第30話
夕食が終わった頃合いで、ちょうど親同士の電話も終わった。
「玲奈。これからなんだが」
「何?」
俺が台所で食器を洗っていると、霧島がお父さんから呼ばれた。霧島は机を拭いていた台拭きを置いて、リビングの方に向かう。
「ああ。僕はこれから色々と忙しくなるから、多分も顔を合わせることはしばらく無理になると思う。連絡を返すことは出来ると思うけどね。
後、玲奈が住む場所を今探している。1週間もしないうちに手配できると思うから、一応荷物はまとめておいてくれ。それと、元々の家にあるものは、一緒に取りに行こう。万が一の場合もあるしな」
「分かった」
「それと、倉田君にもお願いしたいことがあるんだが」
おっと。俺もお呼ばれしたようだ。いったん作業を止めて、俺もリビングに向かう。
「今まで、玲奈の面倒を見てくれてありがとう。いや、今までにはならないんだけどね。
まぁ見ての通りの状況だから、出来る限り玲奈のことを守ってほしい。わがままなお願いだとはわかっているけれども、どうかお願いしたい」
「それは構いませんけど。ただ、早くあなたのお兄さんと霧島の義理のお兄さんから、危害が加えられないようにしてほしいですね。俺としても、常に霧島に付き添えるわけでもありませんから、その隙を…という結末は嫌ですし」
「それは十分承知している。僕の方でも出来る限りのことはするつもりだ」
「別に、無理はしなくていいからね。これは私たちの問題なんだから」
霧島がすかさずフォローを入れてくる。そう言ってくれることに、ありがたいと思う一方、なぜだか疎外感を覚える。
そう思っている自分を不思議に思うが、残念ながらその説明は出来なかった。
「それじゃあ、僕はこの辺でお暇させてもらうよ。家が確保出来次第、玲奈には連絡を入れるから。じゃあ」
お父さんは、隅に置いてあった鞄を持って、ソファーを立つ。
一応お見送りをと思い、俺たちも玄関へと向かった。
「じゃあ、これで」
「お気をつけて」
「連絡早くしてね」
お父さんは、ドアを開けて外に出た後、手を振った。見た目が見た目なだけに、意外な行動だった。
少しした後、外から威勢のいいエンジン音が聞こえてきた。どうやら大型バイクに乗ってきたようである。これについてはなんだかイメージ通りな気がする。
お父さんが帰った後、俺は途中だった食器洗いを再開する。残りわずかだったので、じきに終わりそうだ。
「浩司」
「ん?どうした?」
霧島が、わざわざキッチンまでやってきた。まだ話すことがあったのか。
「お父さんはあんなふうに言ってたけど、私、本当は一人暮らししたくない。またいつ襲われるかって思うと、余計にね」
やはり、霧島も納得していなかったようだ。
「なら、それをお父さんに伝えればよかったんじゃ」
「そんなことできないよ!もし言ったら、絶対転校だもの」
霧島は語気を荒げてそう言った。霧島がこんなに荒げた声を出すのは、公園の時以来かもしれない。
「...ごめんね。急に。でも、元々お父さんは、転校させる気だったと思うの。それに、私があんまり交友関係を築けていないのも、どうやら知っていたようだし」
「なら、なんでそうしなかったの?」
「...言いたくない」
ん?なにかやましい
「まぁ恥ずかしいなら言わなくてもいいけどな。でもまいったな。お父さんとの話が決着している以上、覆すってわけにもな」
「居させてくれないの?」
悲しげな表情でこちらを見てくる霧島(美少女)。その破壊力には、どうあがいても逆らえないのであった。こちらとしても、霧島と一緒に過ごせるのはありがたいことなんだけどな。
「あー。分かった分かった。心ゆくまでお過ごしください」
「いや、そんなにいやそうにするんだったら、別にいいけど」
「むしろ居てくれ。お願いします」
なんか、煽られた気分になった俺は、やけくそ気味になって反論した。のだが、また霧島の顔が赤く染まる。
「なぁ、今日の霧島はなんだかおかしくないか。疲れてるなら、早く寝た方が良いぞ」
「分からず屋の浩司は変わらないね。お風呂入ってくる」
不機嫌そうな足音を立てながら、霧島は風呂場へと行ってしまった。霧島を怒らせる意図はなかったのだが、何か気に障ることでもやってしまったのかな。
それはさておき、霧島の不安を取り除くには、やはり一緒に暮らすしかないのか。下手に転居して、襲われたりするのは、俺も嫌だしな。
「はぁ」
水滴が落ちる音が響く。さっき鏡を見たときは、鏡に映る自分の顔は、ひどく疲弊しているように見えた。
もちろんその原因も分かっている。自分が恥ずかしがるあまりに、浩司の気を悪くしたからだ。
浩司は、私が一緒に生活することが嫌なのだろうか。さっきの言動からも、その疑いが強くなっていく。
「あれ...私、泣いてる」
自分の視界が涙でぼやける。そして、目から零れ落ちた涙は、そのまま水面へと落ちていった。
私は、自分が浩司のことが本当に好きなのであると、改めて実感した。でないと、泣くなんて事態にはなりえない。
それと同時に、もっとアピールしていかなければならないと思った。今の私は、ただ見捨てておけなかったから拾われた存在にすぎない。つまるところ、道端に捨ててあった野良猫のような状態だ。
だからこそ、一人の女として意識してもらいたい。自分の体を見ても、周りに劣っているわけでもない。むしろ、クラスの男子からはちょくちょく告白されるほどだ。
「よし」
私はその決意を胸に、湯船から上がった。
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