第11話 The sound of civilization


 龍神族の里から帰ってきて、3ヶ月が経とうとしていた。


 龍神族の里からは龍鉱石が定期的に送られてきた。また里に駐在している龍神族が、妖狐やケットシーに鉱石の生成技術を伝授したため、妖狐の里は一気に発展していった。彼らは石の切り出しにも精通しており、石畳のより現代に近い街へと妖狐の里は変わっていた。


 妖狐の街からも交換留学のような形で、定期的に誰かに龍神族の里に行ってもらい、より近くでいろいろと学んでもらうことにした。温泉に入れると人気で、希望者が続出し、選定はなかなか大変であった。


 嬉しい誤算だったのは、龍神族の里近くの火山では龍鉱石だけでなく、様々な鉱石が取れるいったことだった。ルビー、サファイアといった人間界で価値があるであろう宝石も、ラスラディアの好意で贈られてきたのだ。


 発展したのは病院も同じである。龍神族にお願いして、メスや鉗子などの医療器具も作ってもらった。これにより、より高度な医療も出来るようになったのだ。更に、妖狐やケットシーの中にも医療に興味があるものがいたらしく、俺にもルカを含め数人(数匹)の弟子が出来た。


 そして、ケットシー達の噂を聞きつけたのか、森の知性を持った動物たちも、病院へと時たま訪れるようになった。中には街に住み着くようになったのもいる。鉄や石が導入され、また、住民も増えたことで、妖狐の街の規模も大きくなっていた。


 中でも、一番大きかったのが衛生環境の大幅な改善だ。


「なあ、みんな聞いてくれ!」


 俺は里長であるルクスと共に、里のみんなを集めた。


「この街もだんだんと大きくなってきた。おかげで病院も沢山の患者が訪れるようになったし、だんだんと生活も向上してきた」


「でも、その分問題も発生するだろう!特に水と食料だ」


 現状、妖狐の里は川から水をくんできていた。住民を支える為の食料は、すでにぎりぎりであった。


 そこで、俺が皆に提案したのは次の4つだ。

 ①貯水池の整備

 ②上水道の整備

 ③下水道の整備

 ④農地の拡大


 俺が説明を終えると、街の皆は口々に言った。

「イーナ様が来てから病気は減ったし反対する理由もない!」

「暮らしも快適になったわ!」

「いっぱい美味しいものが食べれるんでしょ!」

「みんなやるニャーー!」


 俺は街がだんだんと発展していく様子が楽しかった。

 ルカも笑顔でみんなの様子を見つめている。


 そして、大幅な街の開発がはじまった。


 まずは、貯水池の整備だ。


 妖狐の里に流れ込んでいる小さな川は、すぐ下流で大きな川と合流していることが分かった。この川から水を引いてきて貯水池を造れば良いだろう。


 貯水池に溜めた水は、農業にも使えるし、食糧生産の効率化にもつながる。貯水池からは鉄パイプを通じて各家に水を分配する。その途中で消毒槽を作り、アルラウネの里で手に入れた薬草を用いて、消毒すれば上水道の完成である。


 公衆衛生の向上のためには、下水道の流れを分ける事も欠かせない。下水は同じように鉄パイプで処理施設に流れるようにし、そこで微生物を用いた水の浄化を行う。そのまま川に流すのは周辺の環境を汚染するので絶対にやってはいけない。


「イーナよ、おぬし統治の才能があるな」


 かつて自分も統治していた経験があるシータが言うと、なんだか説得力もあり嬉しかった。シータには武術の指導も行ってもらっており、万が一の時の、里への外部からの襲来にも備えはしている。


 次なる手は……


「人間の国に行く!?」


 俺の提案に皆が驚いた。


 あれから、近くにあるという妖狐を神とする集落には行ったことがあったが、その集落はまだ未開であり、正直有望な情報は得られなかった。しかし、前にヤマトを撃った奴らは確かに銃を持っていたし、おそらく離れた場所には発展した文明もあるだろう。俺は確信していた。今ならシータに頼んで背中に乗せてもらうことも可能であるし、彼自身人間の姿の時は街に溶け込めるだろう。シータは快く了承してくれた。


「人間の世界を一度見てきたいんだ。どの位技術が発展しているのか、この目で。何か病気についても情報が得られるかも知れないし。それに、この前の人間の襲撃……もしかしたら妖狐の里にも何か危険が迫っているのかもしれない……」


「ルカも行きたい!」


 ルカは興味津々であった。しかし、ルカの姿は完全な人間の姿ではない。こんな姿で連れて行くわけにはいかない。


「駄目だ俺とシータで行く」


「なんで!?ルカも行きたい!」

「ニャ!?」


 ルカとテオは不満そうだ。まあ正直テオは連れて行っても大丈夫そうだが、ルカだけ置いていくわけにもいかないというのが本音である。絶対に拗ねてしまうからだ。


「人間がルカを見たらパニックになるかも知れないだろ?」


 そういうと、ルカは狐の姿になった。


「だったらこれなら良いでしょ?」


 自信満々な声色で、ルカは俺に問いかけてきた。だんだんとずるがしこくもなってきたようだ。


――やりおるの、フォッフォッ


 サクヤも笑っていた。


 結局、俺達は4人で人間の国へと向かうことになった。初老の男性と少女、猫と狐。端から見たらどんな風に見えるのだろうか?


 シータはある程度、この世界の事情を知っているようだ。妖狐の里がある場所はレェーヴ原野と呼ばれ、妖狐の住む大地と言うことで、人間は近寄らないようにしてきたらしい。妖狐の里から集落を抜けて、更にレェーヴ原野を抜けると、大きな国があるとのことだ。まずはその国に行ってみることにする。


 今回は長旅になるかも知れない。しかし、この街で俺が出来る事は皆に伝えたし、弟子達も平常の診察くらいなら十分に出来るようになりつつあった。離れても大丈夫だろうという自信はあった。いざとなれば龍神族もいるし……


 一応、アルラウネの里のローザやラスラディアにその旨は伝え、俺達はついに人間の国に向けて出発することになった。



「すごーい!なにこれ!」


 森を抜けると眼下には果てしない平野が広がっていた。ルカもテオも初めて見る外の世界に興味津々である。


「シータいつもありがとうな!背中に乗せてもらっちゃって!」


「気にするな!それより、あまり近くまでは流石にいけないぞ!」


「分かってる、ある程度は歩きだ!」


 俺も実を言うとわくわくしていた。初めて文明に近づく機会だったからである。妖狐の里から出たことのないサクヤも同様であった。


――のう、イーナよ!わらわは初めて人間の里に行くのじゃ!どんなところなのじゃ!早く見てみたいのじゃ!


 サクヤはある意味一番はしゃいでいた。


 しばらく龍の背にのって飛ぶと、平野が終わり、山地となった。この山地を越えると、人間の国に入るらしい。いよいよだ。


 そして、俺達は山に降り立った。山からは広い平野と、そこそこの規模がある街が見える。


「ルカ!ここからはその姿じゃ駄目だ、狐になって俺のそばにいなさい」


 俺がそう言うと、狐に変身したルカは俺の頭の上へと乗った。


 そこかよ…… まあいいや


「いよいよだ!ここからは人間の世界だ!」


 こうして、俺達の新しい旅がはじまった。

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