第3話 偶然困っている美少女を助けたとか


 俺の身体に憑依したサクヤは、オーガと相対していた。サクヤの放つ威圧感にオーガも気圧されているようで、なかなかお互い動くことはなかった。


「早く来るがいい。それとも、怖気づいて逃げるか?それもよかろう」


 サクヤの挑発に、遂にオーガが動いた。


 オーガはひたすらに丸太のような棍棒を振り回すが、俺の身体には全然当たらない。しかし、ぎりぎりでかわすものだから、ひやひやする。まるでジェットコースターにでも乗っているかのような気分だ。


「なんじゃ、全然あたらないではないか?それでも本気か?」


――サクヤさん、サクヤさん、もう勘弁してください!!


「そろそろ、しまいにしようかの」


 俺の右手がサクヤに操られ勝手に動く。手に暖かい感覚を感じた直後、右手の先に小さな火の塊が音を立てながら作られていった。


 そして腕が動いた感覚とともに、オーガはたちまち燃え上がった。


「アツイィ!」


 オーガはのたうち回る。


「殺生する趣味はないのじゃ」


 サクヤが右手を振り下ろすと火はたちまちに消えた。強い。まさに圧倒である。これが九尾の力か。敵じゃなくて良かったと今は心から思う。


 そして、俺の身体は再び俺のコントロールの元へと戻った。同時に一気に足がガクガクと震え、腰が完全に抜けてしまった。そして、なんだか身体が重く感じる。おそるおそる手を動かしてみる。うん、俺の身体だな。

 

 すると、のたうち回っていたオーガが、蹌踉めきながらもなんとか俺の前に立ち上がった。3mはある様に見えたオーガの巨体は、ずいぶんと小さく見えた。


「オマエ、ツヨイ、オレ、シタガウ」


『オーガが仲間になった』


 いや、何か急すぎない?展開が!!急に従うとか言われても!どうするのこれ!


――オーガは自分より強いものに従う性質があるのじゃ。それよりあの子狐じゃ!あやつはどうなったのじゃ


 サクヤの言葉で傷ついた狐の存在を思い出した。狐は俺とオーガの戦いの様子を眺めていたようだ。痛くて動けなかったと言った方が正しいのかも知れない。


 静かに狐の方へと近づく。


「もう大丈夫だからね」


 辺りを見回すと、固定するのにちょうど良さそうな太さの木の枝が見つかった。この木の枝なら固定にも十分使用できるであろう。しかし、俺はここである事に気がついた。

 

 そういえばサージカルテープも包帯もないじゃん。


 そう、今の俺はほとんど裸一貫と言っても良い状態である。固定をしようにも、器具がないのだから、どうしようもない。この状況で出来ることといえば、応急処置くらいだろう。


――ぬ、ここじゃ治療は難しいのか


 サクヤは理解が早かった。とりあえずこの場所で治療は難しい以上、ここにとどまるべきではないだろう。妖狐の里とやらに行けば、少なくともここよりは手の施しようもあるに違いない。


「サクヤ、里まではあとどの位かかる?」


――そうじゃのう、30分くらいかのう


「30分か、ちょっと辛いけど、我慢してもらうか……」


 そして、俺は傷ついた狐を優しく抱き上げると、サクヤの案内に従って里の方向へと急いだ。


 森の中、開けた場所に妖狐の里はあった。妖狐の里は周りを木々に囲まれ、まさにのどかな田舎と言ったような風景であった。はじめて来た場所では会ったが、俺は何となく懐かしい感覚に包まれていた。


――ここが妖狐の里じゃ


「やっとついた……」


 しかし、ほっとするのもつかの間、俺の腕の中には怪我をした小さな狐が今もまだ辛そうにしている。早く治療をしてあげなくては。


 里に入ろうとすると、耳としっぽの生えた人の姿をした妖狐が多数集まってきた。そして、狐たちは俺の腕に抱かれた小さな狐を見て、状況を何となく察したようだが、みなおびえて近寄ってはこない。


「なんか、歓迎されてないみたいな雰囲気だぞ」


 サクヤは答える。


――後ろにいるオーガのせいじゃろう、まて、わらわが取り持つわい


 そうか、オーガもついてきてたの忘れてたわ。流石にオーガはこの里には招かざる客だろう、俺はオーガに森に戻るよう言った。サクヤは神通力で里の皆に事の顛末を伝えてくれたらしい。先ほどまでおびえていた狐たちが走り寄ってきた。


「イーナ様ありがとうございます!」

「ようこそ妖狐の里へ!」

「サクヤ様だけでなくルカ様までお助け頂き感謝しかございません!」


 何という歓迎ムードだ。獣医師の仕事と言えば、注射を打つなど、基本的に痛いことを動物にするため、近寄れば逃げるのが常であった。動物たちにこんなに歓迎してもらえた経験は今までにない。聞けば、ルカという名の先ほど助けた小さな狐は、この里の長の娘らしい。


「つまり、お前の娘って事か?」


 俺はサクヤに訪ねた。


――ちがうの、わらわは妖狐一族の長であって、妖狐の里は各地にあるのじゃ。


 妖狐は各地に点在していて、それぞれ里を作っている。その妖狐達の中でも最も力の強いもの、いわばボスが九尾と言うことだそうだ。歓迎ムードの中ではあったが、俺には早急に、なさねばならぬ事があった。ルカの治療である。


「誰か、包帯と布は持っていませんか!」


 里の者達に訪ねると、包帯も布もこの世界にも存在しているようだった。そこそこ文明は発展している世界なのかな。


――イーナよ、大丈夫なのか……?ずいぶん痛そうにしておるが……


 サクヤはルカの様子を心配して、俺に語りかけてきた。さっきはサクヤの力に助けてもらったが、ここから先は俺の専門分野だ。出来るだけ綺麗に治してあげるのが俺の役割である。


「大丈夫、動物の治療をするのが獣医師の仕事だからね!任せてよ!」


 さっき森で拾ったちょうどよさげな木の枝とルカの腕を包帯で固定する。とりあえずは、痛むかも知れないがこれで自然に治癒するだろう。


「痛かったな、よく頑張ったな」


 俺はそう言ってルカの頭を優しく撫でた。妖狐達は賢いだろうし、犬みたいに自分で弄ったりして、固定をずらす心配もないだろう。あとは、患部を冷やして炎症を少しでも抑えたいところではある。


「氷とかあるのか?」


――なに氷くらい妖狐の力ですぐに作れるわ


 そう言うと俺の右腕が勝手に動く。その先にはこぶし大くらいの氷の塊が作られていた。九尾すごい。


「これで冷やしておけば、大丈夫だよ」


――ぬ、そんな処置だけで大丈夫なのか


「おそらく、左橈骨……前脚の閉鎖骨折っていって、身体の中で折れている感じだと思う。だから固定だけで外科治療はしなくて大丈夫なはず……。きっと、この子達なら賢いから固定も動かないだろうしね。本当はレントゲンを撮った方が良いんだけど」


――れんとげんとは何じゃ?


「X線っていう目に見えない光を使って身体の中を見るのさ、厳密に言えば光じゃないんだけどね」


――えっくすせん?よくわからんが、身体の中を見れればいいのじゃろ?それなら透視を使えば一発じゃろ?


 サクヤは自慢げに言う。透視なんて、そんなチートみたいな技使えるのかい。


――イーナにも見せてやろう。ルカの腕の中が見たいのじゃろ?


 そう言うとルカの腕の中の様子が脳裏に浮かんでくる。まさにレントゲンそのものであった。


「サクヤ!すごいよ!これならレントゲンがなくても体内の様子が見れる!」


 透視で見たルカの橈骨は骨折面が綺麗な横骨折であった。予想通り、手術は必要ないだろう。むしろ、こんな菌が一杯いるような環境で手術なんてしたら感染によって酷いことになってしまう。


「じゃあ、サクヤの身体の中も透視で見れば原因は分かるかもね」


 ――ふむ、そうしたいのはやまやまじゃが、憑依をとくと、イーナはわらわの能力を使えなくなってしまうからのう、なかなか難しいと思うぞ。わらわ自身の身体の中は見えないしな


 自分自身には使えないのか。まだまだ道のりは長そうだな……


 ひとまずはルカの処置も終わり、今日はルカの家、つまり、里長の家にお世話になることになった。里長であるルカの父親はルクスというらしい。ルクスは盛大な歓迎会を俺のために開いてくれた。ルカは、疲れてしまったのか、すっかり眠ってしまったようだ。


「いや、こんなおおげさな……獣医師として当然のことをしただけですよ」


「何を言いますかイーナ様!イーナ様はルカの命の恩人、ましてや、今やサクヤ様と共にあられる!我々にとっては神様も同然なのですぞ!」


――イーナよ!こんなごちそうまで出して貰って!わらわに感謝するが良いぞ


 歓迎されるのは大変ありがたい。しかし、その食卓に並んでいたのは、野ねずみの丸焼きやトカゲのスープといった野性味溢れるごちそうであった。火を通してあるだけマシではあるが。


――む、人間にとってはネズミやトカゲはごちそうではないのかの、もったいないことじゃ。


 サクヤは残念そうに呟く。そしてルクスは早く食べて欲しそうな目でこちらの方をキラキラと見ている。俺はなんとか満面の笑みを崩さないように、そのごちそう達を平らげた。



「ネズミなんて食べたの初めてだよ……」


 俺はなんとか気持ち悪さと戦いながら寝室へとたどり着いた。

 用意された寝室は、ベッドと机と部屋を照らすたいまつだけがある、シンプルな部屋だった。

 そして、木で作られたベッドの上にはわらで編まれた布団といっていいのか、ござといった方が適切であろうものが敷かれていた。ベッドに腰掛けるとサクヤが話しかけてきた。


――イーナよ、とりあえずご苦労じゃった。しばらくはこの里にいるがよい。まずは情報収集が大切じゃ。わらわも里の外のことはよくわからないしのう。それに病に苦しむ里の者も多数おるようじゃ。明日以降はそやつらの面倒をみてくれ


「情報収集か……流行病って言うのはいつ頃から流行りだしたんだ?」


――そうじゃの、ほんの数年前じゃな


 そんな最近なのか、一気に広がったんだな……


 ベッドに横たわると、今日の疲れがどっと出たのか、睡魔が一気に襲ってきた。すぐに俺の意識は遠のいていった。




……


「……だ…です」

「……にあれ……かう……………」


 ぼやぼやと浮かんでくる映像は、なにやら城らしき場所で2人の人が会話をしているシーンであった。


 そこにもう1人誰かが来るのが分かった


「……なら……くし……」


……


「……よ…」


「……よう」


「おはよう!!」


 目を覚ますと目の前には可愛らしい女の子がいた。


「誰!?」


「ルカだよ!!イーナ様!昨日はありがとう!!おかげで治ったみたい!!!」


 天真爛漫な少女は腕をぐるんぐるんと回す。


「待って!!待って!!!安静にしなきゃ!!!」


 ――大丈夫じゃ、妖狐の力なめるでないぞ


 サクヤの力を借りて、透視をすると、確かに昨日は完全に折れていた骨が、すっかり綺麗に結合していた。一晩ぐっすり寝ただけで治るなんて……


「……妖狐って怖い……」


――なにを今更


 サクヤは笑っていた。そして、ルカは人間で言う中学生くらいだろうか、だからこそ近くに顔があったとき少しどきっとしてしまったのだ。


「ルカって意外と大きかったんだな……狐の時は小っちゃかったから、まだ小っちゃい子だと思ってたよ!それに可愛いし」


「そーだよ!イーナ様と同じくらいなんだ!でもイーナ様の方が私よりずっと可愛らしいよ!」


 鏡の前で自分の姿を確認する。


 そこには、160cmにも満たないであろう、白い髪と黒い髪が混じった美少女が映っていた。


 こんな可愛かったの?!俺!


--そうじゃぞ。わらわの見た目に感謝するがよい


 この時ばかりは九尾に感謝した。



………………………………………………………………………


 --同時刻


「あそこが妖狐の里かニャ?」


 妖狐の里にまた新たな来訪者が近づいていた。


 

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