繋がりの章
1.悪さ
少し猫背の男の人が、暗い路地を歩いています。まるでひな鳥のように、少女がその後ろをついて歩いています。
男の人は犯罪者。少女は貴族の娘のレプリカ。真面目に犯罪を取り締まる者も、ただ臓器のために生み出されるレプリカ制度を廃止する者も、ここにはいません。人権などあってないような街で、二人の人間は縦に並んで歩いていました。
男の人はパーカーのフードを目深に被り、あたりをねめつけています。後ろの少女の姿に気づいてはいても、無視を決め込んでいます。少女も少女で、全く相手にされずとも、何の感情も見せない表情で、ただ後ろを歩いています。
男の人は路地から出て、貧困街の市場にその身を滑り込ませました。がいがいわやわやと騒々しい市場では、男の人の姿なんてあっという間に溶け込んでしまいます。もちろんかつての家族から、みすぼらしい服しか与えられなかった少女も違和感なく溶け込みます。
人々は屋台を眺めながら歩き、時には客引きの声に立ち止まり、時にはその場で食べ物を頬張り、皆楽しそうに過ごしています。男の人は市場を突っ切りながら、一人の女性とぶつかりました。肩が当たる程度だったため、そのまますれ違います。人でごったがえす市場では、人と人との衝突など日常茶飯事です。当然ながら男の人もいらだった様子は見せません。それどころか機嫌のよさそうな笑みを浮かべました。それもそのはず、その手には女性ものの財布が握られていました。男の人は手元を見ずにお金を抜き取ると、自然な動作で財布を落としました。財布はすぐに人々の足にもみくちゃにされます。
男の人は再び路地に入り、すぐに右折しました。先程歩んだルートを逆に辿るようです。少し遅れて少女が人々の間を抜け出し、やはり路地に入ります。
男の人はもちろん少女がついてきているかなど確認せず、薄く笑みを浮かべて歩いています。
建物と建物の隙間から、市場が見えます。男の人は一つの隙間を選ぶと、市場の方に曲がりました。そして途中で止まります。暗がりで市場からは男の人の姿がよく見えません。しかし光に照らされた明るい市場は、男の人にはよく見えます。
男の人は壁に背を預け、視線を市場に向けました。注意深く観察しています。男の人の視線は、先程ぶつかった女性を見つけるとそこで止まりました。女性はちょうどいいもので、男の人の見える位置で買い物を始めます。露店の店主とにこやかに会話しながら、そこで売っている野菜をいくつか指し示しました。店主はそれを女性の持つかごに入れ、女性は前掛けのポケットを探ります。
男の人の顔にとても嬉しそうな笑みが浮かびました。それもそのはず、女性の表情が真っ青になったのですから。
女性は慌てたように体の至るところを触ります。もちろん男の人が捨ててしまったので、財布はどこにもありません。泣きそうな顔で慌てる女性と、店主は一緒になってそこらを探しています。男の人は、そんな露天に裏から近づいていきます。二人して慌てている間に、手ごろな野菜をいくつか盗ると、再び雑踏の中に紛れました。
少女は遅れて路地から出て、何も盗らずに男の人のあとを追いました。男の人は大股で歩いていくので、徐々に少女との距離が開きます。男の人が右に曲がって、少女からは姿が見えなくなりました。少女も同様に右に曲がると、男の人はいました。積まれた木箱の上に腰掛け、先程盗んだニンジンをかじっています。皮など気にせず食べる姿は、普段から行っている者のそれでした。
少女は男の人を見ると、二人分くらいの距離を空けて立ちました。華奢な背が民家の壁に預けられます。男の人は少女をちらりと見ましたが、何も言わずに食事を続けました。
がりっやら、ごりっやら、男の人が野菜をかみ砕く音が路地に響きます。葉の部分以外食べ終えた男の人は、次にビーツに手を伸ばしました。小ぶりな野菜は男の人の手に収まります。それを口元に持っていき、直前で止めました。少女を一瞥し、すぐにかじります。
少女は随分と痩せました。あの日――彼女が絶望を叫んだ日から、大した物を食べていないのでしょう。艶のあった髪の毛も、ふっくらとした頬も、もうありません。みすぼらしい服装と釣り合った体になっています。これではレプリカではなく、ただの貧困層だと思われるでしょう。
男の人はビーツを食べながら、ポケットに手を入れます。小銭の音がしました。そこには先程盗んだ財布の中身があります。
小銭を掴めるだけ掴むと、男の人は地面に落としました。金属音を鳴らしながら、小銭は辺りに散らばっていきます。その内の一つは少女の足元にも到達しました。
「ゴミ捨ててやっと軽くなったわ」
男の人は何でも盗んで済ませるため、確かにお金はあまり必要ではありません。それでもその一連の動作はこれ見よがしという言葉がふさわしく思えます。
少女の視線は足元の小銭に向けられました。それからまた真正面に戻ります。その手も足も、そして口も動きません。男の人は特に気にせず、またビーツをかじりました。
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