第29話
「とりあえず、今後どうするつもりですか?俺としても、自分の身をずっと狙われるのは勘弁願いたいんですけど」
いくら霧島を守るためとはいえ、一度殺されかけている。過去に入院もしているんだし、これ以上家族にも迷惑はかけたくない。
「もちろん、倉田君に迷惑をかけるつもりは毛頭ない。心苦しいが、僕は会社を売ることをもう決めたよ」
「え?なんで?」
ここに、霧島が反応する。仮にも、苦心して築き上げてきた会社なのだ。簡単に手放すという発言には俺も驚いた。
「正直言って、このまま会社を運営するのは、僕らにとって
だから、僕は別の大手企業に売ることにしたんだ。僕の知り合いに幸い
それに、その企業と家で展開している事業の相性も悪くはない。詳しくは社外秘のこともあるから言えないんだけど、南井側に売るより絶対にこっちの方がましだね」
「それでも、お父さんはどうするの?まさかまた姿をくらます気?」
霧島は寂しかったことは、ずっと見てきているからわかっている。俺は霧島に寄り添うことは出来ても、肉親として振る舞うことは出来ない。今、霧島の唯一の親がお父さんっていうのは本人も分かっているはずだ。
「...正直言って、僕は日本に居れるのか危惧しているんだ。大企業から目を付けられることになるだろうから、国内で事業を興すのが難しくなるはずだ。ひとまず、1年ほどは件の売却先に顧問みたいな形で事業の引継ぎとかをする予定だけど、その後は決めていない。
それはそうと、玲奈。お前はどうしたい。俺は出来ることはやるつもりなんだが」
「私は、今まで通りの暮らしを続けて、高校にきちんと通って、大学に進みたい」
「...分かった。けど、また襲われる可能性も考えて、転校した方が良いと思うんだが」
「え...私、転校はいやだ。浩司にも恩返ししてないし」
んー。なんで寄りにもよってお父さんの前で名前呼びするかなぁ。現にお父さんの表情が変わってるし。
「玲奈がそう言うなら分かった。そういう話なら、別に家を探すか。倉田君には迷惑かけられないしね」
「そ、そうだね。分かった。お願い」
「倉田君も今までありがとう。そういえば、倉田君の親御さんにもお礼を言わないとな。ところで、親御さんはどこへ」
うーん。これは説明すべきなのかなぁ。今お父さんに疑惑をかけられてそうな上に、親不在で暮らしてましたなんて言ったら、いよいよもってまずい事態になりそう。
「えーと。父は今出張中でして。母はちょっと」
「まずいことを聞いてしまったね。すまない。それならば、お父さんに電話をつなげてもらえないかな」
「まぁそれなら」
海外出張してる今、ネット通話の方が安上がり。そう判断して、手元のスマホで某SNSアプリで電話をかける。
「あーもしもし。ちょっと話したいことがあるんだけど」
俺は丁寧に事の経緯を父さんに説明する。父さんは俺の話を聞いていくうちに、口数が減っていった。
「なるほど。大方のことは分かった。お前が刺されたっていうのも、霧島さんを守るためだったなら、大いに結構。それと、食費とかもお前のポケットマネーで支払っているまら、俺からも言うこともない。別に一線を越えたわけでもないんだろう?」
「それはもちろん。いや、霧島さんのお父さんが、今家にいらっしゃって、話がしたいということだったから」
「分かった。なら変わってくれ」
そういうことなので、俺はスマホをお父さんに手渡す。
「あ、スマホどうぞ。父につながってますので」
「ありがとう」
やはり大人だからか、なんだか礼儀正しい電話が始まった。まぁ初対面の人だから当たり前か。
すると、霧島のお腹がかわいらしい音で鳴った。
「ち、ちがっ!これは決して」
「お腹すいたもんな。ごはん食べるか」
あくまで俺はお腹が鳴ったことには触れない。さすがにそれを指摘するのは、デリカシーがなさすぎるからな。
ところで、お父さんはご飯を食べてきたのだろうか。さすがに、お客様の目の前でご飯を食べるわけにもいかない。
「いいよいいよ。お父さんが、『飯を食べてから行くので、少し時間がかかる』って言ってたから」
「ふーん。ならいただくとするか」
俺はキッチンに向かい、冷めてしまったカレーの鍋を再び火にかける。それと同時に、ご飯を炊飯器から器によそう。ごはんの方は、炊飯器の保温機能でまだ温かい。
「あ、私サラダ用意するね」
傍から見たら、阿吽の呼吸で動いているこの風景をどう評価するのか。まぁ自明の理ではあるのだが。
「じゃ、食べるか」
「そうだね。いただきます」
今日は、ずいぶんと遅い晩ご飯になった。
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