第16話

2階に上がってきた俺は、自室の扉の前に来ていた。今、ここでは霧島が寝ているはずだ。

一応ノックをして部屋の中に入ろうと思う。多分寝ていて気付かないとは思うが一応の配慮だ。

ゆっくりと扉を開け、暗闇の中で携帯の灯りを頼りに充電器を回収しようと思ったのだが。


「お、お母さん…行かないで。お願い…」


霧島がすすり泣いているような声が聞こえてきた。ちらっとスマホの灯りをベッドの方に向けると、布団にくるまりながら枕に抱きついていながら寝ている霧島の姿があった。


何故泣いているのだろう。悲しい夢でも見ているのだろうか。それとも、以前からこうだったのか。詳しい理由は聞かないことにはわからないが、霧島を公園で見かけたときにもそうだが、彼女の家庭環境の闇が少し垣間見える。

だが霧島は表では明るく振るまっていて、彼女は無理をしていないのだろうか。いつか、精神が崩壊とかはしないだろうか。とても心配だ。


俺は、霧島のことを今後も気にしてやろうなどと思いながら、部屋を後にした。




「おはよ~」

「おはよう」


翌朝。無事携帯のアラームもなり、9時には目を覚ますことが出来た。


「あ、そろそろ買い出し行かなくちゃな」


朝ご飯を作ろうと冷蔵庫の中を覗いていると、具材が少なくなってきていた。別に金銭面では不自由していないが、霧島の分まで食事を賄うのは、普通に考えて消費量が二倍になるということなので、買い出しのペースも早くなってしまう。


「ねぇ。その買い出しついていっていいかな?というかさせてください」

「なんで?食べたいものでもある?」

「いや、こんなに泊めてくれてご飯も作ってくれてるんだよ?恩返ししないとだし、食費もね」


あぁ。確かに引け目を感じるよな。多分俺もそうなる。だが、昨夜(正確には今日だけど)の様子を見てしまうと、別にそんなことどうでもよくなってしまう。


「構わないよ。霧島には勉強とか手伝ってもらってるし、金銭面とかは不自由ないし」

「食費が2倍を賄えるほどお小遣いもらってるの?...いいなぁ」

「いや、さすがに自分でも稼いでいるよ。バイトは禁止だから別の手段でね」


あ、これ言って良かったのかな。まぁ、大丈夫か。霧島が言いふらすような性格とは思えないし。


「この年で稼いでいるのすごいね。いや、居候させてもらってる身分でおこがましいかな」

「ま、まぁ気にしないで。じゃあ、買い出しはお昼前に行こうか」

「うん。いいよ」


買い出しの予定も決まったところで、早速勉強に取り掛かる。GW中はずっと霧島に勉強を見てもらっている。とてもありがたい。霧島の教え方は分かりやすいし、将来教職も向いていると思う。



「で、今日何食べたい?」


俺と霧島は駅前のショッピングモールに来ていた。何故かは知らないが、霧島はおしゃれというより、おしとやかな服に着替えていた。いつ持ってきたんだその服。いつもとは雰囲気もがらりと変わって、かなり可愛い。

対する俺は、いっつものジャージ。外に行くための服なんぞ持ってない。おいそこ、陰キャとか言うな。


「ねぇねぇ。今日は私が晩ご飯作っていい?」

「え、いやまぁ別に作ってくれるなら」


霧島の手料理ね…クラス中にバレませんように。あ、そもそもはたから見たら同居しているのにもう遅いか。別に霧島が俺に惚れ込んでいるわけでもないし、俺だけが悶々とする日々を過ごしているだけなんですけどね。

ただ、霧島のあの様子が見ていられなかっただけの話。本当にそれだけだ。


「確か、お昼は炒飯作ってくれるんだよね。なら夜はハンバーグでも作ろっかな」


そう言いながら、カゴにひき肉や玉ねぎを投入していく霧島。実を言うとハンバーグとかはあまり作らない。素直に面倒くさいのだ。よく食べる炒飯とかは具材をフライパンに投入して炒めるだけだが、ハンバーグとかになると、玉ねぎを炒めて粗熱を取り、それとひき肉を混ぜ合わせて成型して…と、何かと手順を踏む必要がある。


「ナツメグとかある?」

「あ~、多分ある」


結局、今週半分ぐらいの食材を買ったので、かなりの量を買い込んでしまった。



ポカポカとした陽気の中、二人で家へと帰っていたのだが。


「ん?」


霧島が突如背中に抱きついてきた。突然の行動に俺も戸惑いを隠せず、ちらっと後ろを振り向くと、霧島の表情が恐怖に染まっていた。


「どうした?」

「ご、ごめんね倉田君。少し隠れさして」

「え、まぁ」


何だろうか。そう思い周りを見渡してみる。ここは駅の近くでもあり、それなりに人がいるし、そんな怖がるようなものは無いと思う。


「大丈夫か」

「う、うん。もう大丈夫」


霧島の行動に疑念を抱きつつ、俺たちは家へ帰ることにした。



―俺はその背後を誰かが付けているとは知る由もなかった。

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