第6回 『嵐』~爆発する風神《バースト・ゲイル》~

6-1

「すみません兄さん。手伝って貰っちゃって」

「気にすんな。たまには兄貴らしいことさせろって」

「はい。じゃあお願いします」

 始業式の翌日……ある土曜日の昼のことだった。俺は高校への入学式を週明けに控えた我が『弟』のサトルに付き添い、入学後に使用する備品の買い出しに来ていた。


「よし、これで全部……う~、重たい」

「大丈夫か? 少し持つぞ」

「なんの、ボクは男ですよ。これぐらい余裕です」

 と、言う割には凄くフラフラしている。

「……いいから半分よこせ」

「嫌です!」

「だめだ、危なっかしい」

 ——見るに見兼ねて荷物を取り上げる。

「もう、子供扱いはやめて下さいよ」

「この程度の荷物でフラフラしなくなったらな」

「ぶー……」

 そうして帰路に就こうとした時だった。


「あら、カイ様! おはようございます!」

 ……関わると少々面倒な子に出会ってしまった。

 一方の松島さんは俺を見つけた途端、顔一杯に笑顔を浮かべて飛んできた。

「ああ、おはよう……」

「おはようございます、ルナさん。今日もお美しいですね」

 サトルが如何にもイケメンな挨拶を交わす。松島さんは引っ越してきてから度々うちに来ているので、この二人も顔見知りだ。

「あら、おはようございますサトルさん……もう、やめて下さいな。常日頃からカイ様に美しい姿を見せられるよう努力しているのです。そんなことは当然ですわ」

「らしいですよ、兄さん」

「俺に振るなっての……」

 サトルの振りに、俺はうんざり気味に答える。


「お二人とも今日はどうされたのですか? ……ああ、もしかして」

「はい、教材の買い出しです。週明けは入学式なので。ルナさんは……転入生用にですか?」

「そうです。お陰で今日はカイ様のお宅に伺えませんでしたわ。申し訳ありません」

 いや、別に来なくていいです……


「見たところもう帰られるようですね? わたくしもご一緒してよろしいでしょうか?」

 溜息を零す俺だったが、松島さんは気にすることなく問いかけてくる。

「いいですよ」

「おいサトル。何を勝手に……」

「いいじゃないですか。どうせ隣の家なんだし」

「……ま、そうだな。しゃーねぇか」

 勝手に答えるサトルを制しようとするも、実際断わる理由もなかったので、俺たちは松島さんを加えてそのまま歩き始めた。


 ——そうして校門に辿り着こうという頃だった。

「あれ、カイ? それにサっちゃんも。どしたの?」

「ハナ? 天橋も……」

 そこには、ハナと天橋の姿があった。

「なんだ、部活上がりか?」

「うん、そっちは?」

「こいつの教材買いに来たんだよ。週明けに入学式だろ?」

 サトルの方を指差して告げる。


「あ、そっか。サっちゃんあたし達の後輩になるんだ。よろしくね!」

「はい、よろしくお願いします。ハナさん。と……」

「あ、わたしは……」

「天橋雪さん、ですよね。よろしくお願いします」

「あ、はい、天橋雪です。えと、あなたが池場谷くんの……?」

「はい、弟のサトルです」

 それだけ告げると、サトルは天橋を意味ありげに見つめる。

「えと、何か……?」

「いえ、何でもありません」

「……?」

 サトルのヤツ……どうかしたのか?


「松島さんもおはよっ。何でカイといっしょに?」

「ああ、そこでたまたま……」

「見ての通り、逢引き中なのですわ!」

「……」

 空気を読まない松島さんの発言に俺は頭を抱える。ああ、天橋がなんか不機嫌そうに……

「ということですので、邪魔をしないで頂けますか? さあ、カイ様参りましょう」

「あ、ちょっと待って。あたしとユキ、これから商店街寄るんだけど、あんた達もどう?」

「お、いいね……」

 ナイスだハナ! これは少しでも天橋と話をするチャンス!

「お断りします」

 ——松島さんは即答だった。


「そ、そう? じゃああたし達はこれで……」

「いやいやとんでもない! 俺すっげー商店街行きたい! な、松島さんも行こうぜ!」

 咄嗟にハナの誘いに乗る。これ以上天橋の信用を失ってたまるか!

「……わかりました。カイ様がそう言うのでしたら」

 そう言うと松島さんはしぶしぶついてきて、俺の隣をキープするのだった。


「でもサっちゃんももう高校生か~! 早いもんだね!」

「一つ違いですよ? すぐなのは当然ですって」

「あ、そっか。そういやそうだね」

 商店街を歩く中で、ハナとサトルで話が盛り上がっている。となると俺は必然的に残る面子と顔を合わせることになるわけだが……

「い、いい天気だな……」

「う、うん。そうだね……」

 ……ナニコレ? 

 ここ最近のいざこざもあり、俺と天橋の間は気まずさMAXだった。


「ちょっと貴方、余りカイ様に近寄らないでくれます?」

「あ、あなたこそ少しベタベタし過ぎなんじゃないですか!?」

「あら、許嫁ですもの。これぐらい当然ですわ」

「な、なあ二人とも。少しは人目を気にした方が……」

「池場谷くん(カイ様)は、黙ってて(下さい)!」

「……はい」

 気がつけば両隣の二人が言い争いを始め、俺はその勢いに押されて黙り込む。

「……何やってんだか、もう」

「ハナさん、どうかしたんですか?」

「ううん? なんでもない」 

 一方その後ろでは、ハナとサトルが何かを話していた。



「く~、いいねぇ兄弟、モテモテじゃねぇか。どの子もかわいくて捨てがたいねぇ。な、お前らもそう思わないか?」

「別に……ルナの相手は面倒くせえんだよ。『あいつ』に任せる」

「フン、どうでもいいよ……」

「なんだよ。『快』も『乖』もつまんねえなぁ……てかよぉ、我らが弟くん、美人過ぎねぇ? 女の子たちと並んでても違和感ねぇとか……これはお兄さん、アブナイ何かに目覚めちゃいそうですねぇ」

「……バカバカしい。くだらんことで喚いて恥ずかしいと思わんのか」

「『χお前』にだけは言われたくねえよ……」

「何か言ったか?」

「いや、何も? 『χ』はあのかわい子ちゃん達を見て何とも思わねぇのか?」

「乳臭い女子供に興味はない」

「なんだお前、年上好きか? なるほどな……」

「だからうるさい!」

「お、顔赤くなってんぞ、図星か?」

「ええい黙らんか!」


 ——と、先ほどから頭の中で他人格たちが騒ぎ立てている。マジでうるさい……

「静かにしろっての……」

「カイ様、どうかしましたか?」

「ああ、何でもないよ」


 から始まった他人格こいつらとの生活にも、気がつけば慣れてしまった。

 ——そういやあの日は怪しい女の人が突然変なこと言ってきたよな……あれ以来ホントにロクなことないんだが、もしや彼女は何かを知っていたんだろうか? 

 また会うことがあれば、話を聞いてみたいな……なんてことを考えながら歩いていると、ふと怪しいローブに身を包んだ女性とすれ違った。そうそう、あの人もあんな感じだったよなあ……と思いながら数歩進んだ辺りで気がつく。


「って、モロに今の人じゃねえか!?」

 慌てて振り返る――今すれ違ったのは、間違いなくあの時の女性だった。


「カイ? どうかしたの?」

「悪い、先行っててくれ! 俺ちょっと急用が!」

「え、ちょっと!?」

 呼び止めるハナに荷物を押し付け、俺はを追いかけ走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る