第27話

「倉田君は、南井グループって知っていますか」


南井グループというと、日本有数の大企業だ。自動車産業や銀行とか、まぁ幅広い事業を展開している旧財閥系のグループということは知っている。


「まぁ名前ぐらいなら存じ上げてますけども」

「そうですか。このグループって昔は財閥でしてね、そこの創業者一族の跡継ぎだったんですよ、僕」

「え?そんなこと私知らない」


この衝撃の発言に、隣に座っていた霧島は驚きの声を上げる。逆に、俺は社長ならそういう家系なのも当たり前じゃね?と思ったのだが。


「ごめん、玲奈。お前には今まで隠してたんだ。僕と美玲の過去をね」

「どうして?別に隠す理由がないと思うのに」


確かにそれはそうだ。むしろ高い身分に居るのならば、それなりの教育を受けさせるはずなのだが。


「確かにそうだな。でも言えなかった。実はな、お前の母さんと僕は駆け落ちしたんだ」


衝撃の事実に霧島と俺は、開いた口が塞がらない。一見まじめに見える人なのに。


「僕はまぁ裕福な家系だったんで、親から色々と強制されてきたんですよ。でも、僕はそれが嫌だった。普通の人から見たら僕の環境は羨ましいはずなんだけど、僕は耐えられなかった。

ちなみに高校は地元の高校に行っていましてね、そこで美玲と出会ったんだ。もともと高校も親の反対を押し切って、公立高校に入ったんですよ。幸い、偏差値的には親が進めてきた私立よりも高かったんで良かったんですけどね」

「なんでお父さんは駆け落ちしたの?別に普通に結婚すればよかったじゃん」


今の話を聞く限り、俺も駆け落ちする理由が分からない。結婚の相手は親が口出しするなんて、そんな時代錯誤なことはないだろう。


「僕もできればそうしたかったさ。ああ、それで美玲と同じ大学に入れた僕は、確か3回生の時に付き合い始めたんだ。その時は親に隠しながらだったけどね。

で、家のコネで僕は南井商事に入ったんだ。これこそ、まさに親の七光りと言うんだろうね。創業者一族っていうだけで、僕は簡単に昇進したよ。思えば楽だった」


ここで、霧島が席を立つ。


「飲み物要る?」

「ああ、ぜひ」


確かに、これだけ喋っていたら喉も乾いてくるだろう。そもそも、客が来た時にそういった類の者はお出しするのがマナーだ。


「すみませんね、先にお出ししていなくて」

「構いませんよ。そもそも直前になって連絡を入れた僕の方も、いささか非常識ですしね」


そんなことを言っていると、霧島がお茶の入ったコップをお盆に乗せて戻ってきた。


「そういえば玲奈は、ここの暮らしは楽しいか?ああいや、決して倉田君のことを悪く言うつもりはないんだけどね」

「私はむしろここの方が良い。前の家はさびしい」

「...そうか。お前の意思は分かった」


霧島のお父さんはなんだか悩むようなしぐさを見せる。何について悩んでいるのかは分からないが。


「とりあえず話を戻そう。僕は美玲との関係をようやく親に打ち明けたんだ。確か25、6才のときかな。そうしたら、親から猛反発を受けたんだ。どうやら、政略結婚させるつもりだっだったようでね」

「今って、個人の意思とかが尊重される時代ですよね」


『個人の~』という文言をよく耳にする時代だ。10~20年前でもそんなに変わらないだろう。霧島のお父さんは、少し呆れたような表情で話を続ける。


「まぁお家柄もあっただろう。それに僕は次男だったし、兄さんがすでに跡継ぎになるはずだったんだ。

でも、親父はそれをよしとしなかった。実際に、僕を後継者に選んできたしね。僕をまぁこれは兄さんと僕が年が離れていたせいで知らなかったんだが、兄さんの素行はあまりよくなかったようでね」

「え、お父さんって兄弟が居たの。知らなかった」


霧島が再び驚きの声を出す。なぜ今まで自分の娘にこの話をしなかったのか。より一層謎が深まるばかりだ。


「言わなかった理由は、僕のようになってほしくなかったからだね。親と大喧嘩した僕は、そのまま家を出たんだ。幸い資金はあったから、生活を当分しのげそうと思ったんだけど、僕の勤め先もクビになったんだ。まぁ当然と言えば当然だね」


家を勘当されたら、家が代々やってきた会社もクビになるのも当然のこととは思うが、仮にも幹部クラスの人間をそう易々と首にできるのも、社会の闇を垣間見える気がする。


「それって、管理職クラスの人間を簡単に切ったということですか。さすがですね」

「まぁ...兄さんは僕のことが嫌いだったようで、簡単に解雇通知書をよこしてきたよ。娘の前で、こんな話を言うのはダメなのかもしれないけど、僕の兄さんは何度も警察のお世話になってたんだよ。しかも、そのたびに権力で握りつぶすっていう極悪非道の所業でな」


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