第10話 龍の背に乗って
「よく来たな、ラスラディアよ」
ファニフシータ、龍神族の族長は言った。
「なぜ、父上がここに?」
「龍の試練とは…… 先代を超えて、新族長の力を示すものなのだ。龍に王は2人はいらぬ!」
俺は、あの夜のファニフシータの言葉の意味を理解した。
そしてあの、少し寂びそうに、息子を心配していた表情の意味も。
「来い!我が息子よ、そして父を超えるのだ」
「なにを言っているのです……?父上……」
ラスラディアは震えている。きっと、彼自身、頭では理解しているのだ。この試練の意味を。そして目の前に立っているこの男自身も、今ラスラディアが味わっている苦しみを乗り越えたのだろう。
「来ないなら、私から行くぞ」
そう言うと、ファニフシータは剣を抜き、ラスラディアに向かって走っていく。それは決して息子に向けるようなものではなかった。本気の殺意だ。
ラスラディアも剣を抜く。
そして剣が交じり合った。未だ、ラスラディアの剣には迷いがあるようだ。
「どうして……」
ラスラディアは父の剣を受けることしか出来なかった。
「そんな及び腰でどうするつもりだ!お前は族長になるんだろう!?」
ファニフシータの攻撃は更に激しさを増す。
俺達は2人の間に入ることは出来なかった。ただ、見ていることしか出来ない。
――まさか、龍神族にこんなしきたりがあったとはのう……
「どうして!親子で戦うの!ねえ!イーナ様!」
ルカは納得出来ないようだ。ルカの気持ちも分かる。
「止めさせようよ!こんなのおかしいよ!」
ルカは涙を浮かべながら叫ぶ。
しかし、俺も、テオも動けなかった。
「ねえ!イーナ様!」
「駄目だ、ルカ、今は止めることは出来ない」
「ニャ……」
俺とテオは同じ意見だったようだ。しかし、ルカはまだ引き下がらない。
「サクヤ様!お願い!」
――ぬう、すまぬ……ルカよ…… わらわもそれはできぬ
そう、ファニフシータの覚悟を決めた顔を見ると、俺達は2人の戦いを止めることは出来なかった。それは彼に対する冒涜にもなってしまう。しかし……
「そんな……」
ルカは泣き出してしまったようだ。
俺達を尻目に、2人の戦いは更に激しさを増していった。ついに、ラスラディアも覚悟を決めたのだろうか、攻撃に転じ始めた。
「父上……私に覚悟が足りませんでした……!私はあなたを超えなければならないのですね……」
「よいぞ、ラスラディアよ!良い目じゃ!」
息子と戦うファニフシータの顔は輝いていた。人生最後の戦いは息子が相手。そして自分を超えていく。父としてこれ以上に嬉しいことはないのであろう。
決闘は決着がつくことなく、しばらく続いた。そうなると、やはり年齢が若い分、ラスラディアの方が有利であろう。ファニフシータはすっかり息が上がっていた。
交わっていた剣が離れ、少し間合いがあいた。まるで、最期の斬り合いになる事を予期しているかのように。すると、ファニフシータはこちらに向かって叫ぶ。
「イーナ!ありがとうな! ラスラディアのこと頼んだぞ!」
その顔は晴れやかであった。
「父上、私は立派な族長になる事を約束いたします!」
半分涙声で、ラスラディアは叫ぶ。しかし、次の瞬間二人の表情は再び修羅へと戻り、決着の時が訪れる。
ファニフシータが叫びながらラスラディアに突っ込んでいく。ラスラディアも少し遅れ走り出す。
ラスラディアは右から剣を振り下ろした。ファニフシータは持っていた剣でラスラディアの剣を防ぐ。しかし斬撃を防いだその剣は、無情にも足元へと転がった。ラスラディアは更に攻撃をしようと振りかぶる。そして、ファニフシータに振り下ろされた剣は、ファニフシータを貫くことはなかった。
キィン!という音が周りに鳴り響く。
「なにをするのだ!イーナよ!」
俺はラスラディアの攻撃を持っていた剣で防いでいた。身体が勝手に反応してしまったというのが正しかった。
「もう、いいだろう」
俺がそう言うと、ラスラディアも剣をさやへと戻す。その表情は、何とも言えないような苦悶に満ちていた。それはそうだ、もし俺が止めなければ、ラスラディアは親を殺していたのだから。そして、その覚悟をして剣を振り下ろしたのだから。
「偉大なる龍の戦士ファニフシータ、お前は今死んだ!だから、このまま俺達と一緒に来てくれないか?」
俺は2人の戦いの最中に決めていた。もう誰も死なせたくなかったから。
「なにをいっておるのだ?」
「俺は、世界に流行っている病気を治して、サクヤを救いたいんだ!そのためには龍神族の力が必要なんだ!」
ファニフシータは戸惑っている。
するとサクヤも俺に賛同してくれたのか、間を取り持ってくれた。
――ファニフシータよ、そちとラスラディアの決闘、わらわが見届けた。そして、ファニフシータは勇敢に散ったのじゃ。そちは今日からシータと名乗れ。そしてわらわと共にくるのじゃ
少し間が空いた後、ファニフシータは静かに口を開いた。
「そうか…… ファニフシータは死んだか……」
そう言ったシータは泣き崩れた。
この日、新たな龍神族の族長が誕生した瞬間であった。
少し落ち着いた後、俺達とラスラディアは龍神族の里に戻ることになった。
俺達が帰ろうとするとシータは叫んだ。
「ラスラディアよ、この里のこと任せたぞ……!イーナよ!里の外で待っておる!全て終えたら龍神の峰から飛び降りろ!」
龍神の峰とは、龍神族の里の端にある険しい崖らしい。大地は雲で隠され、まるで雲海のようになっているとのことだ。
「イーナ!ありがとう……君のおかげで……私は父を殺めずにすんだよ!」
帰り道、そういったラスラディアの表情は輝いていた。これなら龍神族の里も大丈夫であろう。
里に戻ると、新族長の誕生に里中が歓喜した。おそらく、年老いた龍達は知っていたのだろう。涙するものもいた。その涙は、果たして新族長の誕生に対してなのか、はたまた先代の覚悟に対してなのか、それは分からなかったが。
取ってきた龍秘石は加工することにより、新しく龍神の剣として族長の証となるらしい。そしてなんと、俺の分の剣も作ってくれるようだ。妖狐と龍神族の友好の証として。
数日後、剣が出来上がったあと、俺達は妖狐の里に戻ることにした。
ラスラディアは先代から俺達の願いを聞いてくれていたのだろう。龍鉱石を分けること、並びに、鉄加工に関する技術指導と農業に関する勉強のために、常に妖狐の里に龍神族を交代で在駐させる事を約束してくれた。
そして、里の皆が俺達を見送ってくれるとのことだが、俺達が里の出口の方ではなく、龍神の峰に向かうことに対して、なにやら戸惑っているようだ。その様子を見ていたラスラディアは笑っていた。
「じゃあな、ラスラディア、また来るよ!」
そう言って、俺達は龍神の峰から飛び降りた。里のものたちはざわついたようだ。
俺達が飛び降りた後すぐに、大きな龍の鳴き声が聞こえたらしい。まるで、里に別れを告げるようなその龍の鳴き声に、里のものたちはすぐに気付いたのだろう。皆が一斉にラスラディアの方を見ると、ラスラディアは笑顔で叫んだとのことだ。
「皆のもの!偉大なる父ファニフシータは死んだ。もう里に戻ってくることはない!」
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龍神族の里の人達の手前、俺はそぶりを隠すようにしていたが、内心は滅茶苦茶びびっていた。下見えないし。
――大丈夫じゃ、イーナよ!飛ぶのじゃ
サクヤは笑っている。
その言葉に、俺も、ルカも、テオも安心した。そして俺達は一気に真っ白な雲海へと飛び込んだ。
すぐに何かに着地した感触があった。その背中は何よりも大きかった。
「イーナよ!ありがとう! 私は一度死んだ身、おぬしらのためにこの命、かけようではないか!」
雲海を抜けた後、龍の背中から見えた世界は、なにも形容しようがないくらい美しい光景だった。
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