魔導士殺人事件

@HighTaka

第1話

 狙撃手は魔法の遠見の眼鏡をのぞき、目をこらした。

 すでに暗くなっており、普通の遠眼鏡ではあまりはっきりは見えないだろう。

 だが、これは高級品で夜でも昼のように見えるすぐれものだった。

 ロバにのった姿が二つ。いずれもフードを目深にかぶり、足首までとどく灰色のローブをまとっている。

 先導しているほうは背筋をしゃんとのばし、手にはたいまつを持っている。その腰に護身用のあまり重くない騎兵刀がさがっているのを確かめて狙撃手は彼が誰かを確認した。続く少し背中のまがった姿はそんなものはもっていない。鞍袋には何かかさばるものを詰め込んでるらしく、留め金がいまにもちぎれそうだ。

 間違いない。狙撃手はクロスボウを構えた。一発できめなければならない。そういう相手だ。その額に一筋汗が流れる。

 だが、狙撃手は名手だった。


 遠くから詠唱の声が聞こえる。

 水底のような眠りから浮上した老魔導士ははっと目を開いた。

 まて、わしはどこにいる? 彼は混乱した。王宮に向かう途中、不意に頭にがつんとやられた気がして……。

 無骨なステンドグラスの天窓が見える。今も高名をとどめる芸術家の手になるそれは、見覚えのあるものだ。そこかどこかわかって老魔導士は舌打ちした。

「ああ、不覚。また殺られたわい」

 とにもかくにも起き上がると、彼の痩せた裸身を囲んで童顔の助祭から最高齢の威厳ゆるぎなき高僧までぐるりと囲まれていた。中には熱心にメモをとっている者もいる。まことここの僧院は後進の育成に余念がない。

「お目覚めかな。暁雲殿」

 高僧がおだやかに、いたわるように声をかける。暁雲とよばれた老魔導士は不機嫌だ。

「お召しかえはそちらにありますぞ。それと先ほどからお弟子さんがお待ちです」

 高僧と彼とは年齢にあまりかわりはない。きらきらした法衣をまとい、手には地位をしめす豪華な笏を持っている。違いは髪と髭で、老魔導士は灰色の長髪、長髯をとどめているが高僧は見事につるっつるなのだ。顔つきも気難しそうな魔導士に大して、高僧はにこにこと穏やかそうである。

「なあ、滅心法師どの」

 そんな老魔導士がせいいっぱい穏やかに話す。

「あんたに蘇生してもらうのももう何回目かのう」

「さよう、若いころ、戦場で出会うてからであるから二回、三回ではないな。貴公は若いのにもう自らの蘇生式を編み上げておった。たいしたものだ」

「そういうあんただって、一緒にいた師匠格の坊主よりよほど治療の祈りがきいたよな」

「はは、照れくさいお話ですな」

「まあ、つまりわしはおぬしのお得意様なわけだが、ちょっとそのへんを考慮してみんか? 」

「さよう、蘇生感謝のお布施もたっぷりお弟子様よりいただきましたしな」

 にっこりする僧侶、一瞬でなけなしの愛想の消えた老魔導士は自らの額をぺちんとたたいた。

「あの、間抜け」

「ささ、あまりお待たせしては師思いの彼がかわいそうです。いってあげなさい」

 暁雲は舌打ちして手をひらひらさせる。すると用意されていた衣服がはたはたと飛んできてみずからそのか細いからだにまとわりついた。最後にとがりぼうしがちょろちょろと薄い白髪頭をおおい、まがりくねった杖が少しリューマチぎみのその手に収まった。

「こんなとこ、二度とこんぞ」

 吐き捨てるようにいう。高僧は動ぜずにこにこしている。

「子羊よ、神の家はいつでもそなたを歓迎いたしますぞ」

 高僧はゆるゆる優雅に、そして深々と頭を下げた。

「ふんっ」

 営業スマイルの僧侶たちに送り出されて寺院の前庭に出れば、ロバの口をひいて、目下たったひとりの弟子がやってきた。決して背は高くもなく、肩幅もあるわけではないが、その範囲ではしっかりした体格の若者である。目には知性の輝きがあり、美男ではないが、どこか品のあるもてそうな顔をしている。地元のそこそこの良家の出だが、家業をつぐ立場にないのでここにいるらしい。

「おつかれさまです」

「値切ろうと思ったのに、先に払ってしまったそうだな」

「もうしわけありません。師がおめざめになってからとがんばってはみたのですが、あのかたにかなうものではありませんでした」

「金には魔法ではとうていできん力があると常々いうておるだろう。どちらも使いこなしてこそ賢者ぞ。それをしっておるなら、銅貨一枚でもわしの財産をまもってみぃ」

 ぶつぶついいながら、老魔導士はよっこいしょとロバにまたがった。

「で、どういう死に様だった? 」

「クロスボウでここから」

 弟子は右の後頭部を指さした。

「ここまできれいに貫通してました」

 ゆびさすのは左のこめかみ。

「しばらく血もでなかったくらいでした」

「名人だな」

「軍人か、猟師ですね」

「クロスボウなら軍人であろうな」

「しかし、矢以外の遺留品はなく、矢も普通のものです」

「わかっておろうな」

 老魔導士はぎろりと弟子を睨んだ。

「いかに困難でも、なんとしても探し出して蘇生料金と慰謝料を取り立てるのだ」

 弟子は小さくため息ついて頭を下げた。

「一旦帰るぞ。準備と考察だ」


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