2.男と少女

 その数日後、男の人はまた路地裏に来ました。今度はそこから人通りの少ない道を見ています。

「なんでこんなことしたんだよ!」

「だってあなたが悪いんでしょ!」

 女性と男性が口論しています。女性はこの間写真を見せた綺麗な人。男性はその写真に写っていた人です。何やら険悪な雰囲気。

「はぁ? 俺なんかしたか?」

「浮気したじゃない!」

「浮気? 浮気なんてしてねぇよ!」

「私あなたとブロンドの女が写っている写真を見たんだから!」

「ブロンド?」

 両者一歩も引かず大声でまくし立てます。すると男性に心当たりがあるようで、一瞬眉を顰めました。

「ほら、やっぱり浮気!」

「ちげぇよ! ブロンドの女つったら俺の妹じゃねぇか!」

「……妹?」

 男性が嘘を言っているようには見えません。一方女性は、顔は知らずとも妹のことは知っていたのか、目を見開きました。その顔色はどんどん青くなっていきます。

 その様子を見て男の人は小さく笑い声を漏らしました。それもそのはず、男の人は人の不幸が大好きなのでした。働きもせず毎日人を不幸に陥れては、こうして観察してほくそ笑むのです。

「だいだいなんで写真一枚で騙されんだよ!」

 虚空を見つめて唇を震わせる女性に男性は再び口を開きました。

「俺のことは信じもせず初対面の男の言うことは信じたって?」

 怒りで顔が真っ赤な男性と罪悪感で真っ青な女性。今にもその場に頽れそうな女性を支えるのは、小さな自尊心だけでした。

 男の人は口元を手で押さえ、その下で笑いました。

「それで挙句、その男と寝たっていうのかよ!」

「そんなっ……私だって知らないわよ!」

 遂に女性はその場に泣き崩れてしまいます。この二人の関係はもう壊滅的でした。

「ごちそうさま」

 舌なめずりをした男の人は身を翻します。

 くつくつと楽しそうに笑いながら立ち去ろうとした男の人の前に、人影が立ち塞がりました。それは小さな少女です。六歳ほどの見た目で、薄汚れたワンピースを着ています。頭には艶の失われた茶髪が生えています。

 少女は男の人を何の感情も読みとれない瞳で見つめていました。目障りな少女に男の人は一瞬苛つきました。普段ならその時点で少女を殺してしまいます。しかし何か違和感を抱いた男の人は、面倒になって少女を無視して歩みを再開しました。少女はそんな男の人のだぼついたズボンを掴みます。

 男の人は誰もが震え上がるような視線をパーカーの奥から少女に注ぎました。

「淋しいおじさん」

「あ?」

 すると少女は怯むことなく小さく呟きました。その声は年相応ですが、調子は大人びているとも、抑揚がないとも取れました。相変わらず感情のない瞳は男の人をただ見つめています。吸い込まれてしまいそうなほど暗く淀んでいる瞳です。

「貴方は淋しい人だわ」

「うっせー餓鬼」

 男の人はその瞳に一瞥をくれてから、少女の手を振り払いました。胸糞悪そうに息を吐き出し、その場を立ち去りました。

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