第189話 たちぎき

「ウソっ?! つばめちゃん…?」


 つばめと沖田が感動の再会を果たしていた頃、油小路ユニテソリの食客扱いであった蘭はウマナミ改の姿のまま、魔王城での地下牢を監視する部屋で、手も口も出す事を許されず魔力を動力にしたと思われるテレビモニターに映る沖田を呆然と見つめる業務に就いていた。


 沖田が鉄格子にしがみついて何かを叫んでいる映像は分かるのだが音声は無い。そしてその内容は恐らくは蘭や油小路を非難する物であろう事は容易に想像できる為に、蘭としても苦しい思いで画面を正視できずにいたのだった。


 そこに不意に現れたのは2人の魔族に連行されたつばめである。

 まず蘭は我が目を疑った。ここは魔界であり、その最奥である魔王城なのだ。睦美らと大豪院が新たな女を連れて魔界に来た所までは蘭も油小路から聞いている。

 

 確かに魔界での大立ち回りの可能性を考えたら、つばめの回復能力は攻略に不可欠であると考えられる。

 しかし、つばめの変質化問題を考慮したらつばめが参戦しているのはおかしいし、そもそも蘭とて元々はつばめの為を思って単身沖田の救出を買って出たのである。


睦美ぶちょうさんが強引につばめちゃんを魔界に連れ出したのかしら…? ううん、つばめちゃんの事だもん、きっと何としても自分の手で沖田くんを助けたかったんだ… なんて強い子なの…?」


 だとしてもつばめが捕獲されたという情報は、なぜかここ監視室には上がってきていない。地下牢への出入りは守衛が常時滞在しており、出入りの記録と報告は余さず上がってくるはずなのだ。

 モニターに映るつばめの顔は解像度が低くて細かくは判別出来ないものの、傷だらけでやつれており普通に虜囚として連れてこられた物の様に思える。


『つばめちゃんを助けないと… でもつばめちゃんを助けた後はどうするの? 今は沖田くんを他の女の子の近くに置きたくない。たとえそれがつばめちゃんでも…』


 親指の爪を噛みながら熟考する蘭。とりあえず不審な点が多い事と、つばめの確保並びにつばめと沖田を隔離させる為に地下牢へと足を運んだ。


 ☆


「守衛がいない…? そんなバカな……」


 蘭は地下牢への通路を関所の様に封じている無人の守衛室を見つめながらいぶかしむ。

 守衛室に入り不在の理由、或いはその手掛かりを求めて部屋を調べる蘭。


 そこで何も無い所で足を引っ掛けて転びかけてしまう。蘭が躓きかけた、それはアグエラに射殺され御影の魔法で床や壁に見せかけて偽装隠蔽された守衛魔族の死体であった。


「一体何が起きているの…? あのつばめちゃんは本当につばめちゃんなの…?」


 いきなり間近に首の無い死体を見てしまい、吐き気を催すも無理矢理意識をつばめと沖田の方へ切り替えて、死体が持っていた牢のマスターキーを手に取り蘭は通路の奥へと入っていった。


 ☆


「沖田くん、助けに来たよ! 無事で良かったぁ…」


 今の沖田の状況として『無事』と言えるかどうかは甚だ疑問であるが、つばめが最後に覚えているのは全身を骨折して四肢のあちこちが変な風に曲がっていた半死半生の沖田である。

 沖田にはところどころ暴行を受けたと見られる跡があるが、五体満足なだけでつばめには感激である。沖田の大怪我を自分の力で治したという自負も相俟って、つばめは鉄格子を掴んで号泣し始めた。


 逆に沖田としては傷だらけで看守に連行されているつばめの状況の方が余程深刻に思える。

 もちろんつばめの傷も看守の外見も御影の魔法なのだが、沖田には知る由もない。


「つばめちゃん… 助けに来てくれたのは嬉しいけど、君の方こそ捕まってるんじゃないの? それにその怪我、俺よりボロボロに見えるけど…?」


 沖田の心配する声につばめも『泣いている場合ではない』と気を取り直す。同じタイミングで御影が指をパチンと鳴らすと、つばめら3人の偽装が解ける。


「え…? 緑の魔法しょう… え? 男? 女…?」


 沖田と変態した御影は初対面である。御影の顔つきが掘りの深い濃い目の物である事、御影の髪型がベリーショートである事、そして御影の変態後の衣装がパンツルックである事等、沖田には目の前の『緑の魔法少女』を素直に少女と認識出来なかった。

 それを見て更に楽しそうに御影はケラケラと笑い出した。


「…あっと、そんな事してる場合じゃないんだよ。早く沖田くんを助けないと…」


 現状ほっこりシーンが許されるのは一瞬だけだ。沖田を見つけた以上、早急に奪還して睦美達の元に戻らなければならない。つばめの声に一同も緊張感を取り戻す。


 次の瞬間、沖田の入っている牢の鉄格子からカカカカカカという、ひとつひとつはとてもか細いが数百と重なった衝突音が鳴った。


「思ったより堅牢な格子ね… 私の短針銃ぶきじゃ相性が悪くて傷を付けるのがやっとみたい。鍵を見つける必要があるわね…」


 今まで会話に加わっていなかったアグエラがポツリと漏らした。


 ☆


 蘭が牢に辿り着いたのは、つばめ達の偽装が剥がれた頃であった。そして御影を確認した事で、蘭にもつばめ達の作戦が容易に察せられた。

 

 通路の影に潜んで話しを立ち聞く。別にこのまま「みんな久し振り、沖田くんを助けて帰ろう!」と彼らの前に出て行っても何の問題も無いのだが、何故か今の蘭にはその行動には強い抵抗感があった。


『嫌だ… つばめちゃんに沖田くんを渡したくない… 沖田くんはこのまま魔界で私と暮せば良いんだよ… つばめちゃんは沖田くんに振られたんでしょ? なんでしつこく魔界こんなところにまで追いかけてくるの? まるでたちの悪いストーカーじゃん…』


 もちろん蘭とてつばめの行動原理が純愛である事なぞ分かり切っている。それでも蘭個人の『女』の部分はそれを肯定出来ずにいた。


 アグエラの「鍵を見つける必要があるわね」の言葉に、思考スパイラルから引き戻される蘭。


『鍵は今私が持っている。これを渡せば沖田くんは元の世界に帰れる、と思う… 多分。でもこれを渡したら沖田くんが居なくなっちゃう、そんなの嫌だ… どうしよう…?』


 思考がまとまらないままグルグルと思い悩む蘭。だが状況は蘭に悩む時間を与えない。


「わぁっ、ビックリした…」


 珍しく御影の慌てた様子が目の前に現れて蘭も仰天する。尤も今の蘭はウマナミ改の姿の為に顔はバイザーで覆われており外からは表情は窺えない。


 そう、角で隠れていた蘭と鍵を探そうと移動した御影が鉢合わせしたのだ。

 そして慌てて混乱した蘭は更なる迷走を見せる事になる。


「オーッホッホ! 鍵ならこの私、ウマナミ改が持ってるわ! 欲しければ実力で奪う事ね!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る