第3話

俺はいつもの席に着いて、授業を受ける準備をする。


「おお浩司!久しぶり!」

「ああ。久しぶりだな」


席に座って何らかの勉強をしていた星野がいつも威勢のいい声で話しかけてきた。相変わらず元気がいいようだ。


「お前、この3週間何やってたんだ?」

「えっと。まぁいろいろありました...」


机の上に鞄を置いて、椅子に座る。そしてジャケットを脱いで鞄の中の水筒を一口飲む。入院中の面会は家族だけだったため、星野とは久方ぶりである。しかも、連絡も取っていなかった。


「とりあえず休んでた時のノートを見せてあげるけど、その前に何があったか話してくれるよな?」


星野の有無を言わせぬ表情に俺は屈し、事の顛末を話し始める。




「お前にそんな甲斐性あったのか。意外だわ。でもまぁ無事だったんなら良かったよ」

「あのなぁ...一応俺の右肩に包丁がグサッと刺さってるんだよ。お前包丁に刺されたことないだろ?地獄のような痛さだったぞ」

「それはまぁ、心中お察ししますよ。でもなんでお前が身を挺して助けたんだ?そんなに可愛い女だったか?」

「なんで女に限定するんですかねぇ。まぁ可愛かったけども」


そんなことを思い出していると、助けたのが同じ学校の女子生徒であったことを思い出す。でもまぁ謝礼とかを要求するつもりもない。なんかかっこ悪い。ので、記憶を頭の片隅に追いやる。


「ま、元気になってよかったよ。そういえば、今日は席替えの日だったな」

「席替えね。まぁお前とまた近くになれることを願っとくさ。話す相手的にな」

「そんな風に言われるとなんか複雑なんだが。とりあえずほら、ノート写しとけ」

「あざす」





「じゃあホームルーム始めるぞー」


中年の担任が眠そうに教室に入ってきた。眠そうというかダルそうなのはいつものことだが。

俺は一旦ノートを閉じて、机の中にしまう。


教卓で持っていた出席簿を付け終わった担任がいつもの若干汚い字でチョークを持つ。


「今日は席替えをするぞ~」


そう言いながら、黒板に座席表を書いていく。さて、どのような形式で席替えをするのだろうか。

ちなみに、去年は担任が席順を作る方式だった。


「あ、ちなみに俺の方式は完全にランダムな。文句は勘弁してくれよ」


クラスの陽キャ共は「えー」と騒いでいる。彼らは仲のいいもの同士で固まりたいのだろうが、俺にはそんなこと関係ない。なぜならこのクラスに知り合いが皆無だからだ。


...なんだか自分で思っていて悲しくなってきた。だからといって陽キャムーブをしたいとも思わないけど。


「なら始めるぞ。スマホの乱数の順に書いていくから自分の席確認しておけよ~」


担任はスマホ片手に黒板にクラスの窓側から出席番号を書き始めた。番号を書くことにクラスの中は騒がしくなる。


お。早速俺の番号が書かれた。窓側だ。一番後ろではないが、陽キャらの喧騒に巻き込まれない場所なので良かっただろう。

後の席順は俺には星野ぐらいしか気にするヤツもいないので、放っておいてノートの続きを写すことにしよう。




「よし。これで以上だ。あー待て待て。もうすぐ一限目が始まるから、とりあえず今日は今まで通りの席順な。終礼のホームルームで席替えしよう。じゃ、挨拶」

「キリーツ」


担任がクラスの反発をよそに強引に話を切り上げる。

号令をする女委員長は大声でむりやり全員を立たす。俺も立たなければ。


「レーイ」


お辞儀をして席に座る。教室は席替えの話題で持ち切りだとは思うが、あまり興味はない。


「お!浩司。お前どこの席になった?」


星野がやってきた。いつも俺に話しかけてくれるのはありがたかったりする。


「俺は窓側の席だよ。教室の真ん中じゃなかったらどこでもいいけどな」

「窓側かぁ。お前居眠りすんなよ。」


星野が冗談を言ってくる。まぁ居眠りしたことはあるけどもさ。


「しねぇよ。お前はどこになった?」

「俺か?俺は後ろの方の左から2番目だ」


出席番号ががらりと変わったせいで、番号で書かれると見慣れないものがある。


「というかお前の隣、霧島じゃねぇか」

「霧島って誰だ?お前の友達か?」


そういうと、星野は唖然とした顔になる。はて、なんかまずいことでも言ったのだろうか。


「お前な...まぁ教えてやるけども、霧島 玲奈っていう天才が居るんだよ。おまけに顔面偏差値も高いし、スタイルもボンキュッボンだ」

「あっそう。けど隣になったからといって何かあるのか?」

「お前のその無関心さはもうわかってるけどさ。世の男子たちはそれが羨ましいんだよ。分かったか?」

「へいへい。あ、一限目って化学だろ?ノート返すわ」


星野のくだらないことを流す。別に好感度なんて隣になったぐらいで上がるわけもなかろうに。


「おけ。写せてないやつあったら言えよ。見せてやるからな」

「いつもありがとな」

「ならなんか奢れよ」

「それは勘弁してください」


とは言ったものの、星野にはいつも世話になってるし、たまにはなんか奢ってやるかな。

そんなことを考えながら化学の教材を鞄から出した。



◆ ◆ ◆


あっという間に1日は過ぎ、今日の授業が全部終わった。3週間というブランクは長く、黒板と過去のノートを見ながら必死に授業に食らいついた。一応この学校は文武両道を掲げる進学校(自称)なので、授業のペースは速い。

だからこそ、いろいろと勉強を教えてくれる星野には感謝だ。


まぁ、実際に言うとあいつは調子に乗るので、口には出さないでおく。


「お前ら、一回席に着け」


担任が「座れ座れ」と教卓らへんでたむろしている奴らに声をかける。

毎度思うが、なぜもまぁあんなに固まろうとするのだろうか。


「よし。挨拶はしなくていい。とりあえず朝言ってた席替えだ。自分の席分からないヤツ居るか?」


そう言って教室を見渡すが、該当する者はいない。というか席替えでウェイウェイ騒いでいる奴らが忘れるわけないだろ。


「いなさそうだな。なら鞄に荷物をまとめて、早速動いてくれ」


担任が両手を叩く。すると、一気に教室中が騒がしくなる。

俺には騒ぐ相手もいないので、静かに席を立って新しい席に向かう。特にすることもないので、小説を読むことにする。


———ガタッ


隣の席に誰か座ったようだ。星野が言っていた、霧島という人だろう。

ただ、俺から挨拶とかはしない。もし相手が挨拶してくるなら、適当に返す。もし俺をスルーしてくれるなら、なお良しだ。


「あ、あの」


声をかけてくるタイプか。それなら適当に返しておこう。

そう思い、相手の方を見ようと顔を上げた。


「「あ」」


3週間前に見たことのある顔だった。

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