3.クローン

 男の人は頬についた他人の血を指で拭い、真っ赤な舌で舐め取りました。途端その口角が持ち上がります。

 今日は人を数人殺した帰りでした。肥えに肥えた貴族だったと思います。残酷な目に自分が合うなど考えもしなかったのか、恐怖で歪む顔は一段と素敵でした。みっともなく涙や鼻水を垂れ流し、命乞いをする貴族を男の人はめった刺しにしました。

 人の不幸は大好きです。しかし本来なら精神からじわじわと痛めつけていく方が好きです。肉体のみというのは面白みに欠けます。けれど昨日の少女のせいで無性に人の肉を抉りたくなったのでした。

 形はどうあれ人の不幸を味わえたので、男の人の気分は上々でした。次の不幸を求めた路地裏を移動していきます。

 またその前に立ち塞がる影。男の人は少女を完全に無視し、歩みを止めることはありません。少女は男の人のパーカーの裾を掴みました。

「貴方は淋しい人だけど、わたしも淋しい人なのよ」

 男の人はなんだか手を振り払えず、少女や建物の煉瓦に視線を彷徨わせました。

「クローンって知ってる?」

「……ああ」

 クローンはこの国では珍しい存在ではありません。自分の子供の臓器などに障害ができた時や、子供が死んだ時に備えて、クローンを作っておくのです。富裕層ではもはやクローンを作らない人はいません。クローンに人権などはなく、餌だけを与えて他は放っておかれるのが常です。

「わたしはクローンなの。ある女の子のレプリカ」

 そこでようやっと違和感の正体が掴めました。少女が達観しているのも、服装に反して体は痩せこけていないのも、これで納得がいきます。

「臓器のためだけに生きる、劣等種よ」

 少女が顔を上げて、僅かに微笑みます。男の人はその笑顔を非常に苛ついた様子で睨みつけると、今度こそ少女の手を振り払いました。

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