第2話

通り魔は狂人じみた目つきでゆっくりと彼女に近づいていく。もちろん、その右手にはナイフが握られていた。


俺は、レジ袋の中の1.5Lペットボトルの真ん中あたりを右手で持ちながら、駆けていく。


「逃げて!!!」


俺は彼女に大声で叫ぶ。だが、その選択はさらに事態を悪化させることとなる。


「ふぇ?」

「なんだてめぇ!」


少女は素っ頓狂な声を出したのに対し、通り魔は俺の声を聞いてゆっくりとした歩みから一気に走り出す。そして、右手に左手を添えて胸のあたりで持っていたナイフを保持した。彼女との距離は20mもなかった。多分だが、彼女に気付かれたことで逃げられる事態を恐れたのだろう。


俺は彼女と通り魔の間に割って入り、通り魔の右手を掴もうとした。だが、対人格闘の術など知らない俺は見事に手を掴むことに失敗する。


「ぐっ!」


ナイフは俺の右肩に命中し、突き刺さる。だが、俺は痛みで意識を失ったりはせず、そのまま反撃に転じることが出来た。多分ではあるが、アドレナリンの分泌による『火事場の馬鹿力』的なものなのだろう。


俺は、犯行手段として男の1番の急所でもある、股間に対して膝蹴りをお見舞いする。


「ぐあ」


股間へダイレクトアタックされた通り魔は股間の激痛により、情けない声と共に後方によろめく。

その瞬間を狙って、俺は通り魔のみぞおちにペットボトルの頭の方で更に追撃をかける。


みぞおちへの突きは通り魔が股間の痛みで動きが鈍っていたこともあり、みぞおちに入ったという確かな感触を得た。

予想通り、通り魔はみぞおちに加えられた衝撃により呼吸困難に陥り、よろめいて転倒する。

俺は、右肩を刺したナイフを男から無理矢理奪う。通り魔は抵抗するのも無理なほど痛みにうごめいていた。


俺は辺りを見回すと、未だに足を震わせながら彼女はその場に居た。彼女に対して、俺は逃げるように促す。いつ犯人が復活して襲撃してくるかわからないからだ。


「早く逃げるんだ!」

「だ、大丈夫ですか?」

「俺は大丈夫だ。早くこの場から逃げろ!」


俺の切迫した表情を見て彼女は駆け足で去っていった。

それを確認した後、俺は投げる方向に人がいないことを確認して奪ったナイフを遠くの方に投げる。再び犯人がナイフをもって殺しにかかってくることも考えられるので、物理的にナイフを握らせないようにした。

そして、男をうつ向けにして逃げられないようにする。男の方は息も絶え絶えでみぞおちのペットボトルアタックが効いているようであった。



その後、道を通ったサラリーマンと思われる大人に肩の痛みに耐えながら事情を説明して、警察を呼んでもらった。すぐにパトカーがサイレンを鳴らしながらやってきて、そのまま通り魔を拘束した。

一方の俺はというと、救急車に乗せられて病院に搬送された。警察が来た時に緊張状態から解放されるた俺は、肩の痛みに耐えきれなくなり失神してしまった。


失神したことからもわかる通り、右肩の痛みは限界に達していた。今まで生きてきた中で最も地獄のような時間を過ごしたと言える。


現場には、返り血が付着したナイフと、ブックカバーの付いた小説、レジ袋に入ったペットボトルが転がっていた。




◆   ◆   ◆




事件から3週間後。右肩の刺傷もおおむね回復してきていた。幸い血管や神経などが傷ついていなかったのは良かったが、刺されたところは縫われることとなった。


警察署の人が来て事情聴取を受けたときに聞いたのだが、通り魔は殺人未遂と銃刀法違反で逮捕されたらしい。犯行の動機はずっと黙秘を続けているために分からないそうだ。

なお、俺の一連の行動はコンビニの防犯カメラに映っていたようだが、「正当防衛」がすぐに認められるわけではないそうだ。裁判官が状況証拠を見て客観的に判断するらしい。

まぁ法律のことはその道のプロの弁護士に任せるとしよう。



見まいに駆け付けた父からは、「お前が人の命を守ったのは父親として誇らしい」と俺を誉めたのに対して、母と共に遠くから駆け付けた妹からは「自分をもっと大切にしてほしい」といわれた。

この時の妹の表情は、とても悲しそうだった。この妹の表情は深く自分の心に刻まれた。




―――ガラガラ


病室の扉が開いた音がした。多分、担当の先生か、看護師の人だろう。


「倉田君、ご機嫌はいかが?」


やってきたのは、俺の担当医の人だった。屈強な外見をしている割に、内面は意外と優しい人で、人は見かけによらないことを改めて認識した。


「あ、どうも。おかげさまで大分痛みを引いてきましたよ」

「それは良かった。まぁ、災難だったとは思うけど、元気になっている姿を見れるのは冥利に尽きるよ」

「ところで先生、退院っていつ頃になるんですかね」

「う~ん。まぁ明日か明後日ぐらいにできそうだね。お宅でお風呂とかに入るときとかは不便でしょうけども。あと、過激な運動は控えるようにお願いしますね」

「ありがとうございます」


自分の病室で担当医の先生はそう説明した。実際問題、最近は肩の痛みも引いてきていた。

2日後には刃渡り15cmほどのナイフを受けた肩の傷も塞がってきて、日常生活に支障がないと判断された俺は病院を退院することになり、3週間ぶりに登校することとなった。


久しぶりの教室の喧騒が聞こえてくる中、俺は静かに教室の中へ入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る