「……へいへい」

 そうしてあたしはカイの後ろを着いていく。

「あ、見て! 桜、咲いてる」

「本当だな」

 ——あ、この感じ懐かしい。と、思った瞬間だった。


「きゃっ!」

 ふと風が強く吹き、あたしは目を閉じる。

「お、見ろよハナ」

 風が止み、目を開くと——そこには一面の花吹雪が舞っていた。

「きれい……」

「ああ、そうだな。まるで『雪』みたいだ」

「え……」

 ——その言葉を聞いた瞬間、あたしの脳裏にある記憶が想い返される。


「カイちゃんまって!」

「ついたよ、ハナちゃん!」

「え?」

「ほらみて! お花がとびまわってる!」

「わ~、きれい!」

「まるで……『雪』みたいだね!」

「うん!」


 そう、も——確かにカイはそう言ったのだった。

「……なんで同じこと言うかなあ。忘れてるクセに」

 胸がチクリと痛む。交わした『言葉』は同じでも、『想い』はあの時とは違う。

「しかも、よりによって『ユキ』とか……酷くない?」

「ん、何か言ったか?」

「んーん、なんでもない!」

 大丈夫だ。この気持ちはきっと『想い出』にできる。だからそれまでは……もう少しこのままでいいよね?

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