4-2

「見て見てカイ! あたしたち、同じクラス!」

「よっしゃ……!」

「なになに? そんなに嬉し……」

 今日から新学期であり、クラス替えが行われる。新しいクラスの割り振りを見るに辺り、俺の一番の関心事はと同じクラスになれるかどうかだった。

「あ~そゆこと? 愛しのユキちゃんと同じクラスになれて、そんなに嬉しいんだ~」

「はっ!? バカ、そんなんじゃ……」

「あっ、噂をすれば……お~い、ユキ~!」

「あ……」

 突如ハナが手を振りながら走り出す。その先には天橋の姿があった。俺としては、会うのは春休み初日罵倒されて以来だ。


「きゃっ!」

「おはよっ! ユキ! 今日も美人だねぇ~」

「お、おはようハナ。クラス、何組だった?」

「ん、あたし? あたしはB組! ユキもあいつも一緒だよ!」

「え……」

 抱き着くハナを振りほどくと、天橋がこちらを見る。

「お、おはよう。天橋」

「……ごめん、ハナ。わたし、もう行くね?」

「あれ、ユキ? ちょっ……」

 ——声を掛けるも、返ってきた反応は完全なる無視だった。

「……なんかあったの? あんたら」

「うう、いいからそっとしといてくれ……」

 様子のおかしさに気づいたハナが問うが、心に傷を負った俺に応える余裕はなかった。


「皆さんおはようございます。この度2-Bの担任を受け持つことになりました、松原です。よろしくお願いします」

 場所は変わり、とうとう新学期が始まった。昨年に引き続き、俺の担任は『サヤ姉』こと松原先生である。

「さて、それでは今日から皆さんは高校二年生となりますが……ここで、新学期から本校へ転入してきました、新しい仲間を紹介します」

 転校生? へーどんな奴だろう? と思った矢先だった。

「松島月と申します。よろしくお願いします!」

「……」

 ——入ってきた人物を見た瞬間、俺は完全に目が点になった。


「カイ様~! お会いしたかったですわ!」

 自己紹介を終えるなり、松島さんは俺に抱き着いてくる。

「え、何? あの子、池場谷くんの知り合い?」

「てかあの子、終業式のときにヘリで現れた子じゃねぇの?」

 あーやべぇ。みんなすげー見てるし、なんかヒソヒソ言ってる……にも関わらず天橋は見向きもしない。マジでもう俺のことなんかどうでもいいのかなぁ……


「あの、松島さん。今日の朝来なかったのって……」

「はい。転入のために色々とありまして、早くから学校に向かう必要があったのです。本日はお迎えに上がれず、申し訳ありませんでした」

「あ、そう……」

「それからカイ様。わたくしのことは『ルナ』とお呼びくださいな。先日から何度もお願いしているではないですか」

「ハハ、ちょっとみんなの前じゃ恥ずかしいかなー……」

「まあ、そんなつれない……ああ、でもそんな硬派なところも素敵です♡」

 よく考えれば自明の理だった。なにせ金に物言わせて隣に越してくる子だ……同じ学校の同じクラスに転入してくるくらい朝飯前だろう。

 天橋には嫌われ、松島さんトラブルの種も増え——新学期初日にして、俺の学園生活は崩壊寸前だった。



 キーンコーンカーンコーン。

「カイ、大丈夫? なんか死んだ顔してるけど……」

「ハハッ、ほっといてくれ……」

「カイ様~!」

「ごはっ!」

 休憩時間になり、ハナの言葉を受け流しているとまたも松島さんが飛びついてきた。


「あ~カイ様の感触、素晴らしい。一生このままでいたいですわ……」

「……いい加減離れてくれない?」

「ねえ、カイ。その子と知り合いなの?」

「ん……なんですか貴方? わたくしのカイ様に軽々しく近寄らないでくれます?」

 漸く俺の隣のハナの存在に気づいた松島さんが、早速ハナを牽制する。


「あたし? あたし宮島花。こいつの幼馴染だよ。よろしくね!」

 ハナが松島さんに握手を求める。

「……貴方、敗北者臭がしますわね」

「ふぇ?」

「幼馴染、元気っ子、三番手……そして極めつけの第4話本格登場! 完っぺきなまでの敗北者属性ですわ!」

 松島さんの反応は、よく分からんが完全に喧嘩を売っているとしか思えないものだった。

 ——マジで面倒しか起こさねえな、この子……


「ええっ、いきなり罵倒!? ひどっ! てか登場がどうってなんの話!?」

「うるさいですわね、寄らないで下さい! 敗北者臭が伝染ります!」

「いや、意味わかんないんだけど!?」

「勘弁してくれ……」

 訳のわからない言い争いをする二人に疲れ、俺は頭を抱えこんだ。



「はぁ、誰か何とかしてくれよ……」

 昼休みを迎え、俺は屋上で律と昼飯を食べながら溜息を吐いていた。

「大丈夫か? 戒」

「大丈夫じゃない。もういい加減にしてほしい」

 律の問いに俺はうんざりして答える。

「そっか。でもゲンナリしてるとこ悪いんだが、またもやお客様みたいだぜ?」

「……今度は何だってんだ」

 律が指差す先を見る。

「あ、カイ……やっほー」

 そこにいたのは、ハナだった。


「……で、何の用だよ?」

 面倒臭そうなオーラ全開で、ハナに問う俺。

「うん、ごめんね。なんか疲れてるっぽいのに」

「なんだ。珍しくしおらしいじゃねえか」

「なによ、心配してきてやったのに」

「余計なお世話だ」

「むぅ~、失礼ね。まぁいいわ。とりあえず本題に入るわよ。聞きたいことがあるの」

「はいはい、どうせ松島さんのことだろ……」

 ——無論、話の内容は分かり切っていた。 


「……許嫁ぇ?」

「らしいぞ。俺も初めて知ったけど」

 冗談でしょとでも言いたげなハナに、俺は気怠げに返す。

「本当なの? だって、あんたに覚えはないんでしょう?」

「そうなんだが……小さい頃の俺とあの子が映った写真があったんだよ。婚約証書付きで」

 俺としても未だに信じられないが、あの証拠に加えて、覚えがない理由他人格のこともあるため、流石にもう否定はできなかった。


「……何それ? つまり、あんたが一方的に忘れてるってこと?」

「まあ、そういうことに……なるのか」

「それはカイが悪いと思うよ? あの子にとってはきっと大事な『約束』なんだろうに……」

「いや、確かにその通りだし、悪いとは思ってるんだが……」

 若干責めるような口調のハナに言い返そうとし、俺は口籠る。

 まさか『他人格』が約束したなんて言っても、信じて貰えるわけないしなぁ……と、俺が悩んでいたその時だった。


「はぁ……一体いつからあたしの幼馴染は、こんな酷い男になっちゃったんだろうなー」

 何やら呆れた様子でハナが愚痴を零す。

「うっせえ、誰が酷い男だ」

 ハナの言葉にカチンときた俺はすかさず言い返す。なんだこいつ、あの子の味方かよ!?

「だってその通りじゃん」

「えっ……?」

 少し寂しそうなハナの様子に、思わず俺は聞き返す。

「あたしとの『約束』も忘れたクセに」

「ぶっ……!」

 突然のその発言に、思わず俺は噴き出した……と同時に、失敗したと思った。

 そりゃそうだ。ハナからすれば松島さんに同情するのも無理はない。


「しかも今度は他の子と許嫁って……それはないんじゃない? ユキが好きだって、あたしのこと振っといてさ」

 そう、彼女は以前まったく同じことをされているのだから——他でもないこの俺に。

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