第4回 『宮島花』

4-1

「——つまり、基本的には五つの人格全てが記憶を共有している、と?」

「ああ。だが同じ出来事を通して思うことや感じることは当然人格毎に異なる。その時表に出ているかどうかによっても、感じ方の違いは大きいからな。だから共有しているのは記憶というよりあくまでも『体験』だと言った方が分かり易いだろう」

 ある日の『カイ議』中……俺の問いに『魁』が答える。


「なるほど……だがその共通する体験にも例外はある、と」

「そうだ。各人格は他四人に『絶対に侵されたくない記憶』をそれぞれ持っていて、他人格はそれを知ることはできないし、そのものでなくともそれに纏わる記憶は曖昧になる……その代表例が、各自の『約束の子』の子に関する記憶だ」


「人呼んで『不可侵記憶域インヴァイラヴル・メモリー』……各々が守りし聖域のことを、我々はそう呼んでいる」

「『χお前』しか呼んでないけどな」

 聞いてもいないのに割り込んできた『χ』に、『乖』が突っ込みを入れる。

 ——こいつはこいつで、どこから持ってきたのか椅子に座って難しそうな本を何冊も読み上げている。一番の頭脳派というのは伊達ではないらしい。


「……フッ、貴様らのような愚鈍には分からぬようだな。この我より生まれ出る甘美なる言語の調和ハーモニーが」 

「何が調和ハーモニーだよ。いいからそのダッセェ呼び方やめろっての」

 ——今度は『快』が突っ込みを入れる。こいつもこいつで、どこから持ち込んだのかさっきから一人でサンドバッグを叩き、合間に筋トレをしている。こちらも一番の肉体派というのは伊達ではないらしい。


「ダサくない! さっきからうるさいぞ貴様ら!」

「うっせぇ」

「どぇぇぇぇ!」

 そしてイラついた『χ』が怒鳴りながら『快』に詰め寄るも、デコピン一発で吹っ飛ばされる……『カイ議室』ではこういったやり取りがほぼ日常化していた。

 とりあえずこの精神世界とやらの構造に対して思うところはあるが——もう気にしないことに決めた。絶対に突っ込まねぇぞ、絶対に突っ込まねぇからな……!


「それよりなんなんだ? 『五人の中で、この世に最も強く自身の存在を刻み付ける』ことって……? アバウト過ぎるだろ」

 話が一段落着いた為、俺は以前教えられた『生き残るための条件』とやらについて尋ねる。

「ああ、おれ達も具体的にどういうことかはわかってねえんだよ」

「なんだそりゃ……つまり何をするかは各自の解釈次第ってことかよ?」

「残念ながらそういうことだ。正直おれ達も手探り状態でね。まあとりあえず『約束』の成就でも目指してみたらどうだ? 強い想いが生きる力になる、なんてよくある話だろう?」

「いいのかよ、そんなんで……」

 だが得られた答えは満足のいくものでなく、正直先行きには不安しかなかった。


「まあそれはさておき……どうだ兄弟。ちっとはこの生活おれ達のことが分かってきたか?」

「まあ、なんとなく……」

 問いかける『魁』に対し、俺は半ば呆れた様子で他の人格のやり取りを見る。

「なあ、確か生き残りを懸けて争ってるんだよな? 俺たち……」

 この光景を見ていると思わず忘れてしまいそうになる事実を、改めて問う。

「ああ、それがどうかしたか?」

「いや、その割には全員ほのぼのとしてるな、と。てっきりもっと殺伐とした関係なのかと思っていたんだが……」

「はは、確かにな」

「だったら、殺伐とさせてやろうか?」

「え……」

 気がつくと俺の目の前には、『乖』が姿を現していた。


「はっきり言っておくぞ。僕は『オマエ』が嫌いだ。他の奴らについては特に何も思うところはないが、オマエだけは別だ。同じ体にいると思うだけで虫唾が走る……くれぐれも気安く話しかけるんじゃないぞ」

「なんだよお前……やたら当たりが強いとは思ってたが、なんか俺に恨みでもあんのか?」

「チッ、呑気なもんだな。これだから何も分かってない奴は……!」

「なんだと……?」

「まあまあお前ら、それぐらいにしとけって!」

 いきなり喧嘩腰で詰め寄ってくる『乖』に対して臨戦体勢に入る俺だったが、そこへ『魁』が止めに入る。


「やめときな『乖』。それ以上はご法度だぜ。分かってんだろう?」

「フン……」

「ご法度……?」

 そう俺が問いかけた時だった。

「——おっと、今日は時間切れみてぇだな。じゃあ今日もおれ達の体を頼むぜ。兄弟」

 本日の『カイ議』の終了時間が来たようで、強制的に俺は現実に引き戻されていく。


「ちょ、待て……!」

 相も変わらず一方的な終了に異を唱えるべく、俺は手を伸ばす。

「きゃんっ!」

「きゃんっ?」

 だが——伸ばした手が辿り着いたのは、なにやら柔らかな感触だった。

 あれ、これって……? と思いながら目を開ける。

「で、何を待てって?」

「え、と……」

「……いつまで触ってんの? この変態」

 そこには表向きには笑顔ながらも、胸を揉まれたことへの怒りを隠し切れない様子でこちらを見ている少女の姿があった。

「あの、すま……」

「いいから寝惚けてないで起きなさい、このバカ!」

「どぉぉああぁぁぁぁ!!」

 と、俺は布団ごとひっくり返され、床に落下する。


「ったくもう……目ぇ覚めた?」

「ああ、おかげさまでな……ハナ」

「うん。おはよっ! カイ!」

 頭上からの呼びかけに答えると、そいつは満面の笑みで俺に朝の挨拶を告げた。

「じゃあハナさん。兄さんのことよろしくお願いします」

「任せてサッちゃん! こいつはあたしがちゃ~んと面倒見とくから!」

 サトルに見送られながら家を出る。そして隣ではなんかうるさいのが喚いている。

「うぜぇ……」

「なんか言った?」

「いや、なんにも……」

 ——こいつの名前は『宮島花みやじま はな』。

 俺の小さいころからの腐れ縁……まあ、幼馴染ってやつだ。小中高とずっと……厳密に言うと少し離れていた期間があるが、ほぼずっと同じ学校に通っており、こうしてしょっちゅう家に押しかけてくる。

「てか、聞いてはいたけどホントにすごい家できてるね! 一体どこのお金持ちさんなんだろう? カイ、知ってる?」


「さあな……」

 はしゃぐハナの問いを、適当に流す。本当は知ってるけどあんまり関わり合いになりたくないんだよな、松島さんあの子……

 あれ? そういや隣に越してきてから毎日うちに来てたけど、今日は来なかったな……まあいいや。その方が楽だし。

「なにその反応? 面白くな~い」

「うっせえな……それよりおばさんは大丈夫なのか? 春休み中向こうにいたんだろ?」

 ぎゃあぎゃあとうるさいハナに問い返す。こいつのお袋さんは少々体が弱く、今は実家の島で療養をしている。で、こいつも長期休みの時などはしばしば帰省してお袋さんの看病を手伝っているのだ。


「ん? まあいつも通りだよ。特に変化なし、かな」

「そうか……」

「なに? 心配してくれるんだ?」

「お前じゃねえよ。おばさんをだよ」

「ふふっ、わかってるよ……でも、ありがと」

「いいから行くぞ。今日は始業式だ。初日から遅刻とか洒落になんねえ」

「あっ! 待ってよ、カイってば~!」

 そうして俺たちは学校へと辿り着いた。

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