第2話

 剣と魔法の世界! ファンタジックな聞こえのその世界は、無秩序な荒野に筋肉隆々たる英雄が叙事詩に歌われる冒険をやっているわけではない。

 それなりに高度で秩序を持った魔法と、農民にいたるまで、権利と義務の力のバランスをもったそれなりに自由で、やっぱりそれでも不自由な社会を備えていた。

 なので戦争もそうおいそれとは起こらない。起こすにはかなりいろいろ面倒を覚悟する必要もある。おかげでおおむね平和であったといえよう。

 老魔導士、暁雲は赤の賢者と呼ばれている。

 この称号は魔導士組合で実力、貢献、人格、そして財力を勘案して選ばれる名誉職で、赤、青、黒、黄、白の五つの座が用意されている。その期待されているところは、賞賛と名誉につりあうだけの後進の援助、つまり寄付などである。

 彼をさす名に、因業じじい、ごうつくばり、守銭奴などの単語が混じっているのは別段おかしなことではないのである。

 この世界では、蘇生のためのパターンを作っておけば、自然死するまでは蘇生が可能である。賢者とよばれる魔導士たちはみなそれくらいできるし、それゆえに国王といった要人や大金持ちにひっぱりだこだった。

「わしを殺しきれると思ってはもちろん思ってはおるまい」

 老魔導士は弟子のいれた茶をすすりながらぶつぶついった。

「と、すると時間稼ぎじゃろ。あのとき、わしが王宮にいっては不都合だったものがおるわけだ」

「そういえば、どんな御用で呼び出されたのです? 」

「おや、言っておらなんだか」

「はい、急なこととて、あわててご指示のまま支度するのがせいいっぱい」

「おお、そういえば道々話すというたような」

 道行きのなぐさみに話してやろうとした矢先だったか、と暁雲は頭をなでた。

「王宮の女官の一人がゴーレムと知れてな、その主の鑑定を依頼された」

「ゴーレム!? 城の工兵隊の虎の子のあれみたいな? 」

「ありゃあ、石のゴーレムで起重機がわりだ。そんなのが女官に化けて半年もつとまるわけがあるか」

 弟子ののどがごくりと動いた。

「じゃ、顔くらいみたことがあるんですね」

「あるどころか、おまえは話をしたことがあるはずだ」

「えっ」

 心当たりが数人思い浮かぶ。師匠のお供で王宮にいったとき、待つ間に女官の何人かと話はした。彼も若い男であるからそういうのは嫌いではない。

「名前はひなげし。時々心がどこか遠くをさまよっているような感じの娘であったよな」

「ああ」

 ころころとかわいらしく上品に笑うのに、どこか陰のある少女だったな、と弟子は思い出す。

「彼女が? いや信じられない」

「まあ、人間と判別できないほどの肉人形を作る魔導士は少ないがおる」

「よく見抜けましたね」

「あのくそ坊主がたまたまいあわせたところで、たまたま怪我をさせられるはめにならなきゃ、絶対わからなかったろうね」

「治療呪文がきかなかった、ですか? 」

「うむ、それでくそ坊主のできる範囲で鑑定をやったら魔法で作られた生き物らしいというとこまでばれてしまった。そっから先がわしの仕事らしい」

「えらいことですね」

「あんな時間に呼び出されたのも、まあそういうわけだ」

 魔導士はさめた茶ののこりを干した。

「さ、王宮にいくか」

「え? 犯人さがすのじゃないので?」

「犯人は彼女の主かその関係者にきまっておろうが」

「お師匠さまに借金のある誰かがたまたまとか」

「結果的に借金の額を増やす愚かものはおらんわ」

 気難しい魔導士はカップを弟子につきだした。

「その前にもういっぱいいれてくれ。すんだら支度。王宮には裏からいくぞ」

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