第188話 さいかい

 さて、つばめ、御影、アグエラの潜入組であるが、現在つばめは体中ボロボロの傷だらけで後ろ手に縛られグッタリとした状態となり、魔族の兵士2名に挟まれて乱暴に連行されていた。


「オラ! きりきり歩け!」


 腕を縛られている状態でバランスを崩しながら、虚ろな目でよたよたとつばめは地下牢に向けて歩かされている……。


 ☆


「御影くんの魔法で魔族軍の内情に詳しいアグエラさんが変装して、敵から沖田くんの情報を聞き出す。そしてわたしがその場に向かい沖田くんを救出する… 完璧じゃないですか!」


 ギル軍とデムス軍とに分かれていたとは言え、同じ魔族連合軍としてアグエラは幹部として顔が知られている。しかもみだらな作戦専門部署のセクシー美女とくれば、魔族男子の中では『縁があれば俺も何かの間違いで気持ちいい思いが出来るかも知れない』との憧れを抱く輩も少なくは無い。


 幹部 (しかも美人)として顔が割れているアグエラが情報収集をしようとしてもアグエラのままでは支障が出るし、何より油小路ユニテソリに見つかったら一瞬で作戦が露見してしまい、沖田の救出どころか自分たちの脱出すらままならなくなるだろう。


 そこで御影の魔法を使い、アグエラと御影が兵士に変装し『捕虜にしたつばめ』を沖田の元に連行する、というていで作戦が行われる訳だ。

 

 沖田の元につばめを連行する理由は、沖田の状況によってアドリブで変えるしか無い。沖田が牢に囚われているのなら「同じ罪人」として牢に行けば良いし、沖田が客として歓待されているのであれば『客人への貢物』として持っていけば良いだろう。

 尤も魔族であるアグエラには、今の油小路が後者の選択をするとは到底考えられなかった。


 ☆


「うーん、服装はともかく顔まで傷だらけにするのはさすがに御影くんでも非道くないかな? これじゃあせっかく沖田くんと会えてもブスに見られちゃうよ…」


「…あのねつばめちゃん、状況分かってる? 遊びに来たんじゃないんだよ?」


 御影の魔法で『哀れな捕虜の容姿』に偽装されたつばめであったが、手鏡で自身を確認するもどうやらその出来栄えに納得がいかなかったらしい。


「心配しなくても私の魔法は速い動きをしたら解けてしまうから、彼に会えたらセルフで元に戻ればいいよ」


 この期に及んでお気楽な会話を楽しむつばめと御影に、アグエラは理解し難い物を見るような顔で佇んでいた。


 ☆


「やはりくだんの彼はこの城の地下牢に閉じ込められているみたい。まだ移送されて間もないから元気に釈放を求めて叫んでるみたいよ…」


 変装したアグエラが城の食堂で魔族らの噂話を仕入れて帰ってきた。

 

「こんな湿っぽい城の地下牢に… 沖田くん可哀想…」


 本来大豪院を魔界に誘き出す為の餌として沖田は拉致されている。その責任の幾ばくかを痛感しているつばめの胸は沖田に対する申し訳無さと、その沖田救出作戦が一歩前進した喜びで複雑な鼓動を奏でていた。


「地下牢っていうからには沖田君はここから下に居るんだよね? なら急ごう。睦美さん達がそろそろ騒ぎを起こしてくれるはずだからタイミングを合わせないと…」


 御影の発言に皆で頷き合い、新たな目的地へと足を向けた。


 ☆


 さて、地下牢のあるフロアまで降りてきたのは良いのだが、ここで新たな問題が発生した。


「新しい捕虜だと? そんな話は聞いてないぞ。しかも人間の女だと? 捕虜じゃなくて飼料エサの間違いじゃないのか?」


 魔王軍と言えども組織である。魔王トップであるギル本人は勝手きままな自由人でいる事が許されているが、下につく者達には各種機構を維持するためには綱紀粛正が必要であり、そうでなければ日々の糧食ですらも賄う事は不可能だ。


 捕虜の扱い一つ取っても左様であり、その捕虜の出自や階級によって細かく対応を変える必要がある。もちろん魔王軍をその様な組織に造ったのは他でもない発起人の油小路である。

 つばめ達は意外な場所で魔王軍のお役所体質に足止めを食らっていた。


「大体そいつは何処から入ってきたんだ? ちょっと待ってろ、今入場記録をかくに…」


 パシュッ

 

「ひっ!」


 眼の前でアグエラと会話をしていた魔族の男の首から上が突然音も無く吹き飛び、魂を失った体はそのまま後ろに倒れ込む。驚きの声はつばめの上げた物である。


「ごめんなさい、時間が無いの…」


 さも『仕方が無かった』かの様に言い捨てるアグエラ。つばめと御影は、アグエラが単にセクシー担当のお姉さんではなく、暗殺も難なくこなす情報工作員である事を再認識させらていた。


 ☆


「居た! 沖田くん! 良かった…」


 地下牢は20程の独房が前後向かい合って並んでいる構造で、各房に金属製の格子が獄卒と罪人とを隔てる壁として存在していた。

 今の沖田は油小路にとって重要な人物ではない。その為か侵入者に対する隠蔽工作も無く、雑に独房に放置されていた。


 通路内は薄暗くはあるものの、顔の判別が付かない程ではない。つばめは沖田の独房に向けて脇目も振らず駆けて行った。


「つばめちゃん…? 一体全体…?」


 久し振りに聞く沖田の声。つばめが最後に聞いたのはウタマロんとの衝突で全身骨折し、苦悶の呻きしか出来なかった沖田の苦しげな声だ。


 今、目の前の沖田は一見大きな怪我も無く、とても元気そうに見える。それだけでつばめの目には大粒の涙が溢れ出て、しばらく止まる事は無かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る