第6話 戦闘指南は九尾と共に


 戦いの時は突然に訪れた。早朝のことである。テオの声で、俺は目を覚ました。すっかり寝てしまっていたようである。


「イーナ様!来たニャ!」


 俺達は急いで司令部からでて、テオに続いてバリケードの方へ向かった。森は天然の要塞であった。開けている方向は一方向しかなく、そちらの方向から一気に小さな鬼が大量に押し寄せて来るのが見えた。


「こんなにくるのかよ!」


「ゴブリンニャ!」


 おびただしいゴブリンの群れが、ケットシーやアルラウネの魔法により、やられたり退散していく姿が見える。


 加勢に来たはいいけど、これ俺らの出る幕なくない? 思ったより全然余裕そうだけど……


 その時、ゴブリンの群れの奥から大きな鬼が数体近づいてくるのが見えた。


「イーナ様!オーガだよ!」


「あいつらニャ!やたらタフで倒すのも一苦労なのニャ!九尾様お願いしますのニャ!」


 テオがきらきらした目で、俺の方を見つめる。


――イーナよ行くのじゃ、安心しろ!戦い方はわらわが指導してやる!今、おぬしの身体は九尾の力が宿っておる。大丈夫じゃ!


「ああ、もうわかったよ!サクヤ!指示は頼む!」


――右手の人差し指の先に集中するのじゃ!火の玉をイメージしろ!


 サクヤに言われた通りに、必死にイメージをする。

 指先…… 指先……


 すると、指先を温かい感覚が包み、小さな火が指先の宙で渦巻きながら塊を形成していった。


「出来てる……」


――今だ!指先をあやつに向かって思いっきり振れ!


 俺は30mくらい先にいる一体のオーガに向けて思いっきり指を振った。

 火の玉はうなるような音と共にオーガへと飛んでいく。そして気付くと、オーガは燃え、悶え苦しんでいた。


――いいぞ!イーナ!次は氷じゃ!手を前に突き出せ!そして手の平から冷気を出すようにイメージじゃ!


 冷気…… 冷気……


 手をもう一体のオーガに向けて突き出し、言われたとおりにイメージする。手の平に少しつめたい間隔が走った。そして次第にその感覚が大きくなっていくのがわかった。


――さあ、一気に放出するのじゃ!


「凍れ!」


 思わず出た声と同時に、俺の目の前は瞬く間に氷に包まれた。数体のゴブリンと共に、オーガは一気に氷の中に閉じ込められた。完全に凍り付いてしまった様子である。


 九尾の力ってすごい…… チートじゃん……


――いいぞ!イーナ!次は接近戦をおしえちゃる!オーガに近づくのじゃ!


「イーナノ ミチ オレガツクル!」


 そう言うと、ヤマトは持っていた木の棒を振り回しゴブリンの群れへとつっこんでいった。。前にいたゴブリンは一気に蹴散らされ、オーガへの道が開かれた。


「ヤッタゾ!」


「ありがとう!ヤマト!」


 サクヤに指示された通り、俺はオーガの方向へと向かって走った。オーガはこちらに気付いたのか持っていた大きな棍棒を振りあげたのだ。はじめてヤマトと相対したときの光景がフラッシュバックしてきて、思わず俺の脚が止まってしまった。だが、次の瞬間、サクヤの声が俺の頭の中に響き渡ったのだ。


――大丈夫じゃ!オーガの腕の動きに集中するのじゃ!されば、かわすのも容易じゃろう


 集中……集中……


 恐怖感はあったが、サクヤを信じて、俺はオーガの腕の動きだけに集中した。するとオーガの動きはまるでスローモーションの様に見えた。


 これなら当たらない……!


 オーガが振り下ろした棍棒はゆっくりと俺の方へ向かってきていた。ちょっとだけ身体を軌道からずらせば、攻撃をかわすのは容易であった。


――今じゃ!手を前に突き出し、思いっきり炎を飛ばせ!


 両手をオーガに向かって伸ばし、手の先からオーガに向かって炎を出すイメージをする。さっきので何となく感覚はつかんだ。一気に手の平にエネルギーが集まっていく感覚が走る。


「いっけえ!!!!」


 手の先からすさまじい炎が飛び出すと共に、俺は後方へと一気に吹き飛んだ。だが、次の瞬間俺の身体を優しい感触が包んでいた。俺の身体を支えてくれたのは、ヤマトの力強い腕であった。


――やりすぎたかのう……?


 サクヤの声に、ふとオーガがいた方を見ると、目の前は30mほどすべて燃え尽きて更地となっていた。


 まじかよ…… 俺はヤマトに抱かれたままその光景をみて、呆然としていた。恐ろしすぎるくらいの力である。


「イーナ様!すごい!」


 ルカが興奮した様子で、私の元へ近寄ってくる。


「ははは……俺も驚いてるよ……」


 正直言うと、足は震えていた。こんな力があるなんて…… とうてい信じられない光景であった。だが、確かに俺自身がやったのだ。


――ぬ、油断するなよ


 サクヤの声に、再び俺は現実へと引き戻された。更地となった先の森から、更にゴブリンが押し寄せて来るのが見えた。ルカが腕をぐるぐると回しながら、前を向いて一言呟いた。


「今度はルカも良いとこ見せなきゃね!」


「オレモ イーナノタメ テキタオス!」


「やるのニャ!流石九尾様なのニャ!」


 ルカに続いて、ヤマトとテオも応戦に向かった。他のアルラウネやケットシー達も士気が上がったようで、皆向かってくる敵の方向へと進んでいった。


――イーナ、先に進むのじゃ!鬼ではない何者かがいる!


 鬼ではない何者か……? こいつらを指揮している奴が他にいるのか……?


 ここで、サクヤの言葉を俺は思い出した。オーガは強いものに従う習性がある。これだけ統率が取れた形で、鬼達が攻めてくると言うことは、この先に、オーガよりももっと化け物じみた奴がいる可能性が高い。俺は、ルカやテオ、ヤマト達に続いてサクヤの示した方へと進んでいった。




 どのくらい敵を倒しただろうか、すっかり神通力の使い方にも慣れてきた。


「しかし、何体いるんだ? きりがないな」


「そうだね!イーナ様そろそろ疲れた?」


「そんなことないよ!全然!」


 ルカの言葉に俺は笑顔で応えた。正直、こんなに戦うと言うことが楽しいとは思っていなかった。俺は九尾の力にすっかり魅了されていたのだ。


――気をつけろ!


 急にサクヤの声が響き渡った。俺はヤマトと共にルカを後ろに隠し、周りを警戒した。


 なんだ……何かが近づいてきている……


 突然、銃声のような音が鳴り響き、続いてヤマトの声が聞こえた。


「ウウッ!」


 よろめいて膝をつくヤマト。一体何が起こっている……?


「おい! 大丈夫か!?」


 俺は前を警戒しながらも、ヤマトの方に近づこうとした。その瞬間、俺の目に飛び込んできたのは、2人の人影であった。


 人間……? でもなんでこんな山奥に……?


 人影はだんだんとこちらへと近づいてきた。1人はこちらの方に腕を突き出し、その手には大きめの拳銃のようなものが握られていた。この世界にも銃はあるのか……


「おいおい、なんで、向こうにもオーガがいるんだよ?猫と女しかいないって聞いたのにな。てゆーか、鬼もたいしたことないなあ…… こんな女、獣にやられるなんてよぉ」


 なにやらイラついたような口調の男は、20代半ばくらいの風貌だろうか、チャラついた金髪で黒のローブに身を包んでいた。腕には銃が握られている。


「まあ、そういうわけで、ヒポクラテスの実あるんだろ?渡してくれない?」


 もう1人の無口な男は、黒髪できちんとセットされているようだが、その笑顔の裏には底知れない不気味さが隠れていた。明らかにこちらの方がやばい。


「ヒポクラテスの実……?」。


「あれ?よくみたらおじょーちゃん、アルラウネじゃなくて人間じゃん? なんでこんなとこにいるの? ガキがいる場所じゃないでしょ」


 金髪はこちらを挑発するかのように返してきた。ずいぶんと舐めた口調で、品がないのだけは一瞬でわかった。


「お前ら、ヒポクラテスの実について何を知ってるんだ?」


「せっかくだしサービスだ!特別に教えてやろう!あれはな高く売れるんだ!トリップ出来るんだぜえ!あれを食べれば気持ちよくなれるんだ!ええ? おじょーちゃんも食べさせてあげようか? 二人とも可愛い見た目だしな!高く売れそうだぜ!」


 俺はその言葉に確信した。ヒポクラテスの実が一体何なのかを。


「麻薬か……」


「まあそういうことだから、死にたくなかったら、ど・い・て・く・れ・な・い?」


 金髪はこちらに銃口を向けてきた。次の瞬間、叫んだのはサクヤであった。


――イーナ代われ!


 サクヤの言葉に俺は従う。サクヤは大分お怒りのようだ。


「貴様ら、さっきからずいぶんと舐めた口をきいておるが…… 誰を挑発していると思ってるんじゃ?」


 サクヤが俺の口で勝手にしゃべり出す。あ……これはまずいぞ……


「貴様らについて、いろいろ知りたいところではあったが気が変わったわ、わらわの前からさっさと消え去れ」


 金髪はサクヤの言葉に反応したのだろうか、いらついているようだ。沸点の低い奴だ。はよ逃げてくれ……


「あ? お前…… 頭大丈夫か? じゅう、分かる? 銃」


「それがどうしたの言うのじゃ? 警告はしたぞ」


 そう言うと俺の右手は二人に向けて突き出された。そして次の瞬間、まばゆい閃光と共に目の前は100mほど焼け野原と化していた。


「こわ……」


 流石に、ルカも引いているようだった……

 俺自身も引いていた。

 相手が悪かったな…… うん…… ご愁傷様です。


――ふん、人間のくせに粋がりおって


「イーナ様!ヤマト!」


 ルカの声で思い出す。撃たれたヤマトのことを。ルカとテオが、うずくまるヤマトの元で、慌てながら流れ出る血を懸命に抑えていた。


「ヤマト!大丈夫か!?」


 早く処置しなくては……! 俺は皆の元へと駆け寄った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る