第28話

「え...ということは、浩司を襲ったのも」

「多分、兄だろうね。どうせ検察側が証拠不十分かなんかで釈放してると思う」

「そんなの許せない。浩司があんなに身を挺して私のことを守ってくれたのに」


霧島の怒りがひしひしと伝わってくる。俺のことでこんなに怒ってくれるのはありがたいが、掴んでいる服が破れそうな勢いなんですが。


「話を戻すんだが、クビになった僕が起業したのが、今の会社っていうわけ」

「会社って易々と立てられるものなんですかね」


日本で起業するハードルは、海外に比べて高いとよく聞く。しかも、クビを切られた後なんて、資金面的にも不安定でリスキーだろう。


「まぁ貯金は大分たまっていたからね。兄みたいに浪費してもなかったし。ただ、いくつかの株は手放すことになったけど。

起業してから事業が安定するまでは、大分時間が掛かっちゃったけどね」


ひょうひょうとしている風に見えるが、相当苦労されたのだろう。しかしながら、会社をクビになったら、俺であれば転職の方法を模索すると思うのだが、そこで起業するというのは、すごいチャレンジ精神だと思う。


「お母さんはそれに賛同してたの?」

「ああ。というか、美玲が居なかったら僕は倒れていただろうな。どんなときでも美玲は僕のことを支えてくれたよ。でも、僕のせいで体を悪くしてな。すまんな」

「お父さんが謝ることじゃないよ。私がこうやって生きていけるのは、お父さんのおかげなんだから」


こういう姿を見ると、二人の顔はあまり似通っていないが、親子なんだなぁと実感する。


「けど美玲が死んだときから、僕も立ち直れなくなってな。ものの見事に経営が悪化したね。もともと、僕が一番最初に参入した事業が、いわゆる"斜陽産業"だったのもあるかもな」

「自分の予想として、この会社はIT産業だと思うんですけど、ITっていま衰退しているのですか?」

「全くその通りで、僕の会社はIT関連の会社だ。IT業界って言ってもいろんな分野があるし、激動の業界だからね。

それで、経営が悪化して思い悩んでいるところに、実家の人間が来たんだ。家に戻ってこないかってね」

「え?絶縁してるんじゃなかったの?」

「そうだったはずなんだがな。でも、そんなうまい話もなかったよ」


お父さんは落胆したような表情で話す。


「ひとまず、僕の会社の筆頭株主に南井がなって、南井グループの関連会社になったよ。本当は、拒否したかったんだ。憎き実家になぜ身売りしないといけないのかって当時も自問自答を繰り返したよ。

でも、僕には守るべきものがあった。確かに家族も守らないといけないが、それ以上に従業員、いや部下たちを路頭に迷わすわけにはいかなかったから。


その代わりに経営陣に、確か南井商社だったかな。そこからの出向が加わってね。まぁずいぶんとやりにくくなったよ。それに、うちの事業の一部は吸収されたしね」

「もしかして、無条件で事業譲渡したんですか?」


実家に貸しがある状況なら、そんなシチュエーションも十分考えられる。まぁ半分脅し見たいなものだろうが。


「まさか。もともと自社株は、僕が3分の2保有していたんだけど、それを南井側に譲渡したわけ。だから譲渡した分を返却してもらったよ」

「でもそうなると、南井側にはメリットがないのでは?」

「そ。で次に要求してきたのが、"南井"の文字を社名に入れろと。つまり、南井グループの会社になれと言ってきたわけだ」


事実上の吸収みたいなものなのか...?そこまでして技術が欲しかったのか。


「そんなことをしたら、それこそ会社を売ったようなものだ。これに関しては俺も強く拒んだ。南井側に何回も考え直してくれと直談判もしに行った。でも、兄は強引に事を進めてきたんだ」

「そんなにお父さんの会社は、南井側にとって魅力的だったんですか?」

「いや、多分僕への嫌がらせとかじゃないかな。兄は僕とずっと比較されてきた。こう言うのもあれなんだが、鬱憤がたまっているだろうし、そのせいで非行も繰り返していたのかもな」


こう話すお父さんは、どこか悲しそうな表情をしていた。自分は被害を被っているのに、相手のことを心配できるのは、血がつながっているからなのだろうか。

自分にも妹が居るが、兄弟も全部が全部良いというわけではないというのは、百も承知だ。


「それで、僕は心身共に疲労してしまい、家にも帰らなくなった。そのせいで玲奈をずっと一人にさせてしまった。しかも、美玲という存在があるにも関わらず、僕は別の女に手を出してしまう始末。すまん」

「完全に許せるわけではないけど、こうやってちゃんと理由わけを話してくれてよかった。でも、再婚したのは一生忘れないから」


霧島にとって、お母さんという存在は唯一無二の存在だ。それは、今までの振る舞いからも察することが出来る。それをぶち壊されたら、たまったもんじゃない。


「本当にすまない。許してくれ」


お父さんは、霧島に対して頭を下げ続けている。


「とりあえず話を続けて」

「...分かった。

まぁ苦労はあったけども、何とか今日まで吸収される状態を回避し続けてきた。しかし、最近南井商社の業績が悪化してきていることもあって、幹部の僕の兄もなりふり構わずなってきた。一方の僕の会社は、新事業を展開して、絶好調だったんだ。経常利益も15億ぐらいでね。

それで、兄は僕を脅す方向にしたんだ。で、最初は再婚相手を目標にしたんだが、そもそも俺との関係は瓦解していて、無意味だったんだ。

そして次なる一手として、玲奈を狙った。本当に訳が分からないと僕は思っているのだが、実際問題それで事件を起こしたのも事実だ。だから、玲奈を救ってくれた倉田君、君には本当に感謝しているよ。改めてありがとう」

「いや、まぁ構いませんけども」


そう言いながら、俺はその"お父さんの兄"に苛立ちをものすごく覚えた。妻子に手を出すとか、どんな神経をしているのだろうか。


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