人間界編

第12話 神に最も近い街


 人間の街に向かっている最中、俺はずっと持っていた疑問を投げかけた。


「疑問に思ってたんだけど……」


――なんじゃ?


「なんで俺の言葉って通じているんだ?」


 正直今更ではあったが、冷静に考えると妙だ。明らかに、俺の住んでいた日本と、この世界では言語というのは異なるであろう。なのに、普通にコミュニケーションが取れている。


――それはわらわの神通力のおかげじゃな。


「人間の世界でも神通力でいけるのか?」


――そもそも人間はわらわ達の子孫なのじゃ


 この世界の人間は、俺達の世界の人間とは少し起源が異なるらしい。


――あるとき、妖狐と夜叉、大神と大蛇、全ての血が混じってしまった、2人の男女が生まれたのじゃ。しかしそやつは神通力を欠いていたし、何より寿命が短いというすさまじい欠点を抱えていたのじゃ。


 なるほど、人間は欠陥生物だったと言うことか…… なんだか少し悲しくなる話であるが、今は細かいことは気にしないようにしておこう。どちらにしても、今の俺は、人間であって人間では無いのだから。


――しかし、その分繁殖力は優れ、また知性も高かったのじゃ。そして、優れた文明を瞬く間に築きあげたのじゃ。だからこそ生き残れたとも言えるがの。


 爆発的な繁殖力と高い知性を武器に人間はこの世界でも、一気にのし上がったそうだ。確かに言われてみれば妖狐も龍も長命である。


――そういうわけで、わらわ達の言語は人間の言語とも一緒なのじゃ。何せ、元が一緒だしの。


 人間の街に着くともう、日も暮れかかっていた。


 まず、街について一番はじめにしたことは換金である。ラスラディアから頂いた宝石達はすさまじい価値となった。しばらくは生活にも困らないであろう。この世界では、お金は金貨または銀貨らしい。


「すまんな、シータせっかく龍神族の里から頂いたのに」


「よい、きっとラスラディアもそのつもりで送ってきたのだろう」


 今晩の宿を確保し、まずは、街の酒場で情報を集めることにした。この世界でも、やはり酒場は賑わっているようだ。肉の香ばしい香りに誘われるがまま、俺達は一軒の酒場へと入っていった。


「プハァーーー!やっぱりビールに限るねえ!」


 久しぶりに飲むビールは美味い。情報収集はまあ……後でいいか


「おいおいイーナ、飲み過ぎるなよ」


 隣ではシータが俺以上のハイペースでビールを飲んでいく。いや、お前通風だろ。


「おいおい、おじょーちゃん!良い飲みっぷりだねえ!」


 俺を見た、数人のおじさん達が声をかけてきた。なかなかにフレンドリーで話しやすそうなおじさん達であった。ちょうど良い。俺は旅人という体でおじさん達からいろいろと情報を聞き出した。


 『カムイの街』


 神に最も近い街と言う意味を持つらしいその街は、近代的な建設物を有する大都市であった。神とはおそらく妖狐のことであろう。


 しかしその見た目の賑やかさとは裏腹に、皆何処か不安そうな顔をしている。聞けば最近は様々な問題に皆、頭を抱えているらしい。


 一番の問題はやはり謎の奇病であった。話を聞く限りでは、サクヤを冒しているものと同じであろう。やはり、病気は人間界を中心に広まっているようだ。


 そして他に、妙な話を聞いた。この地域で人さらいの事件が多発しているとのことだ。人々が不安を抱えると、治安が悪くなるのは常である。先日も近くの村で若い男性が1人失踪したのことだ。


「やっぱりヴァンパイア伝説は本当だったんじゃないか?」


 近くで飲んでいたおじさんの1人が言う。


「馬鹿野郎!ヴァンパイアなんているはずがね-だろ!見間違いに決まってるさ!どうせ臆病者が何か見間違えたんだろう!」


 大声で他のおじさんは笑い出した。


「ヴァンパイア伝説?」


「おっ、お嬢ちゃん興味があるのか! 昔からの言い伝えなんだが、ここから少し離れたところの山の奥にヴァンパイアが住んでいるらしくてな! 夜に人里に現れては、人をさらってエサにしてしまうとかなんとか!お嬢ちゃんも気をつけないとあまり遅くまで飲んでるとさらわれるぞ!」


 おじさん達はがっはっはと笑い出す。


 「冗談だ!楽しんでいけよ!お嬢ちゃん!またな」


 おじさん達は話に満足したのか、何処かへと去って行った。


「ヴァンパイアか……」


「ヴァンパイアは鬼の一種でな、確かに存在はするぞ」


 シータは顔を真っ赤にしながら、俺の呟きに言葉を返してきた。


「やはり、ヴァンパイアの仕業なのか?」


「分からんが、もしそうだとしたら、なにやら事情があるのやも知れん。奴らは確かに血を吸うが、人間を襲うことは滅多にないと聞いた。臆病なのでな」


「なんだかイメージと違うな」


「しかし、鬼の中でも上位の部類に入るゆえ、怒こらせると怖いぞ」


 シータは笑いながら答えた。


 それにしても、人間を襲う事情か……。ヤマトの一件もあるし、シータの言葉が少し気にはなったが、今考えても仕方の無いことだ。


 次の日、俺達は再び、街の調査へと繰り出した。昨日は街に着いたのは、もう夜であったため、街を回ることが全然出来なかったのである。


「お、駅だ」


「えき?」


 俺の頭に乗っているルカは、駅が何か分からなかったらしい。よく見ると電車ではないが、蒸気機関車が止まっているのが見える。


「俺も詳しくは分からないけど、石炭を燃やして、蒸気の力であの列車を動かすんだ。乗ってるだけで、違う街に行ける便利なものだよ」


「え!乗ってみたい!」


「じゃあ後で乗ろうか。でも、まずはこの街の調査をしてからね!」


 ルカはしっぽを振ってわくわくしている。しかしそのしっぽは俺の頭にふわふわと当たっている。むずがゆい。


「ニャ!ケットシーだニャ!」


――ただの猫じゃ


 ケットシーは人里にはいないらしい。しかしケットシーも猫、猫同士、話は通じるらしい。テオはなにやら話をしている。にゃーにゃーとしか聞こえないが。


「みんなはしゃいでるな」


 シータは落ち着いたそぶりで口を開く。


「仕方無いよ!初めての人間の街だもん」


 実際俺もわくわくしているし仕方が無い。


 そんなこんなで街を見て回る。文明的には、現代まではまだ至っていないようだ。それは疾病も流行るであろう。


 ほとんど観光気分ではあったが、まあまあ街も回って、俺達は郊外の丘へと来ていた。日も沈みはじめ、街を見下ろせる丘からは、綺麗な夕焼けの風景が見える。


「イーナ様!人間の世界って楽しいね!」


 ルカは無邪気に言う。


「そうだね、でも怖いことも多いんだよ」


「そうなの? みんな優しそうだったけど」


「ルカはまだ子供だから」


 俺がそう言って笑うと、ルカは少し拗ねたように言った。


「イーナ様だって、ルカと同じくらいの見た目だもん!」


 ルカの言葉に皆が笑う。


 帰り道、すっかり日も落ち、灯りもない道はなかなかに暗い。街まではそんなに離れてはいないとは言え、流石に少し怖い。


「ちょっと遊びすぎたな」


 そして、日も完全に落ちかけようとしている帰り道、俺達は目撃してしまったのである。


 ヴァンパイアを。

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