第2話 気がついたら美少女になっていただとか


 なんで、女の子の姿に……


 鏡もないし、自分の姿がよくわからなかったが、まあ、ないことはわかった。胸の膨らみも分かった。これは男の子ではないな。うん。髪が長くて目に入るし、女の子は大変なんだなあ……


――うむ、わらわによく似ておる


 九尾に憑依されると、姿まで変わってしまうらしい…… あれ?本来の俺はどうなっちゃうの?

 

 そんな疑問を抱いていると、九尾はこちらの考えていることを全て見透かしていたように答えてきた。


――心配はいらん。それより妖狐の里に向かうぞ。まずは病気の調査が最初じゃ


 信じて良いのかはわからないが、今の自分に出来る事は何もない。確かなのは、現状ここにいても仕方が無いということだ。妖狐の里がどんなところなのかは知らないが、この洞窟よりはましだろう。1人で、見知らぬ世界に迷い込んだ不安はもう何処かへと消え去っていた。今の俺にとっては、九尾であろうがなんだろうが、1人じゃ無いと言うことが一番大きかったのだ。


 俺は洞窟を出て、九尾の案内に従って森の中へと、歩みを進めた。大分背が縮んでしまったこともあるのだろうが、服が微妙に大きくて歩きにくい。


「なあ、九尾、お前名前とかないの?」


 さすがに九尾と呼ぶのでは他人行儀かなと思ったし、これから一緒に過ごす、いわばパートナーのようなものである。名前があるのなら、そちらの方が親近感が湧くに違いない。

 

――じつはのうあるんじゃ、サクヤじゃ。そうじゃのうイーナには特別に呼びすてを許可しようではないか


 予想外に可愛らしい名前に、俺は思わず笑ってしまった。まあ神様らしい名前っちゃ神様らしい名前だけど、サクヤと言えば、もっとおしとやかなお姫様のようなイメージをしてしまう。


――何がおかしいのじゃ


「ごめん、なんでもない」


――まあよい。のう、イーナよ、この森にはの、我らの一族以外にも暮らすものが多数おるのじゃ。なかには、獰猛な奴らもいるのでの…… まあ、何かあったらわらわが助けるので安心するのじゃ


 ガサッ!!


 まるでサクヤの台詞を見計らったかの様なタイミングで、茂みが揺れる音がした。その音に、つい反射的に、身体がビクッと反応してしまった。獰猛な奴がいると言ったタイミングで、こんな見事なフラグ回収があるのだろうか。俺は内心びくびくしながら、サクヤへと話しかけた。


「サクヤさん……」


――イーナ、近づくのじゃ


「マジかよ……」


 サクヤの指示通り、俺は静かに音のする方へ近づいた。先ほどまでは打って変わって、森は少し不気味な静寂に包まれていた。サクヤがいなければ、今すぐにでも逃げ出したいくらいである。


 震える手で茂みをかき分け、そっと茂みの間を覗くと、小さな狐がうずくまっていた。小さな狐は小さくか弱い声をあげている。すっかりおびえているようで、動けないようであった。よく見ると、なにやら怪我をしているようだ。


「大丈夫か!」


 狐の様子を見る。血は出ているが、傷は浅い。おそらく、転んだかすりむいたのだろう。そっと抱き上げて、狐の身体を触る。


「痛むか……?我慢してね」


 優しく足に触っていった。左の前足を触ったときに、狐は苦痛にまみれた、悲鳴のような鳴き声を上げる。左前足はぷらんぷらんとまるで人形の様に垂れ下がっている。


「これは折れてるな……」


――イーナよ、大丈夫なのか?


「命が云々って話ではないから、安心して。でも、放っておいても綺麗に直せないからちゃんと処置する必要はあるよ」


 とりあえず、骨折と分かったからには、木の棒かなんかで固定するのが先決だ。そう判断した俺は辺りを見渡した。周辺にはいくつもの長い木の枝がいくつも落ちていた。探せば、固定にちょうど良さそうな木の枝もすぐに見つかりそうだ。


しかし、こういうときは得てして見つけたくないものも、見つかってしまうものである。森の奥から先ほどの音とは比べものにならない様な大きな音を上げながら、なにやら大きな人影が近づいてくるのがわかった。


「サクヤさん、何か来たんですけど……」


 それは、3mはあろうかと言うくらい巨大な鬼のような生き物であった。不気味な声に思わず身がすくんでしまう。


「ドコダァ」


――鬼か


 鬼!?そんなもんいるの!?


――鬼の中でも知性の低い、オーガ族、ただのデカ物よ。


 サクヤは余裕そうに呟いたが、俺はもうこの場から逃げ出したい気持ちで一杯であった。わらわの敵ではないって、言われても。いやだって、大男ですよ。鬼ですよ。こっちは少女の身体ですよ。どうしろと……


「ソコニイタカァ!!」


 オーガはこちらを見つけたのか、こちらへと走ってきた。なんか武器まで持ってるんですけど……

オーガの手には、食らえばひとたまりも無いであろう、俺の身体よりも太そうな丸太の棍棒があったのだ。


 どうする。どうする俺。後ろには、傷ついた子狐が苦しそうに悶えている。ここは、俺がやるしかない。


 俺は足元に転がっていた、木の枝を1本拾い、こちらに向かってくるオーガに対して身構えた。もうこうなればやけだ。ここで逃げるなんて選択肢は全く思い浮かばなかった。


「クッソ、初めてのバトルってスライムとか、そんなんじゃないの!?いきなりこんな化け物!?チュートリアルとか無し!?」


――イーナ、勇気は認めるが、そんなちんけな枝でどうやって戦うつもりじゃ……


 サクヤはあきれたような口調で、俺に言ってきた。


「やるしかないだろう。動物が困ってるんだ。俺が、獣医師がやらなきゃ誰がやるっていうんだ!」


 足も手も震えていて正直立っているのがやっとだった。だが、このまま子狐を見殺しにはどうしても出来なかったのだ。


――お前も相当なバカじゃな。イーナよ、代われ。わらわが戦い方を身体で教えてやる


「代わる?代わるってどうやって!?」


 もう目の前にはオーガが迫っていた。オーガの振りかぶった棍棒が、俺の頭の上に今にも到達しようとしていた。


――代わることを念じろ。わらわに身をゆだねるのじゃ!


「代わります!代わります!サクヤさんよろしくお願いします!」


 代わりますの言葉と共に、身体が誰かに操作されているかのように、勝手に動き出した。意識はあるが、身体のコントロールはサクヤがしているのだろう。オートで動く身体は何か不思議な感覚だった。


――ひぃ


 オーガのたたきつけるような攻撃をぎりぎりでかわすサクヤ。なんとか危機一髪というところで、回避できたようだ。その攻撃の威力は凄まじかった。あんな攻撃、もし直撃していたら骨どころか、下手したら死んでいただろう。


 オーガから少し離れた場所で、サクヤは不敵な笑みを浮かべながらオーガの方を見ていた。体格ではオーガと明らかに差があるのにもかかわらず、サクヤが完全に見下しているようにすら感じられた。サクヤはオーガのことなど全く意にも介さないような様子で、俺に向けて言った。


「イーナよ、そちの勇気、見事じゃった。さて今度はわらわの番じゃな。九尾の神通力の力、見せてやろうではないか」


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