第20話

ソファーに腰かけた霧島だが、未だに震えが止まっていなかった。

そんな状況で話をするというのは、彼女にとってすごくつらいことだろう。


「実は、あの人ね、私の義理の兄なんだよ」


霧島から告げられた事実に、俺は言葉を発することが出来なかった。


「今年の三月ぐらいにお父さんが再婚したんだよ。前言ったか。お父さんはお母さんのことを愛してると思ってたんだけどなぁ」

「えっと。霧島のお母さんは...」

「十年ぐらい前に死んじゃったんだ。元々身体が弱かったみたいなの。私が小学生になりたて時ぐらいから、本格的に入院しちゃってね」


だから、「お母さんがいない辛さが…」という話になるわけか。あの時の霧島の表情はマジで追い詰められていたな。お母さんが亡くなった辛さが爆発した結果ということか。


「それで、お父さんは再婚した時ぐらいから家に帰ってこなくなったし、義理のお母さんは、どうも私のことを毛嫌いしてるようだし。...私何かしたのかな」

「それでなんで襲われるハメになったんだ?別に霧島はなんも悪いことしてないんだろ?」


もしも義理の娘が気に入らなかったとしても、息子を使ってまで霧島を襲わせる理由が分からない。もしくは、義兄単独でやっているのか。


「私も分からない。そもそも、ほとんどしゃべることもなかったし。ていうかね、色々といじめられてたし」

「な、それって虐待じゃないか」

「世間的に見ればそうかもね」


そうすると霧島は突然むせび泣き始めた。


「お母さん、家、守れなかったよ...目の前のことから逃げちゃった」


霧島の壮絶な過去を聞いてしまうと、同情せずにはいられなくなる。そうして、俺がとった行動は、


「ありがとう...やっぱ優しいね。倉田君は」


霧島の言うことには特に口出ししないで、静かに抱きしめることだ。これが霧島に対して正しいことかどうかは分からないが、昔、妹にやった行動だ。

俺の胸に抱きつくように泣く霧島を片目に、俺は携帯を取った。



俺が電話した相手は、先月お世話になった刑事さんだ。もうあの男も立ち去っていることだろうし、何よりあの男は再犯だ。いくら霧島の家族だからといって、俺に危害が及ぶのはもうごめんだ。

電話した結果は、一度刑事さんがこっちの家に来て、事情聴取をするそうだ。もう5時で本来ならば夕食の準備をしたいところだが、仕方がない。俺のためにも、霧島のためにも再発を防止しないと。





「とりあえず、ご飯作るぞ。待っててくれ」


刑事さんによる事情聴取が終わったのは、夜の8時ころだった。夕食の用意をしていなかった俺は、時短で出来る料理を作るために、冷蔵庫の中を確認する。

それにしても、あの男がなぜ街中を歩けていたのかは、刑事さんからは聞くことは出来なかった。何度も理由を聞いたのだが、


「守秘義務があるので答えられない」


これの一点張りだ。こちらはナイフで刺されて危うく死にかけてるっていうのに、この対応である。警察の不甲斐なさには本当に血管が切れそうになった。しかも、男が再び拘束されたのかさえ分からない。そうなると、またいつ男が襲ってくるかも分からない。もしかしたら、復讐をしてくる可能性もある。

これは、対応策を考えないといけないよな。次は、お仲間を引き連れてきたり、より致死性の高い武器を持ってくる可能性もある。

刑事さんが言うには、一応、ここら辺のパトロールをするよう手配してみるとのことだが、何せここら辺はこじんまりとした住宅街だ。人通りが少ないこの付近が常に危険であることは変わりない。特に、霧島とかは女子であるために、余計に危険だろう。



「霧島~、出来たぞ~」


俺の時短料理の代表作は、炒飯である。10分もあれば作れるこの料理は、中華料理界の「うまい、安い、早い」の牛丼と同じようなポジションだろう。知らんけど。

しかしながら、今日の霧島はかなり元気がない。まぁ無理もないのだろう。


「いただきます」


いつもの「おいしい!」という言葉もなく、リビングが静まり返るこの光景は、なんだか切ない。


「大丈夫か?」

「う、うん」


明らかに大丈夫じゃない反応をする霧島。励ましてあげるのが普通だろうが、だからと言ってかける言葉も見当たらない。現国の成績は悪くないはずなのに。

自身のコミュニケーションの下手さに呆れながらも、黙々とご飯を食べるのであった。





俺は様々な家事をした後に、勉強を黙々とリビングでこなしていた。やっているのは地理の暗記。社会科は基本暗記なので、コツコツやることにしている。テスト前には数学とかの勉強をしたいので、こういう暗記科目は日ごろからやって、テスト前には最小限の復習で済ませなければならない。


「倉田君」

「ん?」


突然、霧島から声をかけられた。背後を向くと、霧島の格好はすでに寝巻になっている。お風呂上がりなので、ストレートのロングヘアーがいつもより輝いて見える。


「その、今日は一緒に寝てくれない?」

「別にかまわ...え?」


霧島からの誘いは、男子高校生にはあまりにも刺激的すぎる内容だった。

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