第7話 鮮血の誓い
ヤマトの傷は思ったよりも当たり所が悪かったようだ。
出血は止まらなかった。
「まずいぞ……」
流石に、オーガは強い肉体を持っているとは言え、動脈をやられたら失血死はしてしまうだろう。
「止まれ!止まれ!」
俺は着ていた白衣で傷口をふさごうとするが、銃創から溢れる血は一向に止まる気配は見られなかった。
血が止まらない分にはどうしようもない。
すると、ヤマトは苦しそうな様子で口を開いた。
「イーナ……オレ…… ナマエ ウレシカッタ……」
やめろ。まだ諦めるな。
ヤマトは、涙が今にも決壊しようなルカにも声をかける。
「ルカ……ケガサセテ ゴメンナ…… イーナ タノンダゾ……」
「イーナ様! 大丈夫だよね!? 助かるよね!?」
ルカももうすっかり取り乱してしまっている。
テオは里から薬草をいくつか持ってきてくれたが、もはや手の施しようもなかった。
オレは静かにテオに向けて言った。
「テオ、ヒポクラテスの実…… 急いで持ってきてくれないか?」
その判断は非情とも言えるものだったかも知れない。しかし、これ以上はどうしようもない。ならば、俺に出来る事はせめて苦しまないで安らかに眠ってもらうことだった。
――イーナ、そちジューイシじゃろ? どうにもならないのか?
「……」
「ねえ! イーナ様!!」
それからすぐにテオはヒポクラテスの実を持ってきてくれた。その実を傷つけると、果汁が溢れてきた。ヒポクラテスの実の果汁は残酷なほどに美しく、日の光を浴びて輝いていた。
「ありがとう、テオ。さあヤマト、これを飲むんだ。楽になる」
果汁を近くにあった葉っぱの上に絞り出し、ゆっくりとヤマトに飲ませる。だんだんとヤマトの意識が低下していくのが分かる。
「……」
ヤマトは何か最後に口を動かすと、そのまま安らかに眠りについた。
ヤマトを救えなかった苦しみに、胸が締め付けられるような思いだった。それに、神通力で退治してきた鬼達だってそうだ。みんな生きていたのに……
ちょっと力を手に入れたからって…… 完全に、俺は調子に乗っていた。
「ヤマトだけじゃない、オーガもゴブリンも、皆安らかに眠ってくれるよう祈ろう」
ルカは泣きじゃくっていたが、俺がそう言うと、この戦場で散ったもの達に対して、一緒に祈りを捧げてくれた。俺とルカとテオ、3人は静かに枯れ果てた大地に向かって黙祷をささげた。
そうだ、モンスターとはいえ、生きている。無駄に命を失わせてはいけない。
俺はヤマトの分も背負って生きていかなくてはいけない。それに、ゴブリン達の分も。俺は一つの覚悟を決めた。
「なあ、ルカ、サクヤ、テオ聞いてくれ。俺は里に帰ったら、病院を作ろうと思う。」
「びょういん?」
ルカも大分落ち着いたようだ。俺に問いかける。
「そう、今のままじゃ満足に治療は出来ないし、拠点となる場所が必要だ。これ以上、何も出来ないまま見送るだけなんてごめんだ」
それに……
俺の断罪のためにも、今回失ってしまった命よりも多く、命を助けなければならない。そうしないと、俺自身がつぶされてしまいそうだった。
「イーナ様、ルカも、じゅーいしになりたい! もう、友達を失いたくないから…… イーナ様の元で修行させてください!」
「強い子だな。ルカは」
「イーナ様!ぼくもご一緒しても良いかニャ? なんだかおもしろそうなのニャ!薬草のことならまかせてニャ!それにケットシーは器用なのニャ!絶対お役に立てるニャ!」
テオまで乗り気だ。頼りになる仲間達だ。
俺達は、ヤマトが眠る墓の木に、止血に使った血まみれの白衣をぶら下げ、アルラウネの里に戻ることにした。
帰り道、俺は一つの疑問をサクヤに投げかけた。
「なあ、なんで俺に戦わせたんだ?」
――イーナにも戦い方を学んでもらわねばならないのでのう!
サクヤは笑いながら続けた。
――わらわに何かあれば、イーナよ。妖狐達の事頼むぞ
サクヤ自身、守るべきものがある。長として。それは俺も理解していた。
「なあサクヤ、一つ提案があるんだけど……」
――ふむ、イーナなりに何か考えがあるのじゃろう。よかろう
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少し離れた木の上から、事の一部始終を見ていた少女は呟いた。
「なるほど~~! 妖狐がついたとなれば、一筋縄では行かないな~~! まあ、あっちも1人、こっちも1人でここは手打ちとしますか!ねえ!」
そう言うと少女は後ろを振り向いた。
「はい、しかし、あの人間の男べらべらとしゃべってしまい……」
黒髪の男は少女の視線の先にいた。
「まあ、楽しみが増えたから良いとしよ~~!一旦帰りましょう!またすぐ会うことになるね!きっと!」
そう言うと2人は姿を消した。
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戦いの後始末はまだ終わっていなかったが、俺達はローザの元に呼ばれた。
「詳しいことは聞いています。我らもヤマト殿にお祈りを捧げましょう」
ローザはそう言うと、静かに祈りを捧げた。しばらくの沈黙の後、ローザは話を切り出した。
「鬼達を指揮していたのは人間だとも聞きました。しかし、なぜ人間が我らの里を襲うのでしょうか?」
「奴らはヒポクラテスの実を狙っていました」
「なぜ? あの実をそんなに欲するのでしょうか?」
ローザは理解していないようだ。ヒポクラテスの実がどれだけ価値をもったものであるかということを。
「実から取れる果汁は、モルヒネといってものすごく価値のある薬なんです。おそらく、人間達はそれを狙っているのだと思います」
「つまり、我らの里はまた襲われる可能性が高いと言うことでしょうか?」
「その可能性は十分考えられると思います。そこで、提案があるのですが、どうでしょう? 我々妖狐の里と協定を結ぶつもりはございませんか?」
「協定とは?」
「あなた方の里が襲われるような事があれば、我々妖狐も必ずお力を貸すことを約束いたします。その代わりに、定期的に、植物を分けて頂けないかと」
「つまり、あなた方の傘下に入れと言うことでしょうか?」
そこまで言ったつもりはないんだけどな…… 俺は苦笑いをうかべた。
ローザは少し考えた後に結論を出した。
「よいでしょう。今日から、アルラウネの里は妖狐に従うこと、約束しましょう。その代わり、我ら一族、並びにケットシーのこと、どうかよろしくお願いいたします」
思ったより、スムーズに話が進んで、拍子抜けだったが、まあ良い。むしろこちらに都合が良い展開となった。
「ついに我らも四神の民!これでアルラウネも安泰でしょう!」
なんだか少し話が違う気もするが…… ローザも嬉しそうだし、よしとしよう。
「そうと決まればイーナ様、あなた様が我らの長です。ケットシーにも、あなたに従うよう、しつけておきます」
しつけ!? なんか物騒な言い回しだ。
「彼らは働き者ゆえ、きっとあなた様のお役に立つでしょう。そして我らアルラウネは、植物に関しての知識なら妖狐にも負けません。いつでもお力になりましょう」
「イーナ様!良かったね! ルカも頑張るよ!」。
現状、俺は九尾同然である。つまり俺が妖狐の民を守らなくてはならない。
そのためには、力もそうだし、知識も、そして資源も手に入れなくてはならない。
やれることは何でもする覚悟だった。
しかし、俺は世界を滅ぼしかねない力を2つも手に入れてしまった。少なくとも、このまま放って置かれることはないだろう。奴ら銃まで持ってたし……
また考えなくてはならない事が増えてしまったようだ……
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